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『ホラー小説大全 完全版』から選んだホラーベスト10

N/A

スタージョンの法則というものがある。

SF作家のシオドア・スタージョンが「SFなんて9割クズだ」と貶されたとき「どんなものでも9割はクズだ」と返したという逸話に由来する。低俗で凡庸な作品の山に、傑作が埋もれている。

重要なのはその1割にどうやって巡り合うかなのだが、ホラー小説についてその1割を集大成したものが、『ホラー小説大全 完全版』(風間賢二、青土社)になる。

18世紀のゴシック小説から19世紀のゴースト・ストーリー、20世紀のモダンホラー、そして21世紀のポスト・ミレニアルホラーまで、欧米を中心としたホラー小説を渉猟し、「読者を怖がらせる」ことに優れた作品をもりもり紹介する(1割といえど大量にある)。

さらに、近代が生み出した三大モンスター(吸血鬼、フランケンシュタイン、狼男)と現代が生み出したゾンビにまつわる膨大な映画や小説を紹介しながら、「なぜ”それ”が怖いのか」を、時代の集合的無意識から解き明かす。

キングやクーンツでホラー沼にハマった人には朗報だ。第三部を丸ごと使って、キングが開拓したモダンホラーの精髄を説き、クーンツやマキャモン、バーカーなど、ガチ怖なのに頁をめくる手が止められない傑作を、これまた膨大にお薦めしてくる。

私が狂喜したのは第四部、サイコ・エログロ・スプラッタの強烈なやつを選び抜いて紹介してくれるところ。ジャック・ケッチャムやリチャード・レイモンでピンと来る方向けで、病んだアメリカの恥部を、血まみれ鬼畜系で容赦なく暴き出す作品群だ。

ラストに傑作ホラーベストを掲げているのもありがたい。要するに、怖くて面白い1割から、ジャンルごとに特別に選び抜かれた作品がある。単なるリストではなく、「なぜそれが傑作なのか」も念入りに説明してくれるところも嬉しい(ネタバレすれすれな勇み足はご愛敬)。

  • テーマ別モダンホラーベスト60(悪魔、SF、エロス、狂気、呪い等)
  • ベスト中短編ホラー40(アンソロジーからさらに選り抜き)
  • ゴシック・ロマンスベスト50
  • 少年少女のためのベスト60

面白すぎて止められないか、怖すぎて眠れないか分からないが、いずれか(あるいは両方)の効用をもたらす作品に、山のように出会えるだろう。

なぜ本書が信頼できるか

なぜ、これほど自信をもって断言できるのか?

それは、本書の著者である風間さんが紹介した本をさんざん読んできたから。「怖いぞ」と脅されて半信半疑で手に取って、しっかり恐怖(と徹夜)を味わったので、確信を持って言える。

例えば『ウォーキング・デッド』だ。ゾンビ・アポカリプスを描いたアメコミを翻訳し、日本に紹介したのが風間さんだ [レビュー]。驚異的な視聴率を叩き出した同名のドラマの方が有名かもしれぬ。脅威はゾンビではなく、あくまで人間であり、これまでの法や倫理が通用しなくなった世界で、人はどこまで人でいられるのかが、生々しく激しいドラマとして展開される。

N/A

ゴード・ロロの『ジグソーマン』もそうだ。風間さんの紹介でこの劇薬小説に出会えた。交通事故で妻子を失い、人生に絶望して死のうとした男に、ある提案がなされる―――「右腕を200万ドルで売ってくれないか」。そこから始まる先読み不能・問答不要のおぞましさと嫌悪感に、ゲラゲラ笑いだす。人は笑うことで正気を保とうとするのかもしれない [レビュー]。『ホラー小説大全』にも風間さんの解説が収録されている。

N/A

あるいはシャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』。読後いつまでも後を引き、怖いというより「嫌な」小説を書く作家だ。正気と狂気の境界を見失うような気分にさせてくれる。というより、正常と異常は線引きできるものでないことを思い知らさせてくれる [レビュー]。この傑作、いろいろな人にお薦めされたのだが、風間さんのコメントの「狂人の観点から語られる閉じた世界の恐怖。戦慄と優しさ、グロテスクと悲しみの入り混じった、静かな慄然の書」が決定打だった。

N/A

ブライアン・エヴンソンの手ほどきを受けたのも風間さん。なかでもパラノイア、統合失調症、解離性同一障害を下敷きにして、幻想と現実のあわい目に迷い込ませる短編集『遁走状態』は「読む悪夢」といっていい [レビュー]。不安定でグロテスクな状況を聞かされていくうちに、信頼できないのは話者でなく、物語そのものでもなく、実は私自身なのかもしれないと思わせる傑作なり。

