いち在日朝鮮人kinchanのかなり不定期更新日記

はてなダイアリーから移行しました。古い記事ばかりになりましたが、ボチボチ更新していこうと思います。

クリッパーズ、バルセロナ ― スポーツ界における2つの人種差別事件に思う

エントリーに先立ちご挨拶から。
長らくエントリーもアゲず、コメントも返さず、ブログ主として心苦しい限りでした。セウォル号の話とか色々書きたい話は多かったのですが、仕事が本当に大変で、精神的にも追い込まれておりましたので、頭と心のキャパシティーがブログの更新やメンテに向かわせてくれませんでした。草刈り(笑)程度しかできませんでした。本当にごめんなさい。この間コメントを寄せていただいた皆様にはお詫びと感謝を申し上げます。まぁ、歳相応に苦労しないとメシを喰えませんのでね。ヤフーニュースの嫌韓コメに賛成票押しまくってれば生活が充実していると勘違いしている連中が…(以下略)。

それでは、本題。

浦和レッズで発生した“JAPANESE ONLY”事件も記憶に新しいが、ここ数日間にNBAとスペインリーグで、立て続けに人種差別事件が発生した。
先ずは、NBAのロサンゼルス・クリッパーズのオーナーが引き起こした差別発言事件だ。記事を引用する。



クリッパーズオーナーの人種差別発言、米大統領やジョーダン氏も非難
AFP BB NEWS 2014年04月28日 13:46
http://www.afpbb.com/articles/-/3013721

(引用開始)

【4月28日 AFP】米プロバスケットボール協会(NBA)、ロサンゼルス・クリッパーズ(Los Angeles Clippers)のドナルド・スターリング(Donald Sterling)オーナーが人種差別発言をした問題で、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領が27日、非難する声明を出し、同オーナーに対する批判の声が高まっている。
クリッパーズは同日、敵地オークランド(Oakland)でゴールデンステイト・ウォリアーズ(Golden State Warriors)とのプレーオフ1回戦の第4戦に臨んだが、80歳のスターリング氏の暴言が録音されたテープが公開されたことで、試合は暗い影に覆われた。
芸能サイトTMZで公開された録音テープには、スターリング氏がV・スティビアーノ(V. Stiviano)さんとだけ明かされた交際相手に対し、この女性が友人の黒人男性との写真をインスタグラム(Instagram)に投稿したことを非難する声が入っている。
TNZが公開している10分近くに及ぶ4月9日の録音テープによれば、スターリング氏は「黒人と一緒の写真を公開するなんて、ひどく不愉快だ。その必要があるのか?」と述べていると伝えられている。
「(黒人と)寝るのも、彼らを連れ込むのも君の勝手だし、何でも好きにすればいい。だが私のささやかな頼みは、そのことを見せびらかしたり、私のチームの試合に連れてくるのはやめてほしいということだ」
アフリカ系米国人として初の米国大統領となり、自身もバスケットボールをプレーする熱心なファンとしても知られるオバマ大統領は、アジア歴訪の途中で、「思慮に欠け、極めて攻撃的」な内容だと非難した。
今回の問題発言は、同日多くの全米ネットワークニュースでトップの話題に取り上げられ、伝説のNBA選手やコメンテーターがこぞって、スターリング氏が話したとされるコメントに対して非難を繰り返している。
元ロサンゼルス・レイカーズ(Los Angles Lakers)の名選手マジック・ジョンソン(Magic Johnson)氏は、このスキャンダルが発覚した26日に二度とクリッパーズの試合を観戦しないと誓い、米テレビ局ABCのNBAの番組で、バスケットボール界において不動産王であるスターリング氏の居場所はないと怒りをあらわにした。
ジョンソン氏は、「もはや彼にチームを保有する資格はない」とコメントし、「アフリカ系米国人も彼の不動産を借り、彼のチームの試合を観戦し、彼のチームでプレーし、指揮を執っているのだから、『もうチームのオーナーでいたくない』と立ち上がって言うべきだ」と続けた。
「みんなにとって最悪であり、米国にとって由々しきことだ。私は今回の事に本当に腹を立てている」
ジョンソン氏と並ぶ偉大な元NBA選手で、シャーロット・ボブキャッツ(Charlotte Bobcats)のオーナーでもあるマイケル・ジョーダン(Michael Jordan)氏も、「同じNBAチームのオーナーが、あれほど不快で攻撃的な見解を持っていることに吐き気を禁じえない」と述べた。
「元選手として、私は完全に憤っている」

(引用ここまで)



次に、スペインのバルセロナに所属する選手にバナナが投げつけられた事件について、同様に記事を引用する。

D・アウベス、人種差別のバナナを食す ― 『ムンド・デポルティボ』は「最高の返答」と報じる
Goal.com 2014/04/28 6:45:00
http://www.goal.com/jp/news/73/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3/2014/04/28/4780341/d%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%99%E3%82%B9%E4%BA%BA%E7%A8%AE%E5%B7%AE%E5%88%A5%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%81%99

