『ふつうの軽音部』ELLEGARDENは作品の象徴として選曲。原作者が楽曲セレクトやキャラクター造形を語る【クワハリ先生インタビュー】
更新日:2024/11/5
次にくるマンガ大賞2024でWebマンガ部門1位を獲得した『ふつうの軽音部』(クワハリ:原作、出内テツオ:漫画/集英社)。その面白さはどこから来るものなのか? この作品はどのようにして生まれたのか? その根源を探るべく、原作を担当しているクワハリ氏へインタビューを敢行。「ジャンプルーキー!」連載時代からこれから先のことまでお話を伺った。
■エッセイ漫画路線から熱血へ
――ダ・ヴィンチWebの取材ということで、本についての話から伺わせてください。先日、Xに村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』(新潮社)を読まれたと投稿されていたり、『ふつうの軽音部』のコミックスに描き下ろされたキャラクターの自己紹介で好きな小説や作家をあげているキャラが少なからずいたり、先生は読書家だという印象を勝手に持っています。
クワハリ氏(以下、クワハリ):いや、そんなに数を読んでいるわけじゃないですよ(苦笑)。特に最近はあまり読めていません。でも、たしかに小説に限らず、本を読みはしますね。
――キャラの自己紹介に書かれた作品の中に、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』(文藝春秋)が入っていたのが印象に残っています。小説だと、純文学を手に取ることが多いんですか?
クワハリ:全然そんなことないというか、特定のジャンルをめちゃくちゃ読むことはないんです。『コンビニ人間』は、タイトルがキャッチーで面白そうだなと思って手に取っただけですね。でも、特殊な考え方をしている人や、そういう人を描いた話が好きで、『コンビニ人間』の主人公もかなり特殊な考え方の人だと思うんです。だから結構読んでいて楽しかったというか、好きな作品ではありますね。
――たとえば他に、ぱっと思いつく、直近で読まれた面白い本はなんでしょうか?
クワハリ:『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤彩/講談社)という、滋賀県で、いわゆる“毒親”のお母さんを娘が殺してしまった事件を書いたノンフィクションの本があって、それですかね。
――意外なところが。
クワハリ:そうですよね(笑)。本当に、ぱっと思いついたのがたまたまそれで。
――では、改めてここから、『ふつうの軽音部』のお話に入らせていただければと思います。まずは作品が生まれたきっかけを伺わせてください。
クワハリ:コロナ禍ぐらいのときに何か新しいことを始めようと思って、今まで全然やってなかったんですけども、iPadを買って、イラストの練習を始めまして。で、しばらく絵の練習、模写をしていたんですが、イラストってやっぱり難しくて、なかなかうまくならなかった。そこで漫画を描き始めたんです。漫画の方が、まだ絵が雑でも許されるような気がして。
初めて描いたのは自分の高校時代をもとにしたエッセイ漫画で、それはTwitter(現X)で発表していたんですけど、それを描き終わった後、今度はフィクションの物語を描きたくなった。それで始めたのが(「ジャンプルーキー!」版の)『ふつうの軽音部』だった……という流れです。
――ジャンプルーキー!編集部ブログのインタビューでは「題材としては、自分自身が経験していて詳細に描けるものとして『軽音楽部』を選び、『大人数の軽音部を扱った作品はなく、差別化できるのでは』と考え、今の設定にたどりつきました」と答えていました。そうした基本コンセプトみたいなものを思いついてから、具体的な漫画の形に落とし込んでいく過程では、どんなことを考えているのでしょうか?
クワハリ:特に「ここを目指そう」とか、そういうこともなく、本当に行き当たりばったりで描き始めた作品ですね。最初の方は特にそうです。しばらく描いていくうちに、キャラクターが増えてきたところで、さすがに「ちょっと話を考えよう」と思って、先の展開だとかも多少は考えるようになった感じですね。
――じゃあ、もう本当に、「高校入学と同時に軽音部に入るぞ」と決意している女の子が楽器屋に行くところから、順にストーリーを考えていかれた?
