特集 2023年11月15日

日本最古級の地下街「有楽名店街」の最後を見届けた人・Towersさんに色々聞く

2023年9月末日、神戸・元町駅にある“日本最古級”と言われる地下街「有楽名店街」が76年の歴史に幕を下ろした。

その有楽名店街に魅入られ、最終営業日まで追いかけ続けていたのが地下街をテーマにした本を自費出版しているTowersさんという人である。

そのTowersさんに会って、有楽名店街がどんなところだったのか、その歴史やそこでの思い出について話を聞いてみたいと思った。

大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味。1,000円以内で楽しめることはだいたい大好きです。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーとしても活動しています。(動画インタビュー)

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『地下街への招待』という本がある

昨年、『地下街への招待』という自費出版本を買った。日本の各地にある(中には現存しないものもある)地下街が、たくさんの写真とともに紹介されている。

デザインも凝っていてかっこいい本

ビルの地下にあって、一つのフロアに飲食店が何軒か集まっていたりする“地下街”。ちょっとドキドキしながら階段やエスカレーターで地下へと降りていく感覚が私は大好きで、知らない町で出会ったりすると胸が高鳴る。

日本各地の地下街がこんな風に紹介されている

この本をパラパラめくっているとそういう気持ちが疑似体験できるし、東京・大岡山の「大岡山地下飲食街」など、現在も営業中だけど全然知らなかった地下街が紹介されていて、「今度行こう!」と参考にもなった。いい本だ。奥付部分の著者名を見たら“Towers”とある。

その本を手に入れてから1年ちょっとして、『地下街への招待 B2』という、続編のようなものが発売されていると知って、またすぐに買った。どうやら、当初からこの2冊で完結するシリーズという主旨で作られていたらしい。

いったん広告です
続編が出た!『地下街への招待 B2』だ

その続編をパラパラめくっていたら、本の後半に「元町有楽名店街」という特集があって、「あっ」と思った。

神戸の地下街「有楽名店街」が特集されていた
店舗の扉を撮った写真が並んでいて壮観だ

この有楽名店街、阪神電車・元町駅の改札を出てすぐの通路に広がっている地下街で、以前神戸に詳しい酒好きの友達に連れられて行ったことがあった。

古めかしい地下街で、「こんなところがまだ残っているんだな」と驚いたが、その時は通っただけで、それ以来、あまり意識せずにいた。それがある時、ネットニュースでその「有楽名店街」が2023年9月末で閉鎖されてしまうらしいということを知って、「あの場所、無くなってしまうのか」と再び思い出したのであった。

そんなところにこの『地下街への招待 B2』の特集を目にして、しかも特集内には営業を続けているいくつかの店舗の紹介もあって、「行ってみたいな」と遅すぎるタイミングで思ったのだ。

2023年7月、神戸・元町にある書店「1003」で「地下街への招待 パネル展」という企画展が開催され、週末は本の著者のTowersさんも在廊しているという。

こんな風に地下街の写真パネルがたくさん展示されていた

そのタイミングを逃すまいと私は書店「1003」に向かい、Towersさんに対面した。物腰の柔らかい方で、気さくに話しかけてくれたのに甘え、その場で「有楽名店街のことについて知りたくて、今度、よかったら案内してもらえないでしょうか」と図々しいお願いをした。「いいですよ!ぜひ!」とTowersさんは言ってくださり、改めて約束を交わしたのである。

有楽名店街へ行く前にまず行っておくべきお店がある

その後の2023年8月初旬。元町駅前でTowersさんと再会を果たした。

元町高架下に立つTowersさん

有楽名店街のことを教えていただくにあたり、Towersさんはまず「彩季」という店に行きましょうと提案してくれた。「彩季」は、日国ビルというビルの地下街にある寿司居酒屋である。「あれ、有楽名店街にあるお店じゃなく?」と思ったが、違う。この「彩季」は、長らく有楽名店街の中で営業をしていたお店で、2022年3月に現在の場所へと移転して来たのである。

「彩季」というお店にやってきた

店主の長野春男さんは有楽名店街の関係者で組織される「有楽名店会」の副会長を歴任して来た人で、有楽名店街の歴史に詳しいのだという。つまりこの店にくれば、Towersさんと有楽名店街の関わりについてもゆっくり聞けるし、歴史については長野さんに聞けるし、生ビールも飲めて美味しい刺身も食べられて、と、良いことづくめなのである。

生ビールで乾杯をし、まずはTowersさんのお話を聞いていくことに。

乾杯!

