ピースが米粒より小さい長崎市ジグソーパズル
一般的な「地図パズル」といえばこういったものを思い浮かべるひとが多いだろう。
これはこれでいいものだけれど、最近SNSで見かけた地図パズルは違う。もっと詳細なレベルの地図を使っている。例えば、長崎県長崎市。
地図の解像度がガラケーの写メールとiPhoneのカメラぐらい違う。
地図が詳細なだけでなく、ちゃんと町丁目ごとに細かいピースに分かれている。
ひとさし指の大きさと比べてみて欲しい。その細かさだけでなく、印刷してある文字の細かさもすごい。なんだこれ。
軍艦島に至っては、すこし欠けたかたちがまさに米粒のようにもみえてしまう。
一部だけだが、バラバラになってしまったものを元に戻すため組み合わせたが、それでも1時間半ほどかかってしまった。ピンセットは必須だ。
もちろん、47都道府県のパズルも存在する。
日本の都道府県の中で、いちばん複雑(個人的見解です)な形の長崎県も、かなり正確な形で再現されている。
ちなみに、一般的な子供向け地図パズルの長崎県はこちらだ。
大村湾が消滅し、平戸島が九州本島と一体化しているこの形は、長崎県民にとっては承服し難い形かもしれないが、厚紙の強度を考えると仕方のないことかもしれない。
さて、件の詳細な地図パズル。現代日本の47都道府県だけでなく、廃藩置県(第一次府県統合)の時の地図パズルなんてのもある。
ぼく以外にいるかどうかわからないけれど、廃藩置県マニア垂涎のパズルである。北海道に青森県が食い込んでいるところや、鶴の形をしていない群馬県など、かなり見どころが多い。
これらの地図パズルはすべて、小栗信太郎さん(古社工芸)の手によるものだ。
いったい、どんなものが何種類ぐらいあるのか。現在、ネットで販売しているものに関していえば360種類ほどのパズルがあるが、小栗さんによると、400種類前後は作ったという。とくに、47都道府県のパズルは、平成の大合併後と前の二種類がそろっている。
冒頭でも述べたが、いままで地図パズルといえば、学習目的の子供向け都道府県パズルぐらいしかなかった。
そんななか、小栗さんの地図パズルは、都道府県内の市町村や、さらに市町村内の町丁目の境界や海岸線をかなり正確に表現しており、こういった商品はいままでありそうでない商品だった。
しかも、過去の令制国(武蔵国とか薩摩国といった昔の地方区分)の地図や、韓国、台湾、ヨーロッパやアメリカといった海外のパズルまでもある。このラインナップは、地図パズル界では、おそらく日本唯一だろう。
現在、地図パズルは、そのほとんどが注文生産となっているそうで、今まで作成したことがない市町村などのリクエストがあれば、そのデータを作り、レーザーカッターなどで制作して売る。というサイクルになっている。
ただし、現在は大量のリクエストが来ているため、一時的にリクエストの募集は停止しているとのこと。
神社を見るために神社をやめた
――小栗さんの地図パズルは、ぼく(筆者西村)のような地図好きにグッと来るラインナップを、くやしいほどとりそろえてて、できれば可能な限り全部欲しくなるんですが……それはさておき、こういった地図パズルを作り始めたのはいつごろからなんですか?
小栗さん「そんなにたってないんですよ、まだ2年半しかやってないですね」
――え! 2年半しかやってないんですか。
小栗さん「はい、当初レーザーカッターのみで作っていたのが、半年間、作り方をレーザーカッター以外の道具も使ってつくりはじめて2年ほどですね」
――そもそも、地図パズルを作ろうとなったきっかけというか、始めはなんだったんですか?
小栗さん「私、もともと神社にいたんですよ」
――え! 神職だったんですか?
小栗さん「はい、で、私自身が日本全国の神社をめぐるのが好きだったんです。でも、神社はなかなか休みが取りづらくて、日本全国の神社を巡るために神社の仕事を辞めたんです」
小栗さんは、神職を辞したあと、スーパーカブに乗って日本全国の神社を巡る。神社は日本全国どこの市町村にも存在しているため、こまわりの効くスーパーカブで巡るのがピッタリだという。
なお、神社にはまだ籍があるらしく、神社が忙しいときには今でも手伝いに行ったりすることがあるらしい。
ヒマを持て余して作った地図パズル
小栗さんは、スーパーカブで日本全国の神社を回ったあと、神社やお寺で使える自販機を作るための仕事をはじめるのだが、製作に必要な部品を注文したりするあいだに、ヒマな時間が発生した。
小栗さん「そのときに、そういえば、都道府県内の市町村のパズルってないなーと思ったんです。埼玉県は、63市町村あって、日本で3番目に(基礎自治体が)多いんですが、覚えてるひとも皆無だから、作ったらおもしろいかなーとおもって、作ったんです」
――それがきっかけ?