クワハリ:そうです。だから1話を描いている段階では、主人公の鳩野がどういうバンドを組むかとか、バンドはいつ初めてのライブをするかとか、そういうこともあんまり決まってなくて、本当にとりあえず描き始めた感じでしたね。
――でもライバルキャラの鷹見は1話の時点で出てきて、しかも後にどういう立ち位置になるかが鳩野のモノローグで軽くほのめかされていますよね?
クワハリ:そうですね。最初の頃に自分が何を考えて描いていたか若干忘れ気味なんですけど……名前が「『鷹』見」じゃないですか。「鳩」と「鷹」で対比になっているから、多分最初から、ライバル的な立ち位置にしようと考えて出したんじゃないかなと思います。
――作品の大きな方向性が見えてきたタイミングは、連載のどこかであったのでしょうか?
クワハリ:当初はもっとエッセイ漫画っぽいというか、日常的な作品だったと思うんですけど、鳩野が初めてのライブで大失敗をして、他人に笑われて、落ち込んで、また再起して、弾き語り修業を始める……という流れを描いたぐらいから、鳩野を少年漫画の主人公っぽく感じ始めたんです。あそこの展開で改めて、キャラの属性が見えてきたといいますか。作品のボルテージが上がって、当初よりも緩くない、割と熱血スポ根的な要素が入っていったような気がしますね。
――じゃあ、もしかしたら、もう少し緩めの、ダラッとした軽音ライフを描く作品だった可能性もありえたかもしれない。
クワハリ:かわいい女の子がわちゃわちゃしてるような漫画にはならないと思うんですけど、いつまでたっても主人公が覚醒せずに、もうちょっとグダグダしてる様子を描いた漫画になっていたかもしれません。そういう作品も好きなので。
――そうして熱血スポ根的な要素が入り、作品のテンションが変わったタイミングで、「ジャンプ+」での連載のお話が来たのでしょうか。
クワハリ:そうです。だから商業連載に向けて準備をする中でも、作品のコンセプトはあまり変わっていないですね。「ジャンプ+」に移行する話がなくても描いていた内容の延長線にあるものを、基本的には描いています。各話の最後に引きを用意するとか、そういうことは「ルーキー!」で好きに描いていた頃よりは考えるようになりましたけどね。
■「ふつう」の個性豊かなキャラができるまで
――改めて確認になってしまいますが、『ふつうの軽音部』以前にまとまったストーリー漫画を描かれたことは、特にはなかったんでしょうか?
クワハリ:ないですね。
――本当に衝撃的です。コマ割りだとか、漫画的なセリフ回しであるとか、キャラクターの見せ方はどう勉強されたんですか? 何か影響を受けたものがあるんでしょうか?
クワハリ:コマ割りはまだ本当に下手で、(作画担当の)出内テツオ先生の方でよくしていただいてるところも多いですね。セリフ回しに関しては、やっぱり漫画が好きで、よく読んできたので、特定の先生ではなくいろんなところから影響を受けていると思います。
――漫画以外のものだといかがですか? 口語的なセンスを感じますが、お笑いだとか、ラジオだとか。
クワハリ:あんまり意識的に触れているものはないですね。たしかに僕の漫画は割と口語的だと思うんですけど、それは家族や知り合いとの、日常会話のエッセンスが大きいかもしれません。最初に高校時代のエッセイ漫画を描いたときのノリが、フィクションを描くときでも引き継がれている感じですかね。
――ゲスト出演されたポッドキャストの「週刊マンガ獣」では、福満しげゆき先生や山本さほ先生のお名前をお好きなマンガ家としてあげていらっしゃいましたが、そこからの影響は?
クワハリ:そのおふたりはすごく好きな作家なので、影響を受けているような気もしますね。
――では、ネームをお描きになるときに、一番重視していること、作品の面白さの肝だと考えてこだわっている部分はどこですか?
