美術室のぞうきんでもきのこは育つ
そもそも紙や布できのこは育つのか。
これについては先例の情報がある。
高校生の頃、美術の先生がニカワを拭いた雑巾を掃除ロッカーに夏の間放置していたら、夏休み明けにきのこが生えていた、という話をしてくれたのだ。
この話が16歳の時に聞いて以来ずっと頭に残っていた。
ということは、布・紙のようなピュアな植物繊維でも、ちょっと栄養を与えてうまく培養すればきのこを育てることができるということだ。
今年こそ、これを試してみたい。
クワガタ育ててたらきのこが生えた人
まずはきのこの種類。
ちょっと聞く話なのだが、クワガタの幼虫を飼っていると,飼育用の「菌糸ビン」からきのこが生えてきてしまう、ということがある。(ライター・T斎藤さんより)
きのこの正体はスーパーでも売っている「ヒラタケ」だ。
菌糸の生育が旺盛なので幼虫の飼育に使いやすいし、わりと適当な環境でもきのこを作ってしまう。
栽培用のブロック菌糸もよく売っているので今回はこれを使うことにしようと思う。
きのこの栄養源は米ぬかで
続いてはトイレットペーパーに添加する栄養源だが、今回は米ぬかでいこうと思う。どこのスーパーでも売ってるし、ビタミンとかめっちゃ豊富そうだ。
トイレットペーパー1ロール分に米ぬかを撒いて巻きの作業を50メートル×2本分=100メートル分進めた。
楽そうに思えるがかなり大変だ。
「そこのお前、米ぬかを100メートル撒いて歩け」
と言われたら誰しも自らの不運を嘆くだろう。
そしてやっと100メートルが終わる2本目の終わり頃、これ、1本ずつやらないで2本並べて一緒に撒いた方が圧倒的に効率がよかったことに気付いた。
気付かなければよかった。
神が遣わした「圧力調理バッグ」
さて、理科ライターを始めて10年、この実験に手を出さなかったのは理由がある。
きのこ栽培専用のビニール袋を手に入れるのにハードルを感じていたのだ。
密封できつつも呼吸用のフィルター穴が開いているという専用品なのだが、実験記事は読者が自宅でもできるものを目指しているので、読んで「それ買うのめんどくさいわ……」というものを使うのは気が引ける。
しかし、それを解決するスペシャルアイテムに気づいたのだ。
電子レンジ内で煮物とか作れるという触れ込みのジップバッグだが、耐熱なので高温滅菌にも耐えることができ,蒸気を抜くための小さな穴も空いているので,ここに綿を詰めると呼吸用のフィルターになる。
全てがこの実験のために設計されているとしか思えない商品だ。
というわけで米ぬかを巻きこんだトレパを適度に水で濡らしてバッグに詰め込み、圧力鍋で30分の高温滅菌をかける。
さいごに菌を植えよう
これで培地は完成。
最後にホームセンターで売っているきのこ栽培セットの「ヒラタケ」菌床ブロックを崩して、ちょうど穴が開いていた部分に植え込む。
まあ別にどこに植え込んでもいいような気もするが、芯に植えた方がトレパらしい気がしたからだ。
植えたら、上のジップを閉め、暖かすぎない場所に置いて菌糸が育つのを待つ。
果たしてきのこは育ったのか?
僕は生物学専攻だが,実を言うと菌床作りからきのこの栽培をしたのは初めてである。
ここまでの方法、きのこ栽培ガチ勢の人から見たらかなりゆるーい手順なので成功する自信が全くなく、成長を待つ間に
「普通に考えてトイレットペーパーできのこ育つわけないだろう、おれはバカか?」
と幾度も幾度も自問した。
しかし僕が自責に苛まれているあいだにも菌糸はゆっくりと、しかし確実にトイレットペーパーをおおっていき、いつしか菌床は真っ白な菌糸に覆われた。
そして植え付けから37日後、きのこは意外なところから突然生えてきた。
生えてきた! きのこ生えてきた!
やっぱり無理かとあきらめきっていたトイレットペーパー培地からヒラタケの芽が出現したのである。
(ちょっと想定外の場所だが)
僕はあわてて上部のチャックを解放し、きのこに本来の場所での成長をうながした。すると翌日にはそっちにもヒラタケの芽が出現した。
一度芽が出るときのこの成長は早い。
この3日後にはふたまたに分かれつつも最大の大きさまで成長し、りっぱなトイレットペーパーきのこが完成した。
できるのか!
生えるんだな!
トイレットペーパーにきのこ育つんだな!
生物のたくましさには幾度も感動させられてきたが、今回もまたひとしおである。トイレットペーパーで成功するなんてまさかも思ってもいなかった。
「いや、それ米ぬかに育ったきのこでは?」という疑問もぬぐえなくなないが、ここまでの40日間の僕ときのこの心の駆け引きを知る人ならそんな野暮は言わないだろう。
成果に興奮した僕は、もう少し詳しい条件を調べるため、加える水の量を変えてふたたび実験に挑戦してみた。
そのエッセンスを以下に記したい。
1.水は300mL以上入れよう
トイレットペーパーがずぶずぶに濡れている部分には菌糸の回りが遅いように思えた。
なので最初に含ませる水を減らしたところ、菌糸の回りは少し早くなったが、出来上がるきのこは小さくなった。
総合的に水の量と発生時期にはそれほど明確な関係は見られず,発生の早い遅いは菌床の植え方や巻きの固さで決まるような気がした。
2.きのこの本体は菌床
僕は生物の先生なので、「みんなが見ているきのこは,きのこ的には生殖器。本体は木や土の中」と繰り返し授業で教えてきたが、やはり菌床作成から自分でやると身に染みて分かるものがある。
いくらあせっても、菌糸が培地全体に回り込み、しっかりした菌床が出来上がるまでは何をしてもきのこは生えてこない。やはり基礎があってこその、きのこ発生なのだ。
と、なんかリアルに先生っぽいことを書いてしまったが、これは本当に実感できるので、小学生の自由研究なんかにやらせてほしい。
3.胞子の放出がきれいすぎる。
当然のことだが、条件がうまく整うときのこは胞子を放出する。
僕はちょうど休日のとき、ランチから帰ってきたら昼下がりの日光を浴びながらきのこが胞子をさんさんと放出しているのに出くわした。
陽の光をあびながらキラキラと、ゆらゆらと空中に舞い散っていく胞子は本当にたとえようもなく美しかった。
ただもちろんこのあと,部屋の床や家具には一面真っ白な胞子が散らばり、めちゃくちゃ大変な雑巾がけをする羽目になった。
理科は,世界は,まだまだ楽しめる!
以上,3カ月ほどかけて去年の冬から春にかけて実験した報告である。
そろそろ寒くなり,きのこ栽培には最適の季節だ。ホームセンターや東急ハンズに菌床ブロックが出回り始めるので,どんどん挑戦してほしい。
なお,実験の終わった菌床だが、捨てるのも惜しかったので庭へ肥料がわりに埋めたところ、新しいきのこがもりもりと土から生えてきた。
最盛期の写真は紛失してしまったが、これまで頑張った滅菌操作は何だったのかと思うほどの太ましいヒラタケだった。
逆に考えれば、じつはそれほどシビアに考えなくても成功する実験だということである。
一人暮らしでもお子さんのいる家庭でもどんどん気楽に作業して,きのことの生活を楽しんでほしい。