eスポーツの隆盛によって、昨今は「プロゲーマー」も職業として認知されつつある。だが、eスポーツという言葉もなく、今ほど職業としての選択肢がなかった10年以上前からゲームイベントでマイクを握り、「実況者」として活動してきたパイオニアがいる。Twitch Japanスタッフであり、現役実況者の「アール」氏だ。
ゲームの「プロ」は、もはや後ろ指刺されるような存在ではない。大衆に感動をもたらし、大金を稼ぐ、憧れの存在となった。
そうしたムーブメントを牽引する代表的な存在のひとつが、ゲームの実況プレイやeスポーツイベントの配信に特化したプラットフォーム、Twitch(ツイッチ)だ。2014年にAmazon傘下となったことでも注目を浴びた、この動画配信サービスのアクティブ訪問者数は現在、グローバルで1日約1500万人。月間のユニーク配信者数は約220万人に達するという。
そのTwitch日本法人で、FGC(Fighting Game Community)パートナーシップを務めるのが、野田 龍太郎氏だ。2015年からTwitchにジョインした同氏は、FGCパートナーシップという自身の職務について、「Twitchにおける、日本の対戦型格闘ゲームコミュニティ内のユーザーやストリーマー(実況プレイの配信者)の相談役であり、『窓口』のような存在」と語る。
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「自分も、もともと(自ら築いた日本のゲーム)コミュニティのなかにいた人間」と、野田氏は続ける。「いまは、Twitchのスタッフではあるが、ただTwitchを利用するよう勧めるのではなく、ストリーマーのビジョンに対して、Twitchがどのように貢献できるのかという視点から、さまざまな提案を行なっている」。
いまや日本におけるTwitchの「顔」となっている野田氏だが、実はeスポーツの「プロ実況者(キャスター)」としても有名だ。通称・アールとして、約10年もeスポーツの現場を盛り上げてきた。
「(eスポーツにおける)実況者は、どのプレイヤーにも肩入れしない中立的な立場」と、アール(野田)氏は説明する。「その意味で、幅広くコミュニティのメンバーと向き合うTwitchでの役割は、実況者と親和性があると感じている。すべてのプレイヤーをリスペクトし、実況者として表に出るときは誰に対しても平等に実況する」。

世界的なeスポーツイベント「EVO」の日本語中継も担当
まさに、二足の草鞋を履き、多忙な日々を過ごしているアール氏。その、とある1日の流れを見てみよう。読みやすさを重視して、一部編集を加えている。
6:00 am 今日は午前中から収録がある日なので早めの起床。海外イベント中継に携わっていると昼夜逆転する日も少なくないが、そういったことにも慣れた。
6:15 am 自宅での朝食と出勤準備は、15分ほどで済む。食事に関しては少食なうえに、内容に頓着がない。
Twitchは、本社がアメリカなので、夜中にメールが届くこともある。なので、家を出るまでにメールやLINEなどは、朝食後にひと通り確認。この日は現場がふたつ入っていたので、そこに関する打ち合わせの内容も見直しておく。
8:00 am いよいよ出勤。都内まで車で1時間はかかるので、そのあいだにTwitchのストリーマーの配信や自分の実況を、スマホから音声だけ流して聞き返す。配信も実況も、声さえ聞いていればわかるので、情報収集と反省の時間だ。
9:30 am この日は、ピン芸人で人気ユーチューバーのひとり、ゴー☆ジャスさんのYouTube番組「ゴー☆ジャス動画@GameMarket」撮影のため、この時間にスタジオ入り。1時間ほど打合せとリハーサル。
表に出ている実況者アールとしての価値を高めることが、結果的にTwitchの価値も高めることになると思う。ときにはTwitchのTシャツを着たり、紫色のスーツを着て出演し、広告塔的な演出をすることも。

「EVO」でも自前の紫スーツ。ファンからの贈り物を手に
10:30 am 本番の撮影開始。番組出演や配信はセルフブランディングのチャンスだと思う。やはりキャラクターが立っていたほうが人は見やすい。そうすると、「あのアールってどんな人?」という問いに、ひと言で表現される人になれる。ときには自分で演出過剰だな、大人気ないなと思うことも、割り切ってあえてやる。撮影後には出演者と反省会、次回の打合わせ。
00:30 pm 昼食を取る。コンビニで買ったお弁当やサンドイッチを、「超うまい」と思いながら食べる。
ゲームをしていたらお腹が空くというが、超絶集中していたらトイレも行かなくなり、気がついたら10時間経っていることも。イベント中も飲まず食わずで8時間続けて仕事ができる。ハードな現場を多くこなしていたら、こんな効率のいい身体になってしまった。だけど、叫んだり頭を使ったりするので、糖分は必要。なのでいつも、チョコだけは必ず買っておき、休憩中に摂取している。
01:30 pm Twitchオフィスへ移動。
オフィスでは近況報告を兼ねたミーティングに参加。JapanのPartnershipsは5人で、少数精鋭。各々が持っている能力を活かして必要な場面で動いている。この日は、最近増えてきたゲーム以外のイベントに協力できる人がいないかという相談があり、自分の人脈から適当だと思われる人をアサインする。