クワハリ:難しいな……自分が読者だとして、連載の1話分を読んで、何も感じないようにはなるべくしないようにはしていますね。だから、「この話、ちょっとパンチが足りないな」と思ったら、最後の方で急に意外なキャラを出してみたりする。たとえば30話のラストでヨンスが部活に復帰するのは、その考え方で入れた展開ですね。あの話はコミックスの3巻の最後になるのもわかっていたので、鳩野のお父さんの話でそのまま終わると、引きが弱くてあまりよくないなと。それで再登場しただけじゃなく、そもそも部活に復帰する予定はなかったんですけど、することになって。
――え。あの復帰、予定外だったんですか。
クワハリ:フェードアウトしたように見せかけて、ちょくちょく出番を作ろうかなとは思っていたんですけど、復帰までは考えてなかったですね。でも、部活にいた方がやっぱり動かしやすいし、話が面白くもなるので、結果的にはよかったなと感じています、今は。
――ヨンスは脇役ですけど、読者の一部にものすごい刺さり方をしています。そもそも主人公の鳩野もですが、数々の印象的なキャラクターを生み出すときは、どこから考えていくものなんですか?
クワハリ:キャラは舞台とセットで考えることが多いです。たとえば鳩野だったら、舞台を大人数の、そんなに強豪でもない軽音楽部と決めたあと、その舞台で、主人公としてどんなキャラクターが一番動かしやすいかを考えていった。男より女の子の方が動かしやすそうだな……というのは、そんなに論理的に考えたわけじゃないんですけど、あとは、めちゃくちゃギターの才能があるよりは初心者の方がいいとか。あとはバンドものなので、バンドって枠があるとちょっと考えやすいんですよ。
――どういうことでしょう?
クワハリ:別に経験者でもない素人の女の子が主人公だとして、バンドのメンバーはどうしようか? と考えていくと、周囲がなんとなく決まっていく。主人公が割と根暗なので、陽キャっぽい子がいた方がいいよな、とか。キャラの作り方はそんな感じですかね。
――具体的なバックボーンはどうですか? たとえば鳩野だと、両親が離婚をして、関東圏の川崎から大阪に移ってきた。そのことを強く意識してはいないものの、どこか心に影を落としている部分がある。そういう掘り下げを、どう進めたのか。
クワハリ:これはまず、僕が関西にいるんですけど、関東の人が関西で暮らしている様子が結構好きなんです(笑)。あんまり多いわけではないですが、なんかちょっと応援したくなるんですよ、個人的に。たとえば東京の人が大阪で暮らしていたら、「大阪みたいな雑多なところで暮らして大変そうだな〜」とか勝手に思い入れてしまう(笑)。だから、大阪が舞台で標準語の、関東の人間を出したかった。それがまず先にあって、となると、引っ越してきた理由があるだろうな、と。あと、引っ越してきたのもそんなに前じゃなくて、中学校ぐらいじゃないか? と。
――小さい頃に引っ越したら、おそらく関西弁に染まりますもんね。
クワハリ:そうやって中学のときに関西に来たことにすると、きっとしばらくは馴染めなくて嫌な思いをしたんだろうな、とか想像が膨らんでいく。そうやって一つの要素から、だんだんとキャラクターに肉付けしていく感じですね。
――ちなみに鳩野は、具体的にイメージされているボーカリストはいるのでしょうか?
クワハリ:ないわけじゃないんですけど、ガチガチにイメージを固めて描いているわけではないですし、ここで言ったものが「正解」みたいになるのはあんまりよくないと思うので、言わないでおきます。……あ、ただ、「この世のものとは思えないような変な声」みたいな感じではないと思います。高校生ぐらいだと、ちょっと変わった声質の、クセがあるボーカルに対して、「変な声!」って割と素直に思うような気がするんですよね。ぱっと聞くとちょっと「ん?」ってなるような、でも、慣れると別に全然変だなと思わないような声をしたボーカリストって結構いると思うんですけど、鳩野もそうした人たちと同じようなイメージです。