文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

学術研究誌『澪標』からのお知らせ。

遅ればせながら、ついに澪標平成22年号(通巻61号)が刊行されました。今回は編集部より、その内容を少しだけご案内させて頂きます。


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『澪標』通巻61号刊行

巻頭言   桜林美佐「戦友の意志を継ぐこと」
連載・論文 桶谷秀昭「思想と思想者」―西田幾多郎と保田與重郎―
      田中英道「アドルノとフランクフルト学派批判」
      早瀬善彦「日本における外国人参政権問題」
      西尾幹二「三島由紀夫の死と私」
      岩田温 「日本語の哲学は可能か―長谷川三千子『日本語の哲学へ』を読む―」


 遅ればせながら、ついに澪標平成22年号(通巻61号)が刊行されました。今回は編集部より、その内容を少しだけご案内させて頂きます。

 今回の巻頭言は、ジャーナリストの桜林美佐先生に執筆して頂きました。「戦友の意志を継いで」という言葉に込められた問題を哲学的に問いしたエッセイです。先生の、日本の先人たちを尊ぶ熱い思いは、読む人の感動を呼び起こします。

 新連載、田中英道先生のフランクフルト学派批判は、近年の日本の哲学会でもほとんど着目されてこなかった画期的試みです。
フランクフルト学派の哲学といえば、非常に難解な内容で知られますが、彼らの態度が徹底した反ナチスでありながら、同様の全体主義であるソ連に対しては極めて甘かったという事実は広く知られていません。
 そして、その根源的な理由はあまり省みられてこなかったのが現実です。彼らの哲学の背後に潜む不気味な党派性、並びにアドルノらの親ソ人脈を最新の資料から解き明かしていく手法は手に汗握ります。
今後とも目の離せない連載です。

 早くも連載第三回目を迎えました桶谷秀昭先生の「思想と思想者」。今回は西田幾多郎と保田與重郎という、日本史上に輝く最高の哲学者と文藝評論家を取り上げています。「戦争協力」といった問題から、今なおネガティブな評価の絶えない2人ですが、桶谷先生はそういった近視眼的な見方を退け、「日本近代の超克といふ思想的使命」という観点から両者の思想へと迫っていきます。当代随一の哲学者と文藝評論家のみた、開国から戦争へと至る日本の歴史、姿とはどのようなものであったのか。桶谷秀昭先生の筆が冴えます。

 大好評を博した西尾先生の憂国忌講演録もついに今号で最終回を迎えました。すでに刊行済みの著書『三島由紀夫の死と私』(PHP研究所)をより思想的に深めた講演録であり、とりわけ今回は多くの斬新かつ鋭い視点が付け加えられています。是非ともご一読ください。

 早瀬善彦編集長の論文は、好評の外国人参政権研究研究シリーズ第三弾です。今回は日本の問題を取り上げています。そもそもほんの30年前まで、わずか50万足らずの定住の在日外国人しか抱えていなかった日本で、なぜ外国人参政権という議論が巻き起こったのか? そして、今後の外国人参政権法案の行方は? 綿密なデータに基づいた鋭い分析をもとに、これらの問題を追っていきます。外国人参政権問題に関心のある方はとりわけ必読です。

 最後に、岩田温主幹の今回の論文は、先日発売された長谷川三千子先生の最新刊『日本語の哲学へ』(ちくま新書)の書評を軸にした内容です。「日本語をもって思索する哲学者よ、生まれいでよ」という言葉に凝縮されているとおり、哲学をする際の言語の重要性という問題は、実は日本ではあまり注目されてこなかった、それ自体が非常に哲学的なテーマです。多少難解で抽象的な内容ではありますが、われわれが何気なく使っている日本語というものの特殊性をあらためて見つめなおすよい機会になる重要な論考だと思われます。是非とも、ご一読ください。

 以上、今号の内容を簡単にご紹介してきましたが、いずれも他の保守系雑誌ではみられない思想的に掘り下げられた論文ばかりです。巷の保守系論壇誌では満足のできない方にこそ読んで頂きたいと思います。
 日本保守主義研究会学術研究誌『澪標』編集部

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