この夏もまた佐渡に行きたいなと思いつつ、今はまだ行けないかなと諦めながら、この記事を長々と書かせてもらった。
いつまで我慢すればいいのか先は見えないけれど、我慢した先の近い未来で、最後の夜に食べたトビウオ出汁と中華麺みたいに、佐渡の人と違和感なく交われることを願っている。
ちょっと遠くまで行ってキッチン付きの宿に泊まり、そこで仕入れた地元の食材を自分で調理する旅行がしたい。できれば三泊くらいでじっくりと。
そんなことを漠然と願っていたのだが、ちょっと前にその夢が叶ったので記録しておきたい。なぜなら楽しかったから。
新型コロナの非常事態宣言が出る前の三月中旬、当サイトで書かせていただいた『佐渡島に伝わる金太郎飴型の団子、「やせうま」の作り方と文化を習う』の取材で、フェリーに乗って佐渡島へと渡った。
たまたま別件の撮影なども入ったので、旅先での自炊生活という長年の夢を叶えるべく、キッチンのある安い貸別荘をカメラマンと二名で四泊予約した。四泊といえばちょっとした移住である。
佐渡島へはかれこれ20回以上渡っているのだが、じっくりと料理をする機会はあまりなかったので、ようやく佐渡の食材を料理したいという欲望が解消できそうだと心から浮かれている。
新潟港からカーフェリーに乗り込み、佐渡島の両津港に到着。まずは港近くにあるスーパーを攻めてみようと、佐渡島内にしかない「ショッピングセンター キング」というローカルチェーンの両津店へ。
この建物がどうみても古い旅館なのだが、中に入ると間違いなくスーパー。お店の方の話によると、旅館だった建物を40年くらい前にスーパーへと改装したそうだ。
数年前、この店の外観を知らずに初訪問したとき、カーナビが示す場所にこの建物が現れて混乱したことを思い出した。
とりあえずキングで飲み物や調味料を仕入れ、せっかく海が目の前なのだからと防波堤で釣り竿を出してみた。なので魚は買わなかったのだ。
離島に来れば大きな獲物がバンバン入れ食い!っていうことはなく、ようやく魚の顔が見られたくらいの苦戦となった。寒い3月の釣りだし、こんなもんか。
さっきスーパーで売っていた立派な魚がエサ代よりも安かったなと思いつつも、どうにか自分の力で食材を手に入れたという達成感を大事にしていこうじゃないか。
宿のチェックインを済ませて、さっきのキングとはちょうど島の反対側にあるフレッシュ・マツヤ真野店へ。このマツヤも佐渡島内にしかないローカルスーパーだ。
私の知っている限り、佐渡のスーパーはネイティブのキングとマツヤ、新潟県の本土側からやってきたマルイ、そしてJA佐渡のエーコープがある。これらを巡って商品棚を眺めるだけでも楽しいのだが、今回の旅では買ったものを好きに調理できるのだから何倍も楽しい。
魚は釣ったものを尊重するとして、カキやエビ、それに野菜などの地元食材をたっぷりと買い込んだ。
これが一泊や二泊の旅だったら、せっかくだからと外で寿司でも食べて終わるので自炊の出番はないけれど、今回はなんといっても四泊だ。
こうしてキングとマツヤで購入した食材を、宿の冷蔵庫にドサドサと詰めていく作業すらも至福である。
買い物をしている段階で、何を作るかというのをあまり考えていない。冷蔵庫を開けて買い集めた食材をぼんやりと眺めて、その組み合わせや調理法を相談しながら決めていく。これがまた楽しいのである。
そんなこんなで出来上がった、佐渡一泊目の夕飯がこちらだ。
このメニュー、初日から完璧すぎやしないだろうか。
凝った料理は一つもないけれど、佐渡の食材をこの手で調理したいという積年の想いが詰まった渾身の日替わり定食である。
俺たちの佐渡アソート、どれもこれも間違いのない味だった。
お腹いっぱい食べて、お酒もそこそこ飲んで、もう動きたくないというタイミングで、徒歩10歩のベッドへと倒れ込む。バタン。
この食欲から睡眠欲へのシームレスな流れこそが、自炊飲み最大のメリットかもしれない。
佐渡二日目、朝食は昨日の残りでサッとすませる。
ちょっと野菜が少ないかなと思いつつも、「これこれ、こういうのでいいんだよ」系の最高峰モーニングではなかろうか。
昼の撮影をどうにか終えて、本日の特選素材を求めて佐渡セントラルタウンというショッピングセンター的なところへやってきた。
ここは新潟からやってきたスーパーのマルイ、そして地元食材が豊富に並ぶ喜右エ門という、タイプが異なる二店がしのぎを削る熱いスポットだ。
佐渡島をなにもない小さな島だと思っている人が多いけど(私も来る前は自転車で回れるくらいの大きさだと勘違いしていた)、その面積は東京23区の約1.4倍もあり、佐渡セントラルタウン周辺の大通り沿いは全国の地方都市とほぼ同じ景色だったりする。しかし島民は六万人弱(東京23区は一千万人弱)。
自然環境に恵まれているからこその贅沢すぎる品揃え。私が佐渡でこういう自炊生活をやりたがっていた理由がわかってもらえただろうか。
