本当にテレビ業界は、苦難に陥っているのだろうか? 2015年8月初旬、ディズニーの代表取締役であるボブ・アイガー氏の発言を端に、「テレビは死んだ!」という論調があふれたアメリカ。そこで、デジタルがテレビ業界にもたらしたものについて、テレビの支持者と、その衰退を憂う者の意見をまとめ、業界の未来を探った。
米マーケティング調査会社ニールセンによると、2015年の6月から7月中旬までの視聴率は前年同月比で、ケーブルテレビのトップ30の視聴率を誇るゴールデンタイムの番組は、10%ほどの落ち込み。特に視聴率を支える18歳から49歳までの人口に絞って見てみると、20%も落ち込んでいるという。
一方で、世界四大会計事務所のひとつであるPwC(プライスウォーターハウスクーパース)は、アメリカでのテレビ広告市場が2015年の71.1億ドルから、2019年には81億ドルに成長すると予想している。これはテレビ支援者たちが指摘することができる大きな金額といえる。
2015年8月初旬、ディズニーの代表取締役であるボブ・アイガー氏が、「米スポーツ専門チャンネルESPNは、この1年で加入者が減っている」と、発言したことで、テレビ業界に衝撃が走った。ESPNは、テレビ業界に蔓延する「デジタルディスラプション(デジタル時代の創造的破壊)」の影響を受けない放送局だと多くの人に考えられていたからだ。
同氏は、2014年にテレビ局へおよそ470億ドルもの収益をもたらした、ディズニーの有料番組の加入金を減額したことでも知られている。アイガー氏の発言を発端に、メディア企業や有料番組のプロバイダーたちからのコメントも相次ぎ、テレビ関連株にとっては残酷な日がしばらく続いた。そして、これら一連の騒動が、テレビ業界は苦難に陥っているということを示す結果となったのだ。
しかし、本当にそうなのか? テレビ業界にも、先頭に立ってリードする者はいる。「マッドメン」(原題:「Mad Men」)、「ゲーム・オブ・スローンズ」(原題:「Game of Thrones」)や「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(原題:「House of Cards」)などが放映され、ファンにとってテレビは、これ以上ないほど魅力的なものになっている。メディア評論家のマイケル・ウルフ氏も、なぜこのメディアが新たな最盛期に突入したのかを題材とした書籍を書き上げているくらいだ。
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そんなビジネスのエコシステムが変化しているなか、テレビの支持者とテレビの衰退を憂う者たちの意見をまとめた。
番組は観ないが、テレビ利用は増えている
米マーケティング調査会社ニールセンによると、2015年の6月から7月中旬までの視聴率は前年同月比で、ケーブルテレビのトップ30の視聴率を誇るゴールデンタイムの番組は、10%ほどの落ち込み。特に視聴率を支える18歳から49歳までの人口に絞って見てみると、20%も落ち込んでいるという。
しかし、これは人々が機器としてのテレビを利用していないという意味ではない。テレビの支持者によれば、視聴者たちがテレビを放映と同時に見ていないだけだと話す。また、NetflixやHuluなどの動画配信サービスの存在が、テレビと人々との関連性を保っているとも指摘する。Netflixはアメリカだけで4200万人もの加入者を持ち、Huluも1,000万人の顧客を抱えているからだ。この両者は「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(原題:「House of Cards」)や「Difficult People」などのオリジナルコンテンツの制作も行っており、これらの動画コンテンツはいずれもテレビで視聴されるのに変わりはない。
必要なのは、すべての視聴率を計るシステム
米調査会社、ディフュージョングループ(The Diffusion Group)の主席アナリストであり、著述家でもあるアラン・ウォルク氏によると、業界が必要としているのは、従来の放送と同じようにオーバーザトップ(OTT:ブロードバンドインターネット経由で視聴するテレビ放送)の視聴率を計測するシステムであると話す。「昨年の12月、NBCは全体の視聴者のうち、放映と同時に視聴しているのは60%しかいないと認めた。現在は、それ以外のデータを計測できる術はない」と、同氏は話す。
ニールセンは昨年の秋からアドビと組み、デジタルの視聴率を計測するシステムの開発を進めていた。「アドビの人たちは、2015年の秋には展開できると意気込んでいる」と、ウォルク氏は話す。
