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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.192

空疎な経営理念

2024/09/30

私は経営理念が大きく貢献する経営が簡単だとは思っていない。むしろ、空疎な言葉だけが並ぶような、安易に見える経営理念の議論も多いのではないか、と危惧している。

日本を代表する経営学者・伊丹敬之一橋大学名誉教授の最新刊「経営理念が現場の心に火をつける」(日経BP日本経済新聞出版)は、ミッション、バリュー、パーパスといったカタカナ経営用語を使った最近の議論に警鐘を鳴らします。

続ろーかるぐるぐる#192_書影

「いい戦略+いい理念=すばらしい経営」

このシンプルな整理が、この本の根幹です。
「戦略」という事業活動の設計図がはっきりしているのが「いい経営」。これができた上で、現場の自律的思考を重んじ、「理念」で導くのが、「すばらしい経営」。

まず大切なのは「戦略」。しかし簡単な話ではないので、それすらきちんと設定できていない企業組織が意外に多い。それができて初めて「理念経営」がテーマになるのですが、これはさらに難しく、実際、たくさんの「社長室の壁の額のなかにだけある、美辞麗句の集まり」のような「空疎な経営理念」を目にするというのです。

そこで豊富な事例を引きながら、いい「経営理念」に必要な要素が、「企業理念」と「組織理念」の二つに分けて提案されています。

いい企業理念(=企業という存在の使命・目的〔あるいは自社の事業活動の使命と目的〕)

  • 社会のなかの自社の位置づけ(社会的使命)がイメージ可能なように描かれている
  • 時間をかけて一貫して追える、長期的展望がある
  • 理想を追うが、非現実的でもない

いい組織理念(=経営のやり方の基本的な考え方〔つまり組織運営の基本方針〕)

  • 具体性のある指針だが、細かな指示ではない
  • そこまで言うか、という驚きの要素がある
  • 人間の足らなさや弱さを前向きに突いている
     

ぼくは、この本に深く刻まれた「危機意識」に心を打たれました。

今日、多くの組織が定めようとしている「経営理念」の類が現場のためになっていないのではないか?現場を自律的に、活発に動かすために機能していないのではないか?という指摘です。

最近、経営理念をつくりたがる企業が増えているが(ミッション、パーパスなど)その形成の議論に組織のメンバーの参加を求めることが多いのも、少し注意を要すると私は思う。なぜなら、そうした試みの多くが、「形の整った」「美しい言葉で飾られた」文章をつくる流れを暗黙のうちにつくってしまっているように私には見えるからである。(中略)

それが、理念としてパンチのあるものから遠ざかる傾向、美しい言葉で飾られてはいるが中身が空疎な経営理念をつい生んでしまう傾向、をもたらしている。


歯痒いのは、きっと多くの人に思い当たる節があるだろうこの指摘が、必ずしも、この本の読者に理解されていない可能性があることです。ネット上のレビューには、数は多くありませんが「新たな学びに乏しい」といった類いの文言すらありました。

その原因は、もしかすると読者自身が自分の手元にある「経営理念」を、先に挙げた「いい企業理念」「いい組織理念」6項目でチェックしても判断できず(むしろ、なんとなく全部OKに思われ)、せっかくの危機意識を自分ごとにできていないからかもしれません。

ぼくの理解では、企業理念において最も難しいのは「理想を追うが、非現実的でもない」という点。「現実的な理想主義」とは、「現場」の判断ひとつひとつに、(決して高すぎない、絶妙なバランスの)「理想」の立場から「問い掛け」をする行為です。

つまり、現場の現実とは必ずしも一致しない価値観が「経営理念」によって示され、が故に現場は混乱し、しかし対話を通じて組織に浸透すると「なぜ、その企業組織は存在するのか?」までが明らかに実感できる、「そんな『問い掛け』があなたの手元にありますか?」というチェックをしなければならないのです。

組織理念についても同様です。この中でポイントとなるのは「具体性のある指針だが、細かな指示ではない」でしょう。これはつまり、その経営理念が「人間の本質と大きな理想の間で、現場が自律的に動きたくなる『問い掛け』になっていますか?」というチェックです。

つまり誰も反対しないような「正しい指示」ではなく、現場に刺激を与える「問い掛け」こそが求められているにもかかわらず、残念ながら多くの企業組織における「経営理念」設定では、それがうまく機能していないという危機意識なのです。

この出発点さえ明確に認識できれば、理念経営を体系的に論じたこの本の意義がしっかり感じられることと思います。

続ろーかるぐるぐる#192_写真

大学3年生の時に履修した伊丹先生の講義で、「『垂直統合』の事例を持ってきなさい」という課題がありました。

教科書や新聞に載っているような典型的な「成功事例」を持っていくのではツマラナイと思ったので、当時週に何回も通っていた吉祥寺にあるラーメン店「ホープ軒本舗」の店員さんに聞いた話から、「この店では通常専門業者から購入することが多い麺を自社工場で作っている。しかも同業他社にその麺を販売している。これは立派な垂直統合の事例である」云々というレポートを提出したことがありましたっけ。

それがどんな評価を受けたのかは忘れてしまいましたが、「カタメ、カラメ、ナマタマ」という呪文とともに注文する「東京背脂豚骨醤油」の始祖ともいわれる一杯は、懐かしい思い出込みで、いつでも百点満点です。

どうぞ、召し上がれ!

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