買い集めた佐渡の食材を、今日もシンプルに調理していただいた。
新鮮なボタンエビは、頭がもったいないので一部を味噌汁の出汁として、残りは焼いてつまみにした。
二日目の日替わり定食も完璧である。深夜ドラマの「孤独のグルメ」で、好き放題に頼んで「ちょっと多かったなー」って井之頭五郎が困ってる時みたいな品数だ。
ドラマといえば、この男二人が向かい合って手料理を食べた日々のことを、この旅の後に放送していたドラマ「きのう何食べた?」を観ていて思い出した。
ここまででかなり佐渡の食を満喫させていただいたのだが、あと二晩も残っているのか。四泊同じ場所ってすごい贅沢だな。
三日目の朝食は残り物ですませて、昼間は取材をなんやかんややって、夜は佐渡在住の友人を一人誘って、長三郎鮨という寿司屋へ向かった。
自炊旅と言いつつも、たまにはちょっと豪華な外食もしたいじゃないですか。二人きりで連日夕飯を食べるというのに飽きるのももったいないし。
同行いただいた友人はこの店の常連なのだが、ここでおいしいものを食べるコツは、お任せで予約をしておくことだそうだ。予約が入っているからこそ、お店の方は攻めの仕入れができるのである。
メニューにはラーメンやとんかつ定食が並ぶ、友人曰く佐渡のファミレス的な寿司屋なのだが、ここは来るたびに佐渡の豊かさを教えてくれる。
スーパーで売られているお買い得な魚介類でも、私のような埼玉県民には十分うまいのだが、その最上位クラスが次々に出てくるので、やっぱり外食もいいなと唸らされる
草野球を夢中でやったあとにプロ野球を観戦して、やっぱ本職は違うわと納得するのにも似た感じ。。これはこれ、それはそれ。外食と自炊、どっちも楽しめる舌を持っていたい。
佐渡四日目の朝食は、昨日外食したため残り物が無いので、パンと牛乳である。
パンは「T&M Bread Delivery Sado Island」という店で、ニューヨーク出身のマーカスさんが焼いたもの。干しブドウとクルミがたっぷりと入ったハードでヘビーなやつと、甘さを抑えて炊いた荒潰しのあんパン。どちらもものすごいインパクトである。
そして殺菌方法が変わった佐渡牛乳は、前よりも脂肪分の甘さがまろやかになっている気がした。ちなみに1リットルパックの2本目である。
早いもので明日はもう帰宅の日。佐渡で夕飯を作る機会も本日で最後となる。長いと思っていた四泊も、過ぎてしまえばあっという間だ。
最後の晩餐に使う食材を求めて、ショッピングセンターキング東大通り店と道路を挟んだところにあるフレッシュ・マツヤ佐和田店をハシゴすることにした。ここは佐渡にしかないローカルスーパー同士が隣接する驚異のパワースポットなのだ。
佐渡旅行最後の夜、ドーナツ屋をやっている友人が遊びに来てくれたので、一緒にラーメンを作った。私の趣味がラーメン作りだからだ。
どうせなら佐渡らしいラーメンに挑戦ということで、スープにトビウオの焼き干しを加え、さらに焼き干しを煮込んだ香味油で仕上げるスタイルにしてみよう。
佐渡の羽茂大崎にある「ちょぼくり」という店で食べた、トビウオ出汁のつゆを掛けて食べる手打ち蕎麦のオマージュだ。
具はスープと煮込んだ豚バラ肉、岩ノリ、ネギ、白菜の花と思われる菜花。
味付けはシンプルを極めるために醤油だけ。胡椒よりも七味が合いそうだ。
トビウオで香味油を作って正解だった。全粒粉入りっぽい香ばしさのある自家製麺の持ち味が生きた、海との近さを感じさせる佐渡らしいラーメンになったと思う。
こういうお店では食べられない味を勝手に作れるのが自炊宿の醍醐味だ。やっぱり旅先の製麺は楽しいな。
これにて自炊は無事終了。スーパーなどで気になる食材をバンバン買って、適当に調理して食べる日々は想像以上に楽しかった。お土産として日持ちするものを選んで購入するのではなく、今日食べなければいけない鮮度の落ちやすい食材を買えるという多幸感。
今回は何度も来ている佐渡だったので買い物がスムーズ過ぎたところがあるので、次は土地勘がまったくないような街に行き、店を探すところから未知の食材にアタックしてみたいかな。あるいは米と調味料だけ用意して、自然の中から採取した食材だけをオカズにする自給自足の自炊旅なんてのも魅力的だ。
とにかく新型コロナが早く収まって、誰もが気持ちよく旅行に行ける日が来てほしいのである。
この夏もまた佐渡に行きたいなと思いつつ、今はまだ行けないかなと諦めながら、この記事を長々と書かせてもらった。
いつまで我慢すればいいのか先は見えないけれど、我慢した先の近い未来で、最後の夜に食べたトビウオ出汁と中華麺みたいに、佐渡の人と違和感なく交われることを願っている。
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