N/A

恐ろしいやつ、おぞましいやつ、グロいやつ、様々な作品を教えてもらってきた。まさに、「わたしが知らないホラーは、風間賢二が読んでいる」である。お薦めを読んだらやっぱり怖かったという実績の積み重ねがあるため、『ホラー小説大全』は信頼できる。

ただし、本書はあくまで「欧米を中心とした」ホラー小説の啓蒙書であることに留意したい。

ラテンアメリカは触れる程度、日本のホラーは舐める程度しか無いのが残念なり。鈴木光司『リング』がアメリカでどのように受け止められたのかとか、キングの吸血譚を日本の田舎で再現した小野不由美『屍鬼』における日米のホラーの違いなど、「怖さ」の文化談義が聞きたかったなぁ……

『ホラー小説大全』から選んだホラーベスト10

とはいえ、本書のおかげで、キング、クーンツ、バーカーなど、モダンホラーの代表的な作品は読んできたことが分かった(それでも未読は大量にあるが)。

『ホラー小説大全』でベストとして挙げられた中から、さらに私が選んだベストを紹介する。キング偏重・有名どころばかりなのはご勘弁を。「なぜこれが入っていない!?」という抗議は当然なので、お薦めがあったらコメント欄にてご教示いただきたい。

ちなみに、並び順は物語の中で流れた血の量の順になっている。面白さ&恐ろしさはどれも甲乙つけがたいし、血の量と恐怖は比例しないことにご注意を。

『血の本』クライヴ・バーカー

N/A

血を抜かれ、毛をそられた全裸の死体が、地下鉄の吊革にぶら下がり、ずらりと並んで振動に揺れるシーンは、今でも夢に出てくる(2ちゃんねらは「猿夢」を想起するかもしれぬ)。ベジタリアン(女)を監禁して極上のステーキだけを与える実験は、悪意よりも稚気を感じさせる。強い握力で、喉の奥の胃の奥の腸を掴み出し、靴下をひっくり返すように内臓をひっくり返すと、どんな光景になるか、見たくも想像したくもない。「血も凍る」という形容詞はまさにこの本のためにある、極彩色のスプラッタを浴びる短編集。

『殺戮の〈野獣館〉』 リチャード・レイモン

N/A

読むスプラッタ。

強姦、獣姦、近親相姦。死姦、幼姦、阿鼻叫喚。嫐(女男女)も嬲(男女男)もある。まんぐり、八艘渡、緊縄、ロリペドなんでもござれ。こんなゴア+ポルノ(GORE + PORNOGRAPHY)を表すGORNOという造語がある。拷問ポルノ(TORTURE PORN)とも言うらしい。映画なら 『ムカデ人間』『ネクロマンティック』やね。怪物が棲むと噂される、凄惨な殺人があとを絶たない「野獣館」に逃げ込んだり乗り込んだりする人たちの話なのだが、ストーリーよりも登場人物を粉砕したり切断するのに忙しい。これに匹敵するのは友成純一『獣儀式』、ゴア好きには併せてお薦めしたい。

『IT』スティーヴン・キング

N/A

キングの最高傑作ともホラーの金字塔とも呼ばれるやつ。『ホラー小説大全』によると、キングが変容させたホラー小説のスタイルはこうなる。

  1. 大長編化
  2. 雰囲気より物語性・ヴィジュアル性
  3. フラッシュバックやカットイン、クローズアップといった映画的描写
  4. 複数キャラの視点切り替えやショートエピソードを組み合わせたマルチポイント・マルチビュー
  5. 頃合いを見計らって挿入されるクリフハンガー(絶体絶命)の状況
  6. SFやファンタジー、ミステリ、ポルノや歴史といったジャンルミックスの物語形式

これが全部入っているのが『IT』だ。怖いことがどういうことか、思い出させてくれる。

『ストレンジャーズ』 ディーン・R・クーンツ

N/A

昼食後に最初のページをめくり、読み終えて日が暮れていたことに気づいた。物語に完全に没入する稀有な経験をした。

キングが開発したモダンホラーの技法を実装したのがクーンツになる。様々な立場や職業の人たちの奇怪なエピソードが並べられ、一見、無関係に見えつつも、引き込まれるようにページを繰っていくと―――奇想天外な事実に行き当たる。ストーリーテリングの誉め言葉に、「ページ・ターナー」(頁を繰る手を止めさせないくらい抜群に面白い)があるが、まさにこれ。止められない止まらないイッキ読みを堪能してほしい。

