木村 恵子(AERA編集長)一般的に宇宙の仕事というと、まずロケット開発や宇宙飛行士が思いつきますが、「宇宙ビジネスの時代」(下図)を見ると多種多様です。宇宙ビジネスに携わる企業として、現状をどのように捉えられていますか。
神浦 真亜さん(京セラ株式会社)私はファインセラミック事業本部のなかで、天文・宇宙関連に専任として2017年から携わり、新しい業界や分野と協力して、ビジネスの新規開拓に取り組んでいます。そのため、国内外の宇宙関連のカンファレンスに参加していますが、昨今、とても盛り上がっている印象です。政府の宇宙政策の一環で資金が投入され、企業の設備の導入が進んだという話も聞きますが、その一方で、人材が不足しているという話も耳にします。
池田 優二さん(株式会社フォトクロス)当社は天文・宇宙に関わる望遠鏡や、それにまつわる光学機器の開発を行うスタートアップ企業です。宇宙ビジネスが大きく変わったという印象を受けたのは、アメリカの「スペースX」※1 が成果を上げはじめた10年程前でしょうか。これまでロケットの打ち上げは政府主導でしたが、民間に移行して打ち上げ数が大幅に増加しました。それによって、今まで限られた人だけのものだった宇宙へのアクセスが、誰でもできるようになり、今や「ゴールドラッシュ」のような盛り上がりを感じます。
※1 正式名称はスペースエクスプロレーションテクノロジーズ。アメリカのカリフォルニア州を拠点とする宇宙開発企業。2024年に民間人で初の宇宙遊泳を実現した。
失敗に負けない力が宇宙産業には必要
木村(AERA)宇宙業界は成長している分野とのことですが、どのような資質を持った人材が活躍できると思いますか。
神浦(京セラ)宇宙プロジェクトは、長いスパンで行われるので、プロジェクトをうまく運用していくマネジメント力が必要だと思います。官から民へシフトされ、スピードやコスト管理といった部分が求められるようになりました。これもマネジメントに関するものなので、とても重要な能力になると思います。
池田(フォトクロス)これまで宇宙事業は国が行うものだったので、経験や確実性が重要視され、実績のある企業や人を採用するやり方でした。しかし、現在のようにロケットがたくさん上がるようになったことで「失敗してもいいからやってみよう」という考えに変化しています。多少ルールからはみ出しても挑戦するような人が求められ、かつ成功するようになりましたね。
木村(AERA)マネジメント力を持った人や、何度でもトライできる人が宇宙ビジネスで求められているとのことですが、大学はどのようなお考えですか?
河北 秀世さん(京都産業大学)今の宇宙ビジネスは、正解を知る人がいない状況です。そのなかでは、池田さんが仰るように、失敗を繰り返しても立ち上がって、次に進める力を持つ人材、理学部としては物理学の基礎を修得し、地球と宇宙の環境の違いを理解した上で推進力を備えた人材を育てなくてはいけないと思っています。そこで本学の理学部物理科学科では宇宙産業コースを立ち上げ、大学で学ぶ物理学がどのように宇宙ビジネスや宇宙工学に結びついているかを体感できるようにしています。また、昨年の10月に学内の神山天文台に「神山宇宙科学研究所」(下囲み「CHECK」)を新設し、四つの部門から宇宙ビジネスに転用できる技術開発を行っています。こうした施設を通じて、学生はもちろん、今後はリカレントを通して社会人にも「宇宙」を学ぶ場を提供したいと思っています。
具 承桓さん(京都産業大学)宇宙ビジネスにはさまざまな発想が必要なので、想像力を豊かにしてほしいですね。それを大学での学び、例えば環境問題やDXにつなげて、ビジネスに落とし込める。そんなプロジェクトマネジメント能力を持った人を育てたいと思います。ただ、日本の学生はリスクをとりたくないという意識が高い。若い時の失敗は、想像力の育成につながりますし、新しい分野である宇宙ビジネスにも必要な事です。学生が果敢に挑戦するために、まず宇宙ビジネスとは具体的にどんなものか伝える必要があります。現在、展開している「アントレプレナー育成プログラム」のなかでは、最新技術の基礎的な理解と未来のビジネスへの応用可能性を探索する「アントレプレナーシップとイノベーション」を開講していますが、学生が本気で宇宙を考えるような授業やテーマを増やす必要性も感じています。今後は新しい展開として、宇宙ビジネスの現状と未来を学べる科目も取り入れようと計画しています。
神山宇宙科学研究所
京都産業大学キャンパス内の宇宙分野におけるビジネス推進や、超小型衛星に搭載する観測機器の独自開発などを目的に設立。同大学の宇宙関連の研究を集約し、宇宙ビジネス推進部門・太陽系探査ミッション連携部門・超小型衛星技術開発部門・赤外線高分散ラボ部門の4部門で研究開発を進めている。
俯瞰的な視野を学生時代に伸ばす
木村(AERA)宇宙ビジネスで活躍するために学生時代に学んでおくべきことはありますか?
