営業は、誰でもできる仕事だ。特別な資格や難しい技術は、必要ない。経験がなくても、なんとかなってしまう。そんな仕事だ。たとえば、営業職でない人たち、あるいは営業に携わったことのない人たちが「ウチは営業が弱い」「営業が仕事を取ってこないから」と営業について話すのも、「営業は誰でもできる」という認識が多かれ少なかれあるからだろう。悔しいが、その認識は正しい。20数年間営業という仕事を続けている僕からみても、営業は「誰でもできる仕事」だからだ。ただし、「誰もが続けられる仕事」ではない。営業という仕事を続けていくためには、心身を壊さずに、継続的に成果を出していかなければならないからだ。そして、そのためにはある種の覚悟が必要となる。前置きは長くなってしまったが、この文章はその覚悟についてのものだ。
営業人生の中で、営業という仕事を辞めてしまう人を何人も見てきた。性格が営業に不向きでギブアップする人や、待遇に不満があって転職する人を別にすれば、営業を辞めていく人の理由のほとんどが「継続して成果(結果)を出せないから」あるいは「成果を出し続けることに疲れたから」だった。特別な資格も難しい技術も必要のないはずの営業という仕事で、なぜ、継続的に成果を出せないのか?消耗してしまうのか?僕は営業における成果を取り違えているからだと考えている。営業の成果とは、売上ノルマを達成することだけではない。ノルマだけを成果とするから、消耗するのだ。
そもそも営業(新規開発)とはどういう仕事なのだろう。端的にいえば、課せられたノルマ達成と顧客の満足を両立させながら会社の売上と利益に貢献する仕事、だろう。セールスマンという言葉もあるように、一般的にも、営業の仕事イコール売ることと認識されているのではないか。トップ営業マンにはセールスに長けた、とにかく売ること、ノルマを達成することに注力しているタイプがいる。また、営業関係のビジネス本が紹介している各テクニックも、「どうすれば顧客の心をつかめるのか」「テレアポ必勝法」のような売ることにフォーカスしたものが多い。商品やサービスを売ること、それは営業という仕事のベースである。だが、売ることが営業の仕事の全てではない。つまりノルマ達成のみが成果ではない。「営業=売ること」という認識が継続的に成果を出すことの弊害になりうると僕は考えている。
僕の考えてる営業の仕事は、ひとことでいうと相手を知ることだ。知る対象は見込み客やクライアント、取扱う商品やサービスはもちろんのこと、自分の会社や関係部署や現場の状況も対象になる。大ざっぱに分類すると、自分、会社、客。営業の仕事とは、この3者を知り、橋渡しをすることだ。イメージとしては結婚コンサルタントに近いかもしれない。つまり、僕の考える営業の成果とは、この橋渡しがうまくいき良好な関係が築けることである。売上はその関係に必要な一要因にすぎない。誤解を恐れずにいえば、よほど酷い商品やサービスでないかぎり、売ること自体はそれほど難しくない。 それこそ、誰でもできる仕事だ。単純な足し算だからだ。正しいアプローチで、積み上げていれば、個人差はあるけれども、売れる。成果を出し続けることの難しさは、売ることが、橋渡しになるとは限らないこと、売り続けることが、必ずしも成果の継続性につながらないこと、以上2点に集約される。
たとえば、売上ノルマのみを成果とし、それを達成するために、社内コンセンサスもなく、無理無理な納期の案件を取ってくることは橋渡しがうまくいったことにはならない。良好な関係が築けなければ案件の継続も難しく、消耗することになるだろう。「営業の成果=関係者の良好な関係の構築」とするならば、そういった案件を断ることも営業の仕事となる。営業の仕事で難しいのは、仕事を断ることである。なぜ難しいのか。それは積み上げてきたものをゼロにすることだからである。労力・時間をかけた分実質はマイナスになってしまうからだ。残酷だけれども、営業は評価されなければ無である。それゆえ、積み上げたものをゼロにするのを営業マンはもっとも嫌う。評価に繋がらないからだ。
