どうしても直木賞がほしい――ベストセラー作家の苦悩を克明に描いた村山由佳の衝撃作『PRIZE―プライズ―』【書評】
PR 公開日:2025/1/10
とんでもない小説を読んでしまった、と誰もが思うのではないだろうか。本屋大賞を受賞し、作品のおもしろさのみならず、いつ何時も崩さない神対応で、ファンからも書店員からも愛されるベストセラー作家。一生遊んで暮らせるくらいの富も築き、欠けたるところは何もなしと思われる天羽カインが唯一、のどから手が出るほど渇望するのが直木賞の受賞だが、ノミネートされては落選する屈辱を味わい続けること数年。そんな懊悩だけでなく、彼女にふりまわされる編集者たちの葛藤をも生々しく描き出す小説『PRIZE―プライズ―』(文藝春秋)を、直木賞作家である村山由佳さんが、直木賞の実質の主催元である文藝春秋から刊行するという建付けだけでもすさまじいのに、読んでみたらあまりにもリアルなおそろしさ、もとい面白さに震えてしまった。
〈認められたいのよ。いけない?〉とカインは言う。なぜそこまで直木賞にこだわるのか、もう十分ではないかと心底不思議がる、若手編集者に対してだ。売れるだけでは、足りない。権威ある誰かに認められて、有無を言わさぬお墨付きをもらって、自分で自分を心の底から誇りに思いたい。努力に努力を重ねて貫いてきた自分の道を、ただの一人にも否定させない栄光がほしい。承認欲求なんて言葉では軽すぎるカインの獰猛な欲望は、周囲を困惑させるものの、決して理解できないものではない。
けれど、努力が必ずしも報われるわけではないのが、現実。後世に語り継がれるほどの必死さで、芥川賞がほしいと懇願した太宰治がついぞ受賞できなかったことを例にあげ、作中でも語られるように、賞の行方にはどうしたってタイミングや巡りあわせのようなものが作用する。どれほど小説がおもしろくても、他を追随させない売れ行きをみせても、関係ないのだというその現実の厳しさに、カインは打ちのめされ、心を激しく乱していく。
カインがそこまで賞に固執するのは、孤独だからでもある。どんなにサポートしてもらっても書くときは一人。評価は自分一人で背負わねばならず、矢面に立たされるのも自分だけ。ならばせめて、編集者は徹底的に寄り添うべきなのに、誠実さに欠ける態度ばかり。夫はいつまでも妻の功績を認めず、バカにして浮気三昧。確固たる評価を得て全員を見返したい、自信をもちたいとカインが願うのも当然だ。
ゆえにカインは、自分をいちばん理解して寄り添ってくれる、若手編集者の千紘との距離を急激に縮めていくのだが、それがまったく微笑ましく感じられないどころか、地獄に転がっていく坂の入り口にしか見えないのも、本作のすさまじさ。作家にとって「特別」な編集者になることは、編集者にとっては人生を肯定してくれる栄誉だ。その栄誉を千紘は手にし、長年伴走してきたはずのベテラン編集者・石田は失っていく。対比的に描かれる二人の編集者の矜持もまた、読みどころの一つである。
過大に評価されれば図に乗り、ないがしろにされれば心が腐る。栄誉に目がくらんで暴走するのは、何も作家に限った話ではない。欲望に翻弄されながら、いかに道を誤らずにいられるか。本当に得るべきPRIZEとはいったい、なんなのか。からみあう激情の果てにたどりつくラストは、必読である。
文=立花もも