TGSでTwitchブースに集合した国内外のスタッフ
ミーティング後は最低限の事務作業。ときには仕事上必要なゲームの情報を集めるため、時間をとって、そのゲームをやりこむこともある。ソーシャルゲームは電車移動の合間など、スキマ時間でプレイできるが、格闘ゲームの場合はかなりの時間が必要。なので、「この1週間は2〜30時間やる」と決めて、ひたすらやりこむ。「今週、このゲームをやります!」と宣言して、Twitchで配信も。すると、集まってきたオーディエンスに、「情報をくれ」と頼むこともできる。ただ、楽しむだけにゲームをすることは、もう何年もない。
04:00 pm スタッフミーティング後は、「パートナー」と呼ばれる、アフィリエイトで収入を得ているTwitchのストリーマーとのミーティング。単純に配信で収入を得られる人をパートナーとするのではなく、活動を通してコミュニティに影響力を与えられる人を探している。そういった人たちに対して自分の実況者としての経験を踏まえ、配信頻度や視聴者とのコミュニケーションの取り方、配信するコンテンツの構成まで、そのパートナーの特性を考えて提案する。Twitchジョイン以前、フリーランスとして活動していたころの経験が生きているなと感じる。
07:00 pm スクウェア・エニックスが公式配信している「ドラゴンクエストモンスターズ スーパーライト生放送」の撮影現場に移動。Twitchジョイン以前からいただいている仕事なので、これも続けさせてもらっている。

長く出演しているニコニコのドラゴンクエスト番組
長時間叫び続けたり、話し続けたりすることが多いので、喉のケアについてよく質問されるが、何もしていない。のど飴はよく舐めてるかな。以前、専門家に、喉に負担をかけない発声方法になっていると言われたことがあるが、練習した覚えはない。自分で試行錯誤した結果、勝手に身についていた。
09:00 pm 打合わせ、リハーサル後、生放送出演。この日は深夜まで撮影していた。
もう39歳なので身体の衰えを感じるし、きついと思うときもある。自分が声を出せなくなったり、ゲームの世界から去るときが来るかもしれない。そんなときのために、自分のマインドを継承した実況者がコミュニティに残って欲しいと考えるようになった。そこで、2017年から「ACTP」という実況者育成プロジェクトをはじめている。

後進たちに自分が出演できないイベントを任せることも
自分の経験上、実況者は特定のスポンサーの色がない、独立した存在であるべきだ。なので、ACTPは完全に自腹プロジェクト。もちろん、自分がTwitchスタッフであるという立場は活かし、Twitchの中継サポートなどを通して実践の場を与えている。大変だけど、後進が成長してくれたらそれでいい。
11:00 pm 運転する気力はあったので、車移動。
東京ゲームショー(TGS)のような大規模イベントがあるときは、毎日3ステージくらいのイベントに立ち、TGS2018の最終日は「e-Sports X」という大きなステージでも実況することもあった、体力勝負の仕事でもある。そのため体力づくりは必須と考え、週2〜3回の筋トレを欠かすことはない。本来であればジムに通いたいところだが、時間が読めない生活なのでそれも難しい。
00:30 am なんとか自宅にたどりつくと、この時間。ひっそりと寝室に入って、家族と一緒に寝る。
仕事が詰まっておらず夕方に帰れたときは、娘とゲーム。かつて「スプラトゥーン」のオンライン対戦でチームが負けたときに、仲間のレベルの低さのせいにする彼女を叱ったことがあった。「チームメイトが悪いんじゃない。君の実力が足りないんだ。強くなれ」と。いまでは、全然彼女に歯が立たない。
ちなみに妻は、ゲームをまったくやらない。なので、もともとゲーム誌の編集者で、プライペートでゲームイベントの実況を行っていたボクは、子どもが生まれたあとに、一度すっぱりゲームから足を洗った。それなりに、子育てを楽しんでいたつもりだけど、ある日、妻に「死んだような顔をしている」と言われ、「好きなように生きなさい」と後押しされた。それで、プロの実況者になる決心をつけた。それからは、プロの実況者として生きていくために、ガムシャラにやってきた。
ハードな生活ではあるけれど、「好きなことで生きる」って、こういうことだと思う。イベントに出ているときは楽しいし、これが仕事でラッキーだ。だから、自分がやりたいと思ったことは、どんなに大変でも実行する。「大変なのに、なんでそんなことやるんですか?」と、誰かに聞かれたら、「やりたいから!」と答えている。
(記事内容を一部修正いたしました。)
Written by 分島翔平、長田真