『インスマスの影』H.P.ラヴクラフト

N/A

世の中には「知らなければよかった」ことがあるが、その最たるものがこれ。

存在の大きさというか、自分のちっぽけさを思い知らされる。宇宙というものは道徳も秩序もない混沌であり、そもそも人間に対しては無関心・無関係である。何かのはずみで、うっかりそれを覗いてしまった人は、究極的な恐怖を体験することになる。それこそ、死ぬよりも恐ろしい、死んだ方がまし、というやつ。「恐怖」というよりも畏怖のパラメーターMAXを振り切った状態になる。

ラヴクラフトは、「太古の地球から息づく巨大で禍々しい存在」「禁断の叡智が記された魔導書」「打ち捨てられた場所に彷徨いこんだ古代研究家」といったフォーマットを用意して、邪悪な神話を再構成させた。創元推理文庫の全集のボリュームに怯む前に、いいとこどりした新潮文庫のこれを推したい。

『シャイニング』スティーヴン・キング

N/A

キング最恐といえばこれ。

ホラーとは、読者を戦慄させることを目的とした「効果の小説」だという。いかに読み手の恐怖を刺激するか、その効果を最大限に発揮させる騙りのテクノロジーを開発したのが、スティーブン・キングになる。

いかに文章で怖がらせるかの工夫が凝らされており、その一端は読み手の既視感に現れる。読み進めていくうちに、「これは読んだ(見た)ことがある」と思い出せるように、イメージとメタファーを織り込んでいる。分かりやすいのは「レッドラム」だろう(映像化しやすいので映画にもなっている)。

冬には極寒の雪に閉ざされ、陸の孤島となるリゾートホテルを管理するために移り住んできた一家三人の運命を描いた悲劇は、映画を見た人にこそ読んで欲しい。

『ペット・セマタリー』スティーヴン・キング

N/A

あまりの恐ろしさに出版がためらわれた傑作。

さっきから「一番怖い」とか「最高傑作」という形容が飛び交い、誉め言葉がインフレしているが、ご勘弁を。これは、私の語彙力が足りないだけでなく、どれも最高に怖く、どれも一番面白く、どれもイチオシなのだ(読んだ方なら同意いただけるだろう)。

『ペット・セマタリー』は怖さよりも哀しみの方が優っている。人にとって最も怖いのは「自分の死」だろう。だが、それよりも恐ろしく悲しいのは、「愛する者の死」に違いない。取り返しのつかない運命を、それでも取り返そうとするとき、悲劇が訪れる。自分がその選択をするかどうかは、きっと考えるはずだ。だが、その選択は、読み終わった後も、傷痕のように生涯残る記憶となるだろう。

『隣の家の少女』ジャック・ケッチャム

N/A

読むレイプ。

読み進めることがこれほど辛いなんて、吐きながら思い知る。それでも読むのを止められない。読書が登場人物との体験を共有する行為なら、これは読む暴力といっていい。地下室のシーンでは読みながら嘔吐し、その一方で激しく勃起した。陰惨な光景を目の当たりにしながら、見ること以外何もできない"少年"と、まさにその描写を読みながらも、読むこと以外何もできない"私"がシンクロする。見る(読む)ことが暴力で、見る(読む)ことそのものがレイプだと実感できる。

あらすじは単純だ。主人公は思春期の少年。その隣に、美しい姉妹が引っ越してくる。少年は姉のほうに淡い恋心を抱きはじめるのだが、実は彼女、虐待を受けていた……という話。少年は目撃者となるのだが、「まだ」子どもが故に傍観者でいるしかない。一方で、「もう」大人として成熟したが故に彼女が受ける仕打ちに反応する。

読むことが心を蝕むことになる劇薬小説の傑作。イケるなら、[読んだことを後悔する劇薬小説まとめ]も推したい。

『クージョ』スティーヴン・キング

N/A

立ち読みで冒頭を開いたら、そのまま取り込まれて全読した。気づいたら3時間ぐらい経っており足がガクガクになっていた(その本は買って帰って、もう一度はじめから読んだ)。

狂犬病になったセントバーナード犬が母子を襲う話なのだが、ここまで物語に厚みがあり、ハラハラドキドキさせ、目の前で食われているかのような迫真感で夢中にさせるのは凄い。フィクションだと分かっているのに、触れるくらいの恐怖に身をすくませる。何をもって恐ろしいとするかは、『ペット・セマタリー』『シャイニング』にも通じる。強力にお薦め(ただし映画版、テメーはダメだ)。