小栗さん「そうですね。父の工場があったので、その一角を“不法占拠”して、試作品をいくつか作りました。それが2018(平成30)年の7月ごろから12月ごろまでですね」
このころの試作品がこちら。
上の試作品は10個作り、越谷市のフリーマーケットに持っていったところ、完売した。色塗りが手間だったため、のちに素材を木からアクリルに変更したものも試作した。
小栗さん「最初、埼玉県のパズルを作ったんですけど、それをみた工場に来る父の知り合いに “孫にあげたいから愛知県を作ってくれ”っていわれて、何個か作ったところ従姉妹からハンドメイドの商品を売るイベントがあることを教えてもらったんです」
従姉妹に教えてもらった代々木八幡のイベントで上の試作版を販売。このときは天気が悪かったが、6枚売れた。
現在の製品版に近い製品版1号は、そのころ柏市で行われたイベントで、約100枚近く、15万円分を売り上げた。本格的に参加した初めてのイベントだったが、小栗さんは、この成功を元に地図パズルの製作を本業にすることにしたという。
製品版2号は作り方を変更し、最初から設計をし直した。それまで、文字サイズが3ミリ以下にできなかったのが、1.3ミリまで小さくできるようになり、表現の幅が広がったという。現在の米粒のようなピースに刻印されているめちゃくちゃ小さい文字は、研究の成果である。
境界線へのこだわりがすごい
――地図パズル、境界線データを作って、レーザーカッターの機械で切る。という形で作るんですよね。境界線のデータは小栗さんが調べて作っているんですか?
小栗さん「ものにもよりますが、基本的にはゼンリンのデータを貰っているので、それを使ってます。でも人の住んでない無住地や、河川上の境界線は、自分で色々と調整しながら作っていますね……ゼンリン、国土地理院、Yahoo地図とか見比べると、全部描き方が違ってて、境界線も違いますからね」
――そうですよね。全然違いますよね……地図マニアの人の話によると、境界線に関してはゼンリンの境界線がけっこう正確だというのは聞いたことがあります。
小栗さん「ゼンリンは住宅地図がありますからね」
――練馬区のパズルは西大泉町も入ってるんですよね。
小栗さん「もちろんです(下駄を逆さまにしたような)あの独特の形をちゃんと再現してますよ」
この境界線に対するこだわりが垣間見えるのが草加市のパズルだ。草加市の右上にある柿木町。の、そのまた上。越川市との市境にめちゃくちゃちいさい町がふたつあるのがわかるだろうか。
左が麦塚(むぎづか)で、右が千疋(せんびき)という町名だが、現在どちらの町も人は住んでいない。
郵便番号が設定されているのかどうかわからないが、ネットの郵便番号検索では草加市の町名一覧には出てこないほど小さい町名である。
千疋に関しては、本来は越谷市側に大部分があった旧千疋村の一部であったが、千疋村はさまざまに名前を変え、今はレイクタウンという町名に変わってしまった。
市境を超えた草加市側にすこしだけあった千疋がかろうじて残ったというわけだが、江戸時代の末期に、この千疋村で槍術の道場を開いていた大島弁蔵が、江戸に果物や野菜を運んで商売を始めたのが、千疋屋総本店の創業である。
小栗さん「こういう町名も、漏らさないようにすれば、草加のひとが話のネタにもできるし、いいですよね」
一番売れた地図パズルは?
――これ、データを作るのはどれぐらい時間がかかるんですか?
小栗さん「A3サイズとA4サイズで分かれるんですけど、A4サイズだと一晩ですね。10時間弱、で、A3サイズの大きさになると、一気に時間が跳ね上がって、30〜40時間はかかりますね」
――1週間以上はかかりますね……。よく売れるパズルはどれですか?
小栗さん「やはり一番多いのは東京都です。でも、東京を除くと、北海道と沖縄が多いですね」
――人気のある観光地ですね。
小栗さん「北海道は、水曜どうでしょうファンがよく買うんですよ。で、沖縄は沖縄県というよりも、お気に入りの島のパズルを買う人が多いイメージですね」
――売れ方に微妙な違いがあるんですね。
小栗さん「でもやっぱり、自分の住んでいる県や市を買う人が多いですね」
――思った以上に売れなかった……という地図パズルはありますか?
小栗さん「基本的に注文があって作るので、ひとつも売れなかったものはなかなか無いんですが……このまえネットで話題になっていた立科町は私が勝手に作ったので売れてないですね(笑)」
すこし前に、領土の一部が細すぎる町としてSNSで話題になっていた長野県立科町。地図パズルで見て頂く前に、GoogleMapでその細さを確かめておいて欲しい。
そして、途中のくびれが細すぎる立科町の地図パズルはこちら。
これ、ピースが折れちゃうんじゃないかと、勝手に心配していたけれど、いちばんくびれているところに、芦田と芦田八ケ野の境界線があるらしく、奇しくも最初から分離しているので、ポキっといっちゃう心配はない(と思う)。
ちなみに先日、当サイトのツイッターでバズっていた、福島県喜多方市の盲腸県境。
実はこの部分、小栗さんは喜多方市のパズルとして製作を検討しており、試作品をいくつか作っていた。
これに関しては、縮尺の加減がめちゃくちゃ難しく、小さいと、消し炭となって消えてしまうが、小さめのうちわぐらいの大きさだとかろうじて再現できるらしい。ただし、再現できたとしても、そのあと雑に扱うとポッキリいってしまうのは否めない。
いわれてみればなかった、というジャンル
子供向けではない、詳細な地図パズル。ありそうなんだけど、じつはそんなパズルだれも作ってなかった。
製品として売り物になるようなものを少量だけ作っても、そんなにコストをかけずに生産できるのは、レーザーカッターなどの機械が進化したからというのもあるけれど、そこに「ありそうだけど、じつはない」という商品がうまくはまったのは本当にすごいことだとおもう。
小栗さんは、現在も新技術の開発は続けている。レーザーカッターでできることは、意外と多いらしく、そういった機能を使った新製品も構想しているという。
楽しみに待ちたい。