教育という名の牽強付会
NHK教育で放送されているハーバード白熱教室がなんか話題になってるみたい。自分もいちおう全部見てて、確かに授業の進め方はうまいと思うけど、議論の進め方は物凄く誘導的だな〜と思う。なんつーか、サンデル教授自身の立場であるリベラリズムこそ倫理的に洗練された考え方であるという帰結に導くため、それ以外の倫理的立場を不当に悪く説明してるような。
NHKの番組ウェブサイトには、ディスカッションガイドと称して、番組内で取り扱われた議論を設問にしていますが、そこには例えばこういうものがある。
4. ある男がニューヨーク市に爆弾を仕掛けたとする。そして、警察が二十四時間以内にその爆弾を発見できなければ爆発する。警察が疑わしい爆弾犯人から情報を引き出すために、拷問することは合法だろうか?
5. 爆弾を仕掛けたある男は、彼の無実の家族を拷問にかけなければ、爆弾の場所を明かさないとする。それが巨大爆弾のありかを発見する本当に唯一の方法だとしたら、警察が無実の人々を拷問することは合法だろうか?
http://www.nhk.or.jp/harvard/lecture/guide_100404.html
設問者が我々にどのような論理展開を期待してるかは明らかですよね。つまり
(1) 功利主義に従えば、「ごく少数の人を拷問することでテロを防ぎ、より多くの命を救えるのであれば、その拷問による苦痛は(救われる命に比べて)微々たるものだから、拷問を行なうべき」という結論になるだろう。
(2) しかしその結論は、少なからぬ人々が正義ではないと感じるだろう。
(3) したがって功利主義は倫理的判断の基準として不適切なのではないか。
というふうに誘導したいという意図が見え見え。
わざわざ指摘するのも野暮ですが、上記の設問はその内容自体が非現実的な設定だ、というのがタネです。設問自体が非現実的なんだから、そこから導かれる結論もまた非現実的となって我々の実感に馴染まなくなるのは当たり前なのに、それをあたかも(その結論を導くのに使われた)功利主義に問題があるから問題のある結論が導かれたかのように印象付けようとしている。
普通に考えれば、テロリストの一員と思しき人物を捕らえたからと言って、大規模なテロが企てられてるかどうかは確証が無いし、そもそも本当にテロリストの一員なのかどうかも確証が無いはず。そして捜査には拷問以外の方法だって有効で、拷問しか選択肢がないなんてことはないでしょう。むしろ拷問が捜査方法として無効な場合だってありうる。それなのに上記の設問では「絶対に」爆弾が仕掛けられていて「絶対に」拷問しか方法がないという前提で問いを立てているわけで、その前提では「じゃあ拷問するしか」って結論が出てくるでしょ。そんな空疎な前提を取っ払って、現実的な問いとして、容疑者に拷問すべきかどうか問われたら、功利主義者でも「起こるかどうかも確証のないテロについて、それを防ぐという名目は、拷問を正当化するほど便益が高いとは言えない」と答えるのではないかと思います。
実際の番組の中でサンデル教授は、上記の設問のような机上の空論を「もし9月10日にテロリストを捕まえて〜」などという形で問いかけていましたが、これなんて実際に起きた911テロになぞらえてあたかも現実的な問いであるかのように粉飾し、上掲の誘導をさらに強化しているわけで、詐欺的と言ってもいいくらいです。
哲学史を聞きかじるのには役立つと思いますが、哲学の議論としては物凄く雑であまり参考にしてはならない番組だと思います。