――よろしくお願いします!そもそもTowersさんはなんで地下街に興味を持ったんですか?

石川県の金沢にある大学に通っていまして、大学3年生の時だったんですけど、飲み会となるとだいたい片町というところに行っていたんですね。その帰りに、たまたま「ブラザービル地下街」の前を通りかかったんです。この看板と目が合って、気づいたら地下に入っていたみたいな感じで。

この看板をふと目にしたのが始まりだったという

――地下街ってなかなか気付きにくいですもんね。

そうなんです。奥にも看板があるんですけど、普通に歩いていると通り過ぎてしまうんですよ。それが2016年だから、7年前のことですね。

――実際に地下街に降りてみて、お店にも入ったんですか?

はい。「奈津子」さんという店が一軒だけあって、そこで“煮たくあん”という、石川県ではポピュラーな郷土料理を出してもらって、それをつまみながらお話を聞いて。でもそれ一回きりで、2019年頃にはその店も閉まって、地下街自体ももうシャッターが下りているんですけど。

――そうなんですね。2016年の出会いがその後の地下街めぐりのきっかけになったんですね。

看板がいいなと思ったので、他にもこういう看板がある地下街がないかなと思って、タウンページで地下街らしい場所を調べていったんです。古い看板が好きなんですけど、そういうものって早く行かないと消えてしまう運命にあるんで、なるべく早く行こうと思って。

それにしても、初めて来たはずなのにやけに落ち着く店「彩季」

――最初は学生時代だったわけですよね。日本中あちこち行けるという感じでもなかったんでしょうか?

あちこちは行けないので、旅行のついでとか、無理のない範囲ですね。それでも5年かけて130か所ぐらいは行けました。地下街ってほとんど駅前にあるんで、だいたいは電車で行けるんです。

――その頃にはもう徹底的に地下街をめぐろうと考えていたんですか?

今思えばその頃からすでに考えていたと思います。ゆくゆくは本を作ろうとも考えていました。もともとコミケとかは頻繁に行って、本を作っている知り合いもいたのもあって。

――そうだったんですね。そしてそれが現実になったという。

一冊目の『地下街への招待』ができたのは2年前で、その時から「B1」と「B2」の2冊で終わりにしようと思っていたんです。こういう看板が残っている地下街の8割ぐらいはたぶん行けたんじゃないかと。

こういった案内板など、地下街のディテールがTowersさんは好きなのだという

――そんなに巡られたと。味のある看板が多いですけど、こういう地下街が集中的に作られた時代があったんですか?

だいたい昭和30年から昭和55年ぐらいまでですね。そこからピタッと作られなくなるんです。それは、1980年に静岡の「ゴールデン地下街」の爆発事故が起きて、それを受けて政府が地下街の新設を原則として認めない方針を出したためなんです。その後に新しい消防法ができて、また地下街を作れるようにはなったんですけど、ガス安全対策の基準が強化されて、だいぶ作りにくくなったので、それ以降、基本的には年月が経ってなくなっていくものがほとんどなんです。

――なるほど、そういう経緯があるのですね。ちなみにTowersさんは、地下街へ行く時は写真を撮って、お店にも入るんですか?

