コレステロールは大切だけど

某大手新聞社配布の情報誌をパラパラめくっていた*1どらねこでしたが、漢方特集のページで手がとまりました。とあるコラムのタイトルに食の文字があったからです。
どらどら、読んでみようかしら・・・読み進めるウチにどらねこの猫の額に皺がよりました。

それは漢方普及啓発に努めている先生で大学でも教えている方のコラムでした。

コラムの趣旨を要約するとこんな感じです。

昔の日本のお食事は質素な粗食でしたけど、ゲンダイ日本の食事は毎日がお祭り食みたいなモノだから肥満や糖尿病などになりやすいんですよ。でも、毎日が粗食だとコレステロールが足りなくて良いことばかりでもないよ。そこで、行事のたびにご馳走を食べて補っていたんですよ。普段は質素にイベント時にはご馳走で健康に暮らしましょうね。

えっ、別に何も気にならないよ?そんな言葉が聞こえてきそうです。いえいえ、この要約だけでも誤解を与えてしまいそうな趣旨の説明がありますし、本文中には専門的知識についての誤解がありました。ちょっと突っ込んでみることにします。

■昔の日本は別に健康じゃない
普段の粗食で必要量を確保できない・・・そこまでは良いのですが、イベント時のご馳走で補いバランスのとれた食生活になっていたと謂う表現はちょっと問題があると思います。コレ単独で書かれているのであれば、さほど問題は無いのですが、現代日本の食事と比較をする事で適当とは謂えなくなってしまうのです。
だって、ゲンダイの食生活の方が欠乏症のリスクが少なくて、十分に健康的な食事だからです。以前も書いたのですが、粗食であった頃の日本ではビタミンAやDを初めとする栄養素の深刻な欠乏症で苦しんだヒトが大勢いらっしゃったからです。確かに過剰も問題ですが、欠乏対策が行き届いた結果の次の課題である事を忘れてはなりません。のどもと過ぎればなんとやらというコトバもありますが、教訓を垂れる側が同じワナに嵌ってしまうのにはちょっと困ってしまいますね。
暴飲暴食を諫めるのに、殊更昔の食事を持ち出す必要なんて無いんです。

■ウソではない虚偽
おそらく、結論である『普段は粗食、行事にご馳走で健康生活』に説得力を持たせるための文章だと思うのですが、専門的な科学っぽい説明に誠実ではない部分を見つけてしまいました。以下はどらねこによる要約を挿入しながら突っ込みをいれていきます。

日本の伝統食にはコレステロールを多く含む食品が少ない。しかし、コレステロール自体はホルモンの原料にもなる必須の物質だ。

その通りです。

食べ物から取れない場合は、体内で肝臓がチロシンなどのアミノ酸から生合成します。

これも間違ってはいませんが、なぜチロシンなの?という疑問がわいてきます。

日本人にとって一番重要な食品の大豆にはチロシンが多く、味噌、醤油、納豆、豆腐などに含まれているアミノ酸からコレステロールを合成してきた。

ここで『?』が増殖してきます。伝統食品の大切さを訴える為にわざわざこのアミノ酸を選んだのかしら?

ところが、普段の粗食だけじゃ十分量確保できないため、各行事の時にご馳走を食べることで補い、バランスを確保できていた。

ん?ここにきて、疑問から疑惑へと進化(?)をしました。チロシンとコレステロールのオハナシは何処にいってしまったの?最後はバランスのはなしになってますけど・・・。
コレだけでは生化学をあまり識らないヒトではオカシサに気がつけないかも知れませんので、ちょっとだけ専門的(?)な解説をいたしますね。

■コレステロールは大切だから体内で合成可能
コレステロールは体内で合成可能なのはこの方が仰った通りなのですが、大切なコレステロール*2は食事由来の様々な成分から合成可能なんですよ。たんぱく質を構成するアミノ酸は勿論、脂質からも合成されますし、ご飯の主成分糖質からも合成可能なんです。エネルギー代謝の要となる化合物の一つにアセチルCoAというものがあるのですが、たんぱく質も脂質も糖質もこの物質に代謝されます。このアセチルCoAからコレステロールは作られるので、コレステロールを含まない食事でもコレステロールが不足することはまずないのですね。
さて、ここで思い出して欲しいのは伝統的な日本の食事です。たんぱく質や脂質が少なく穀物由来の糖質の多い食事でした。つまり、日常の食事ではコレステロールの原料となる糖質は不足していないことになります。
要するに、コレステロール合成の為のハレの日のご馳走というのはその意義が見つけられないのですね。

■科学を利用する非科学
伝統・神秘的・独自の理論を掲げるのも良いですが、効果を説明する段階になると科学を持ち出すのはちょっとずるいよねぇ、なんて思っちゃう。さらにその説明が妥当なものでなければ、やっぱり批判されてもしょうがないと思います。漢方をまるまる否定する気なんてないのだけど、生化学や作用に関する説明などには正確性を求めたいところです。

*1:最近こんな展開多くない?と、つっこまないように

*2:ステロイドホルモンを初めとする生理活性物質の出発物質でもあり細胞膜の流動性を保つために重要な働きをしています