『ウォッチャーズ』ディーン・R・クーンツ

N/A

孤独な男が森で出会ったラブラドール・レトリヴァーは、人懐っこい一方で「犬」らしくない知性を持っていた―――ここから始まるジェットコースターストーリー。

この犬を軸に、トラウマを持つ男女の快復と愛の物語と、生物兵器をめぐる陰謀と殺戮の報復譚と、邪悪で醜悪な知性との対決が絡み合う。謎が謎を呼ぶ伏線、逃亡と追跡のカットバック構成、得体の知れない「なにか」が迫ってくる恐怖と緊張あふれる描写、バラバラだったエピソードが一点に収束していく興奮と、たたみかけるように風呂敷が閉じられ絞られていく高揚感を、いっぺんに味わう。涙もろい犬好きのための傑作 [レビュー]

これから読む約束された傑作

『ホラー小説大全』のお薦めをまとめた自分用のメモ。

傑作が約束されているので安心してハマれる。二重かっこ『』は書名で、かっこ「」はアンソロジーに所収されている短編のタイトルになる。願わくばアンソロジーの全てを読みつくしたいが、人生は限られている。特にお薦めされた「」を読んでいくつもり。

  • 『紙葉の家』(マーク・Z・ダニエレブスキー、ソニーマガジンズ)
  • 『絢爛たる屍』(ポピー・Z・ブライト 、文春文庫)
  • 『サンドキングズ』(ジョージ・R・R・マーティン、ハヤカワ文庫)
  • 『フィーヴァードリーム』(ジョージ・R・R・マーティン、創元ノヴェルズ)
  • 『怪奇小説傑作集4(フランス編)』
  • 『幻想と怪奇2』(ロバート・ブロック、ハヤカワ文庫)「ルーシーがいるから」「十三階の女」
  • 『幻想と怪奇3』(フレドリック・ブラウン、ハヤカワ文庫)の「特殊才能」
  • 『ミステリーゾーン』(ロッド・サーリング、文春文庫)「だれもいなくなった町」「真夜中の太陽」
  • 『13のショック』(リチャード・マシスン、早川書房)「人生モンタージュ」
  • 『夜の旅その他の旅』(チャールズ・ボーモント、早川書房)「夢と偶然と」
  • 『10月はたそがれの国』(レイ・ブラッドベリ、東京創元)
  • 『一角獣・多角獣』(セオドア・スタージョン、早川書房)「ビアンカの手」
  • 『闇の世界』(フリッツ・ライバー、ソノラマ文庫)「鏡の世界午前0時」
  • 『嘲笑う男』(レイ・ラッセル、早川書房)「サルドニクス」
  • 『続・世界怪奇ミステリ傑作選』矢野浩三郎、早川書房)「目撃」
  • 『世界ショート・ショート傑作選』(各務三郎、講談社文庫)「深夜特急」
  • 『ポートベロー通り』(ミュリアル・スパーク、教養文庫)「ポートベロー通り」
  • 『扉のない家』(ピーター・ストラウブ、扶桑社)「ブルー・ローズ」
  • 『ストレンジ・ハイウェイズ」(ディーン・R・クーンツ、扶桑社)「黎明」
  • 『ブルー・ワールド』ロバート・マキャモン、文春文庫)「ミミズ小隊」
  • 『器官切除』(マイケル・ブラムライン、白水社)「器官切除と変異体再生─症例報告」
  • 『ナイト・ソウルズ』(N・ウィリアムスン、新潮文庫)「ソフト病」
  • 『レベッカ・ポールソンのお告げ―13の恐怖とエロスの物語』(ミシェル・スラング、文春文庫)「建築請負師」
  • 『ゴーサム・カフェで昼食を』(マーティン・H・グリーンバーグ、扶桑社ミステリー)「痛悔者」
  • 『罠』(エド・ゴーマン&マーティン・グリーストーカーンバーグ、扶桑社)「罠」「闘争」
  • 『クリスマス15の戦慄』(アイザック・アシモフ、新潮文庫)「終身刑」

あなたに取り憑き、あなたを夢中にさせ、恐怖と面白さで眠れなくさせるホラー小説は、この中にきっとある。

よいホラーで、よい人生を。

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コメント

『1月はたそがれの国』は『10月はたそがれの国』でしょうか

投稿: | 2023.10.01 07:27

>>名無しさん@2023.10.01 07:27

ありがとうございます!修正しました。

投稿: Dain | 2023.10.01 10:43

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