営業しているところがあれば入ってみます。お店の方のお話を聞くと、そこがどういう経緯で作られたのかわかることが多いので。

――入って話を聞かないとわからないですもんね。北海道の地下街なんかも紹介されていますね。

知り合いから「室蘭にいい地下街があるよ」と教えてもらって、すぐ飛行機のチケットをとってレンタカーを借りて行ったんです。そこは一番印象的な地下街でしたね。行ったんですが開いてなくて、夕方からかなと思って18時半ぐらいに出直してもまだ開いてなくて、「今日は休みか……」と思って近くの喫茶店で晩御飯を食べてもう帰ろうかと、停めていた車に乗ろうとしてもう一度見たら地下街への入口付近だけあかりがついていて、階段を下りた先にあった「ハピネス」というスナックに入ってみたんです。それこそ「昔はこのビルの上にサウナとか映画館があったんだよ」っていう話を聞けたりとか「あと何年ここにおれるかわからんね」みたいな話もあって。

室蘭の地下街「中央ビル ランランタウン」と実際に入ったお店も紹介されている

――それは行けてよかったですね。行ってみたいけどまだ行けてない地下街はないですか?

こういう看板が現存するほとんどの地下街は行けたんじゃないかな、と思うんですけど、間に合わなかった地下街はありますね。それが一番悔しいですね。札幌の時計台の近くの「北海道経済センタービル」に地下街があったんですけど、そこを目指して行ったら、近くにいた警備員さんに「去年リニューアルされたよ」って言われて、人生で初めて膝から崩れおちて(笑)その後に札幌の別の地下街に行けたんで、なんとか立ち直りました。

有楽名店街とTowersさんが出会ったきっかけ

――間に合わないというのはやはり悔しいものですよね。「有楽名店街」のことを聞きたいのですが、ここは前からご存知でしたか?

いや、それが灯台下暗しで、僕は生まれが大阪で育ちは神戸なんですけど。そもそも地下街看板がある地下街を主にめぐってたんで、「有楽名店街」ってそういう看板があんまりないので興味を持っていなかったんですよ。

――そうか、Towersさん的にグッとくる要素が一見するとあまりなかったわけですね。れがなぜ行くことになったんですか?

『地下街への招待 B2』の特集で何をやろうかなと考えていて、たまたま2022年の11月に有楽名店街に行ってみたんです。そしたら行ったお店で「ここは2023年の9月でなくなるんですよ」って聞いて、それで驚いて、そこから通い始めたんです。

――なるほど。一年弱ぐらい前から通い出したと。

有楽名店街のことは全然知らなかったんです。ここって地元の人でも知らないことが多くて(笑)元町駅を普段から使っている人でもこの東西の通路ってあんまり利用しないんです。知っている人だけが知っている場所というか。

有楽名店街の東側の入口付近。この奥に地下街が広がっていることに気付かない人も多いかも

――たしかに、あそこを通過せずにも駅はいくらでも利用できますもんね。それに通ったとしても実際にお店には入って行きづらいですね。常連さんのくつろぐの場になっていそうで。

それもありますよね。スナックのドアには「会員制」のプレートが貼ってありますし、なかなか一見さんは入って行きづらい。でもあのプレートは建前で、お店側が困るようなお客さんを断りやすいようにっていうものらしくて、それを知っていたので思い切って入ってみて。

――では去年の11月以降は結構通っていたんですね。

今営業しているお店には全部行って、入り口にある「阪神理容」という理髪店にも髪を切りに行きましたし(笑)

西側の入り口に近くには「阪神理容」という理髪店があった

――ははは。それは素晴らしい。ここ最近の有楽名店街の様子はどうですか?

9月末で有楽名店街のお店が閉まってしまうという記事が神戸新聞で出てからは新しいお客さんも増えていますね。でも、今あるお店が9月末まで残ってる保証はなくて、別の場所に移転を考えているお店もあるので、物件さえ決まったら早めに出ていくかもしれないし、最後までやっているお店が何軒あるかはわからないですね。

――Towersさんがよく行くお店はあるんですか?

「よっちゃん」というお店ですね。いいお店ですよ。後で行ってみましょう。

――ぜひぜひ!

⏩ 有楽名店街の“立ち退き訴訟”の話

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