池田(フォトクロス)今後は、どの専門分野にもチャンスがある世界になると思いますが、開発においては、やはりこの世界の基本ルールである物理学の基礎は重要です。
河北(京都産業)宇宙で起こる出来事を想像するために物理は欠かせません。その一方で、開発した製品をビジネスにつなげていくとなると、今のように専門は物理、経営と分かれたままでは難しい。技術とビジネス、両方の素養を持つ人材を育てていかなければと思っています。
具(京都産業)以前から文理融合が言われていますが、実際にはあまり進展しておらず、大学の入試から企業の採用まで依然として全て分かれています。韓国ではAlphaGo※2の登場で文系・理系を問わずAIを学ぶ必要性が生まれたことで、高校の文理の垣根はなくなっています。大学で専門だけを教えるやり方は今後難しいので、教育も就職も自然と文理融合ができる仕組みが必要ですね。
※2 アルファ碁。現Google DeepMindが開発したAIの囲碁プログラム。
池田(フォトクロス)今のお話を聞いていると、メタ認知※3が大切なのだと実感しました。俯瞰的なものの見方は、普通の生活で身に付けにくいので、大学でこそ学ぶ意義があると思います。
※3 自分の思考をさらに客観的な視点で捉えること。
河北(京都産業)池田さんのお話は本当に大事なことで、教える上でも一番苦労しているところです。宇宙ビジネスは良い例で、学問のつながりを俯瞰的に理解することが、宇宙分野で活躍するためには必要なのかもしれません。
具(京都産業)「基礎的な用語」を知ることも大事だと思います。言葉を駆使すれば、AIやインターネットで、知識を開拓できます。しかし、言葉がわからないと検索のしようもないので、基礎学力は大切ですね。
神浦(京セラ)企業では、専門知識は入社してから学んでもらえればいいと考えています。ただ、基礎から教えるのは困難なので、一般教養やマネジメント力は大学で学んできてほしいですね。また、宇宙ビジネスは国際的な連携や協力も盛んなので、国際感覚も養ってほしいと思います。
分野を発展させる人材を大学&企業で育成
木村(AERA)本日参加されているみなさんで、包括協定(下囲み「CHECK」)を締結されました。宇宙ビジネスにはどのようにつながっていくのでしょうか。
河北(京都産業)今回の協定はある意味“宇宙ビジネスの芽”といえるものです。実は、我々は宇宙ビジネスのために集まったわけではなく、最初はフォトクロスさん他と開発していた天文観測装置の部品を、京セラさんの「ファインコージライト※4」で作っていただいたことがご縁でした。その後、各種装置や望遠鏡の部品を「ファインコージライト」で製作していただくなかで、望遠鏡の観測装置を小型化・高性能化したら、小さな衛星でも搭載できるよね、とアイデアが広がり、宇宙ビジネスへの参入を見据えた協定になりました。
※4 熱膨張係数が非常に小さいセラミック素材の一つ。 宇宙分野ではミラーとして光の観測や光による通信を担う部品等に使用される。
木村(AERA)今後にさまざまな可能性を感じますね。
河北(京都産業)はい。協定の内容は「何でもできる」ということにしています。神山天文台を拠点として、さまざまなプロジェクトを実現し、協定に参加しているみなさんと新たな夢を作っていくことが大きな目標です。
包括協定
「京都産業大学」「京セラ株式会社」「株式会社フォトクロス」は包括協定を締結。温度変化に強いセラミック素材「ファインコージライト」の大型軽量化鏡を搭載した天体望遠鏡の開発を三位一体で行っていくほか、宇宙に関わる分野で共同研究を行い、技術交流や人材育成を進め、宇宙ビジネスへの参入を目指していく。
木村(AERA)他のみなさんも今後への期待を教えてください。
神浦(京セラ)温度変化に対して形状変形が少なく信頼性の高い当社の「ファインコージライト」がベースとなり、今回の協定につながりました。このなかで活発に技術交流をし、研究開発をより加速させることで、新たなビジネスチャンスが生まれると期待しています。
池田(フォトクロス)この協定の意義は人材を育てることだと考えています。これまでは大学が人材を育てて社会に出すという流れでしたが、今後は未来を担う若者を企業も一緒に育てていく。そのモデルケースになるものです。そのなかで、大学の研究室のような雰囲気を持つ当社は、大学や大企業の京セラさんという文化が違う二者をつなぐ接着剤のような役割を果たしていければと考えています。
具(京都産業)今回の協定は、産学連携の新たなスタート地点です。大学という利点を生かし、宇宙の知識を持った教員や研究者を集めたり、企業とコラボしたり、スピード感をもって宇宙ビジネスに取り組める体制になっています。また一般の学生にとっては、身近に宇宙に携わっている先生や学生がいることが大きな刺激になるでしょう。一部の専門家だけのものという宇宙ビジネスの印象を変えていきたいですね。
木村恵子の編集後記
官から民へ広がり、ますます活発になった宇宙産業。これまで以上に奇想天外で自由な発想が求められるようになりました。そのなかで京都産業大学では、宇宙=理系だけではなく、経営学などの幅広い分野が結びつき、宇宙ビジネスを切り拓いてきた企業と学生がつながることで学びを広げています。新たなものが生まれてくる可能性を感じました。
10学部からなる一拠点総合大学。2023年10月に「神山宇宙科学研究所」を設置。天文・宇宙科学の研究に加え、最先端の観測機器開発や宇宙ビジネスの推進に取り組んでいる。「一拠点」、「総合大学」の特長を生かし、学生・教職員・イノベーションセンターと連携し、未来の宇宙ビジネスを担う人材育成を目指す。
■経済学部 ■経営学部 ■法学部 ■現代社会学部 ■国際関係学部
■外国語学部 ■文化学部 ■理学部 ■情報理工学部 ■生命科学部
2026年4月 文化学部再編・アントレプレナーシップ学環新設
※設置申請予定。内容は予定であり、変更となる可能性があります。
〒603-8555 京都市北区上賀茂本山
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