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伝統と革新~蕎麦を紡ぐ人々~
「みよしそばの里」東京近郊の畑で三人四脚の蕎麦栽培③

「みよしそばの里」東京近郊の畑で三人四脚の蕎麦栽培③

埼玉県ふじみ野市の「天和庵」をはじめ、手打ち蕎麦の人気店に愛用される三芳町産の蕎麦。その蕎麦を手がける「みよしそばの里」の二代目が始めた新たな取り組みと未来への想いを聞いた。

2025年、三芳の蕎麦は新たなステージへ

親子二代にわたる埼玉県三芳町の蕎麦栽培。その事業では時代の変化に合わせた改革も二代目の船津正行さんの手によって行われている。筆頭は冷凍蕎麦の販売だろう。ベースとなったのはかつて敷地内にあった手打ち蕎麦屋「みよしそばの里」。地域の人たちの「地元産の蕎麦を食べる場所がほしい」という要望を受けて、父の貞夫さんが開いた店だ。
「蕎麦の店は1996年頃から20年間営業していました。土日は200食ぐらい売れて評判はよかったのですが、父が亡くなって畑と店の両方を動かすのが、私自身、きつくなってしまったんです。当時、冷凍を解凍した年越し蕎麦の販売もしていて、2人前入りの3700パックが売り切れるほど人気がありました。冷凍蕎麦を思い立ったのはその基盤があったからなんです。スタッフからの『蕎麦打ちが楽しかったからまたやりたい』という言葉が背中を押してくれました」

現在、冷凍蕎麦の製造を担っているのはパートの女性陣だ。工房にお邪魔するとちょうど作業の真っ最中。延しや切りを分担して丹精な蕎麦が打ち上げられていく。メインは二八蕎麦と十割蕎麦だが、千葉県成田産などよその地域とのコラボ蕎麦が時折登場するところが楽しい。

女性スタッフ
冷凍蕎麦は女性スタッフのみなさんが分担して手作業で製造。
ロール製麺機
延しの工程にはロール製麺機を活用。幾度も機械を通して薄くしなやかに延していく。
手切りするスタッフ
延した生地を畳んだら、こま板を当てながら細く切る。取材時は手切りだったが、スタッフの負担を減らすためにその後機械を導入したそう。
蕎麦
細く端正に切り揃えられた蕎麦。
蕎麦
パックに2人前ずつ小分けした後、急速冷凍をかける。

販売方法も画期的だ。工房の入り口近くに置かれているのは、なんと冷凍自動販売機!
「自販機のメリットは第一に人件費がかからないこと。加えて、販売数の調整などを自分たちのペースでできるからストレスなく続けられるんです。インターネットでの通販もしていて、合わせると以前営業していた蕎麦店と同じぐらいの売り上げがあるんですよ」
この販売方法に至るまでには、船津さん自ら各社の冷凍自販機を見て回るなど持ち前の探究心がたっぷり注ぎ込まれたそうだ。

自動販売機
工房の前には冷凍蕎麦の自動販売機が鎮座。地元の人たちがぶらりと買いに訪れる。
二八生そば
二八生そばは1パック(2人前・300g)800円。冷蔵庫で解凍してから茹でれば、打ち立ての味を楽しめる。「みよしそばの里」のキャラクター、そばこちゃんをデザインした掛け紙の裏面には、茹で方のポイントがイラストで解説されている。

一方、蕎麦粉もホームページから一般向けに販売しているが、主力はやはり業務用だ。現在はおよそ70軒の蕎麦店と取引があり、すでに打ち止め状態。新規の取引は受けていないのだという。
「お蕎麦屋さんへの販売は原料を供給する立場としての責任を負うということ。安定供給をしたくても、いかんせん自然が相手なので予定の半分しか穫れないことも起こり得ます。そのときに『今年はありません』というわけにはいかないので、お付き合いする店は限らせてもらっているんです」

卸先で東京に次いで多いのが、地元・埼玉県の蕎麦店だ。三芳町に隣接するふじみ野市の「天和庵」はその一軒。2005年創業のこの店では丸抜きを自家製粉するほか、挽きぐるみの蕎麦粉も仕入れている。開店当初は北海道や茨城などの産地を使っていたが、5年前から三芳町産にスイッチしたという。
「使い始めたのは、地域のイベントで船津さんと知り合ったのがきっかけです。噂には聞いていましたが、打ってみると色も香りも素晴らしい。粘りが強いので打ちやすいですし、手繰ったときもつるっとし過ぎず、蕎麦らしい口当たりを楽しんでいただけます」
こう語るのは店主の梶秀雄さんと息子で二代目の寛典さん。現在は年間で使う原料の9割以上が三芳町産に。新蕎麦に切り替わるわずかな時期にほかの産地を使うと、違いを如実に感じるそうだ。

店主の梶秀雄さんと息子で二代目の寛典さん
店主の梶秀雄さん(右)は「一茶庵手打ちそば教室」で蕎麦打ちを習得し、脱サラで開業。会社員だった息子の寛典さんも同じく一茶庵の教室で学び、現在は二代目として打ち場に立っている。
和風庭園
店の前に広がるのは趣のある和風庭園。四季折々の景色を眺めながらゆったり寛げる。もともと屋敷林だったところを自分たちで庭に設えたとか。
せいろ
せいろ935円。自家製粉した蕎麦粉につなぎ2割を加えて打つ蕎麦はしなかやで溌剌とした味わい。つなぎなしの生粉打ちせいろ1,155円も限定で用意されている。原料は三芳町産が基本だが、取材時は新蕎麦に切り替わる時期だったため北海道産に。
田舎深山そば
三芳町産の挽きぐるみ粉を太打ちにした田舎深山そば1,045円。野趣に富む蕎麦は噛むほどに香ばしさと甘味が溢れ出る。
鴨南蛮
種物で人気の鴨南蛮1,870円。岩手鴨の旨味が溶け出た汁が蕎麦の風味を引き立てる。

多くの蕎麦店からの信頼を集め、今やブランド産地となる三芳の蕎麦だが、最後に将来に向けた想いを船津さんに聞いてみた。
「試行錯誤の結果ではあるのですが、うちの蕎麦栽培はかなり尖ったものになってしまったと感じています。スタッフがする仕事もそれぞれの職人芸によるところが大きいんですね。これからは、長年かけて積み上げてきたこの"三芳スタイル"を壊し、再構築しようと考えています。そして誰もが参画しやすい形へと変えていきたい。目標の一つは地域に蕎麦農家を増やすことです。栽培に限らず、蕎麦に興味のある方はぜひ飛び込んでほしい。一緒に蕎麦の輪を広げていきましょう」

2025年は新たなステージの幕開けとなる年。東京に一番近い名産地、三芳町の蕎麦はますます面白くなりそうだ。

店舗情報店舗情報

天和庵
  • 【住所】埼玉県ふじみ野市苗間295‐1
  • 【電話番号】049‐262‐0801
  • 【営業時間】11:30~14:15(最終入店)
  • 【定休日】月曜(祝日の場合は火曜)
  • 【アクセス】東武東上線「ふじみ野」駅東口より徒歩6分

文:上島寿子 写真:岡本寿

上島 寿子

上島 寿子 (文筆家)

東京生まれで、銀座の泰明小学校出身。実家がビフテキ屋だったため、幼少期から食い意地は人一倍。洋酒メーカー、週刊誌の記者を経て、フリーに。dancyuをはじめ雑誌を中心に執筆しています。