(引用開始)

27日のリーガエスパニョーラ第35節、敵地エル・マドリガルでのビジャレアル戦を3−2で制したバルセロナだが、この試合で人種差別行為を受けたDFダニエウ・アウベスが、それに対抗するために奇抜な行動を見せた。
この出来事は75分にバルセロナが右CKを獲得し、D・アウベスがそれを蹴ろうとした場面で起こった。ブラジル代表DFは観客から投げられたバナナを拾い、皮をむいて身を口にほおばったのだ。
D・アウベスはこれまでにも、自身やチームメートのFWネイマールに対する人種差別行為に対抗する姿勢を示してきた。スペイン『ムンド・デポルティボ』電子版は今回の行動を、「人種差別に対する最高の返答」と報じている。

(引用ここまで)



2つの事件ともに、愚かな人種差別事件に違いが無いのだが、差別攻撃を向けられた者、及びそれを取り囲む者が、瞬時にそして徹底的に、その愚かさについて糾弾・批判をするとともに、被差別者と共に居ることを表明し、その社会で守るべき価値が何であるかを共有している。

例えば、自分らのチームのオーナーによる黒人への人種差別発言の報に接したクリッパーズの選手たちは、抗議の意思を示すためにユニホームを裏向けで着用し、観客もプラカードで応えた。NBAのコミッショナーはすぐさまクリッパーズのオーナーに永久追放処分と高額の罰金を科し、クリッパーズの選手はその決定への支持を表明。アメリカのオバマ大統領も、「無教養な者ほど、口を開けば無教養ぶりがあらわになるものだ」「無知な者が自分の無知を表したい時、私たちはそれに対応する必要がない」と直截的かつ徹底的な批判を加えている。

バナナ事件についても、バルセロナのアウベスの同僚FWネイマールは「俺たちは皆サルだ。皆、同じ。人種差別にNOを!」とツイッターで呼びかけ、バナナを手にした写真を掲載した。世界各国のサッカー選手や指導者もバナナを手に連帯の意思を示している。ハッシュタグ#weareallmonkeys(俺たちはみんなサル)とバナナをほおばる写真は瞬く間に全世界に広がっている。

それぞれの意思表示は各人各様であるが、全ての人間が個人として尊重されるという普遍的価値に挑戦する『人種差別』という行為に対し、最大級の批判を加えるとともに、「ともに生きる」という価値を共有するという行動様式は、通貫しているものと言える。差別主義者は市民の良識によって直ちに取り囲まれて、その存在価値を奪われている。この社会で守るべき価値が何なのか、多くの市民が理解し、そしてそれを守るために実際に行動しているのである。




日本でも、ここ1年程度前までは、レイシストがお散歩と称して人種差別発言を撒き散らし悦に入るという光景に対し、表立った社会的な批判が加えられてこなかったという現実があった。安倍首相が(自分の政策は差し置いて)申し訳程度に「懸念」を示すのが関の山で、お散歩は公安警察のメシの種の為に放置され、犯罪的発言は「表現の自由」をタテに垂れ流され続けてきた。ところが、最近はヘイトデモが実施されるという情報がもたらされるや否や、すぐさまカウンター行動が組織され、差別主義者の行進は良識を示す市民の数に圧倒され、最近では予定されていたヘイトデモが中止に追い込まれるまでになっている。先述の2つの人種差別事件の際に圧倒的な市民の良識が差別主義者を取り囲んだように、ここ日本でも「差別だ!」と声を挙げ行動に移した市民の行動が、確実に差別主義者の『遊興団体』を破滅への道へと追い込もうとしている。

私は人生の中で、幾度と無く差別心を向けられることがあったが、その度に日本と朝鮮の友人によって救われ、今の人生と人間関係を築いている。私は日本社会に良識の圧倒的なチカラが存在することを信じ、それを信頼している。私のブログでのつぶやきなど取るに足らないものだが、このような声を集めることで、この社会に根強く横たわる構造的な差別にも打ち勝つことができると信じている。

私の息子は来年小学校に進学する。いまの息子は自分が「ナニ人」であるかを背負わず生きることができるが、そのうちに人種間の障壁にブチ当たって葛藤する時が来るだろう。私はその障壁がなるべく低く、息子にとって“取るに足らない”ものであるように、社会を少しでも良くしたいと願うとともに、息子の心を少しでも磨いてやれたらと思っている。毎日クソ忙しいとボヤき、息子の遊び相手にもなってやれない親父だが、隙間の時間に少しでも社会に働きかけて、息子の世代には少しでも良い社会を、と願っているのである。

声を挙げる、声を集める。この社会の普遍的な価値を守るために、本当に大事なことだと心から思う。