「会社のためにプラスにならない仕事を断るのは当たり前だろ」というのは営業をやったことのない意見だ。あっさり仕事を断れる営業マンはおどろくほど少ない。営業マンになったつもりで想像してみてほしい。「期末にノルマ達成が掛かっている瀬戸際で案件を断れるか?」「何度も足を運んで関係を築き、~ちゃん付けで呼び合う仲になった見込み客を土壇場で『サーセン、やっぱウチはウケられないっす』とひっくり返せるか?」「すでに取引のある企業からカネにならない仕事を持ちかけられたとき、断り切れるか?」どのケースも、受けても同僚から非難轟々、断れば上司からノルマ未達で吊るし上げの地獄が待っている。それに加えて、僕の経験からいうと、仕事を断ったとき、何度も裏切り者扱いされた。ハンパな気持ちでは出来ない。そう。仕事を断るときに必要となるのは、ある種の覚悟が必要だ。積み上げてきたものを無にする覚悟だ。言い換えれば、積み上げたものをゼロにしても、また更に積み重ね続けていく、強さ、しぶとさ、である。先に売ることは営業のベースだと述べた。それは、仕事を断るためには、カバーするための売上をあげていることが必要があるからに他ならない。営業の仕事では、売上ノルマを追求するともに、プラスにならない仕事を断ることも大事なのだ。
社内的な事情ばかり考えていたら、売上ノルマ達成はかなわない、という反論もあるだろう。短期的にはそうかもしれない。だが中長期的にはどうか。仕事を断ることで、社内的に関係部署や現場と良好な関係と余裕が構築できていれば、中長期的にはプラスになるはずだ。僕の経験からいって、「営業ノルマやべえ」と悩んでいたときに救いの手を差し伸べてくれるのは、営業部の同僚ではなく、いつも、良い関係にあった他部署の同僚であった。「ちょっと納期キツイけど、やってみようよ」という言葉に救われたのは一度や二度ではない。そのとき僕は自分の考えが間違っていなかったと確信出来た。このように、仕事を断ることが中長期的な視点でみれば、成果につながっていくことも少なくない(確実にとは言えないけれど)。
駆け出しの営業マン時代に、「仕事を選べ」と世話になった先輩に言われたことがある。若かりし僕は、それを「営業サイコー!もうメンド~な客のところには行かなくていいのだ。それを補填する数値さえ上げればいいのだ」と短絡的にとらえていた。数か月の結果の出ない時期を経て、自分の間違えに気づいた。先輩のいう「仕事を選べ」は、会社にプラスになる仕事だけを選び、そうでない仕事は切り捨てる覚悟を持て、という意味だった。そこで求められている覚悟とは、時には、自分のノルマや評価を捨てることも辞さないという強いものであった。その覚悟が多少なりともあったからこそ、僕は、20数年間、営業という仕事で食べてこられたのだと思っている。もちろん、僕も弱い人間なので、営業ノルマ達成のために、「会社にプラスにならない仕事を取ってやる!現場がどうなろうと知らん、僕は仕事マシンなんだー!」という気分になってしまうときも時々あるが…。
長くなってしまった。営業という仕事を続けるためには成果をあげ続けなければならない、成果とは関係者の橋渡しをして良い関係性を築くことである、良い関係性は継続的な成果につながる、良い関係を構築するためには仕事を断ることも必要である、仕事を断るには積み上げてきたものを無にすることを辞さない覚悟が必要となる、仕事を断るには、その分をカバーする売上をあげなければならない。僕の言いたいことをまとめると、営業の仕事は、売上や仕事を会社にもたらすだけではない、時には断腸の思いで、育ててきた案件を断ることも必要、それだけなのだ。今、管理職になった僕は、会社にとってプラスにならないような仕事を断るような、数字にあらわれない営業マンの仕事をどう評価するか頭を悩ませているところだ。営業とは誰でもやれる仕事である。覚悟さえあれば、誰でもできる、実は楽しい仕事なのである。(所要時間43分)