増える、ケーブルテレビの解約者
人々が有料テレビの契約を解除していると、テレビの衰退論者たちは憂う。そんな彼らの意見を後押しするのは、数字だ。米有料テレビ向け情報サイト「FirerceCable」によると、ケーブルや衛星、通信企業などを合わせたトップ10の番組配給会社のうち、9社は合わせて30万人もの顧客を第2四半期に失ったという。この数字は2014年の第2四半期にテレビ業界が失った32万人に近い。
一方で、この数字は大きく聞こえるが、重要な問題とするには数字が小さすぎるとテレビ支援者たちは反論する。「業界にはまだ1億人以上の有料テレビの加入者がいる。彼らがいう数字は誤差に過ぎず、全体と比べれば0.3%ほどにしかならない」と、ウォルク氏は話す。多くの人はこの契約解除のことを、わずかなコードカッティングに過ぎないとし、「コードシェービング」と揶揄している。
もちろん、これで配給会社が新たな加入者を増やすことが難しくなってきているという事実を無視して良いというわけではない。事実、コムキャストはケーブルテレビ企業というよりもブロードバンド企業に変化しつつあるのだ。これには、配給会社が「スキニー・バンドル(視聴できる番組数を減らして安く提供するプラン)」やインターネット経由有料テレビサービスを、より多く提供していきたいという背景がある。
テレビ広告は、いまだ成長し続けている
世界四大会計事務所のひとつであるPwC(プライスウォーターハウスクーパース)は、アメリカでのテレビ広告市場が2015年の711億ドルから、2019年には810億ドルに成長すると予想している。これはテレビ支援者たちが指摘することができる大きな金額といえるだろう。対して、アメリカにおけるインターネット広告(動画以外の広告フォーマットも含む)は、IAB(インタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー)とPwCがそれぞれ行った調査によると、2014年にやっと500億ドルに近づいた程度だ。
もっとも、これはテレビ広告が安全だと言っているわけではない。米調査会社モフェットナサンソン(MoffettNathanson)のアナリストであるマイケル・ナサンソン氏は、テレビの広告収入が2015年の第2四半期で2.7%減っているとも報告している(この減少は不況やオリンピックなどに関連しておらず、記録上では最大の減少と同氏は発言している)。
「テレビ業界は、よりデジタル企業のように振舞わなければならない。広告主に対して、放送局が保持している巨大な視聴者層と、その売上を最大限活用しなければならないのだ。バナーや検索広告(アドワーズ)、YouTubeは、1日で10億個ものハンバーガーを売ることはできないが、テレビならそれをできる」と、シミュールメディア(Simulmedia)の創設者であり代表取締役のデイブ・モルガン氏は話す。テレビ局は広告に対するROI(投資対効果)や投資インパクトをより正確なデータで保証できるようにして、広告の放映スケジュールの組み立て、ターゲットとする視聴者により正確に届けられるようにしないといけないと警鐘を唱えた。
いま変革を求められている、テレビ業界
YouTubeは、モバイル機器での1人当たりの平均視聴時間が40分だと発表している。多くのオンライン動画クリエイターやテレビ局は、モバイル機器での視聴が少なくとも全体の半分を占めていると話しているほどだ。
確かにモバイル機器の使用率は高い。しかし従来のテレビスクリーンとして、モニターとしてのテレビは死んでいるわけではない。「くつろぎながら質の高いコンテンツを視聴するにはテレビが最適なスクリーンなのに変わりはない」と、米動画配信プラットフォーム「ブライトコーブ(Brightcove)」にてマーケティング・ビジネス開発部長を務めるマイク・グリーン氏。
多くの消費者は配信コンテンツに繋がるテレビを購入している。マーケットリサーチ企業eマーケター(eMarketer)によると、2018年までに1億9140万人のインターネットユーザーが、テレビを経由してインターネットにアクセスすると予想した。
テレビ業界は現在変化している。冒頭に述べた業界の動揺は、ウォール・ストリートが過剰反応したに過ぎず、現在のテレビはその役割を将来も担っていくことは確実だ。グリーン氏は「テレビ業界は今後、制作・キュレーション・実装(または運用)の3つの分野を確実に実行していくための技術を発展ができれば、関係会社の多くは生き残るはずだ」と、テレビ業界の将来に期待を残している。
Sahil Patel(原文 / 訳:小嶋太一郎)
photo by Thinkstock / Getty Images