特集 2021年3月24日

国語の読解問題、作者自身が解いたら満点取れるのか!?

気合いを入れすぎて学生服で挑戦しました

国語のテストあるあるに「作者じゃないのに意図がわかるわけないだろ」というのがあります。じゃあ逆に、作者だったら国語の読解問題をスラスラ解けるのでは?

ということで、入試や模試の問題に多数の作品が採用されている作家・長嶋有さんと一緒に国語の読解問題を解いてみました。

当然、満点取れるはずですが……!?

1975年群馬生まれ。ライター&イラストレーター。
犯罪者からアイドルちゃんまで興味の幅は広範囲。仕事のジャンルも幅が広過ぎて、他人に何の仕事をしている人なのか説明するのが非常に苦痛です。変なスポット、変なおっちゃんなど、どーしてこんなことに……というようなものに関する記事をよく書きます。(動画インタビュー)

前の記事:ボクはただ、たぬきケーキを食べたかっただけなのに

> 個人サイト Web人生

■作者の言うことが正解だとは思うけど…… 

入試問題に自分の作品が出題される場合って、事前に連絡が来たりするもんなんですか?

いや、来ないですよ。事後連絡です。試験問題としての使用は、そもそも無許可でしていいという慣習があるらしいんですよ。問題が事前に流出したらマズイですしね。

SNSに書いたら大問題になりますよ。

「オレの小説が入試に出るんだよ!」なんてね。

お金も発生しないんですか?

文芸の管理団体に委託してるんですが、多少は使用料がもらえますね。まあ、数百円~数千円くらいの世界ですけど。
それじゃ早速、長嶋さんの作品が出題されたテストを解いていきましょう

 最初は、平成23年 早稲田中学校の入学試験(2回目)。
芥川賞受賞作『猛スピードで母は』からの出題。

物語の中盤。主人公の小学生・慎の母親が、恋人・慎一とジープに乗って出かけたまま、夜遅くなっても帰ってこないというエピソードの抜粋。

慎は「自分は置き去りにされたのだ」と考え妙に安心な気持ちになったり、恐ろしく悲しいことに感じたり、感情を揺さぶられるが、結局ふたりは交通事故に遭って帰りが遅くなっていただけだった。

いきなり問題に間違えがありますよ。主人公の名前は慎(しん)じゃなくて慎(まこと)です。

ええーっ、そこ間違えちゃうの!? 名前の読み方は、問題の答えには影響しないとはいえ……。

母親と恋人の駆け落ちなんて、小学生がやる問題にしては男女の話過ぎませんか?

ここだけ読んでも人間関係がよく分からないですしね。抜粋するなら補足が欲しいなぁ。
消しゴムを落として、必死に足で拾おうとしているヤツ、いましたよね

長嶋さんはもちろん、ボクも林さんも『猛スピードで母は』を全文読んでいますが、それでも有利になることはなく頭を抱える難しさ。

やっぱり、楽しみで小説を読むのと試験問題として読むのとではまったく違いますね。文章が全然頭に入ってこない……。

特に難しかったのが、この「問5」。

 

25字以上、30字以内って書いてますけど、枠がすごく少なくないですか?

枠?
林さんの答案

あ、違う問題の枠に書いてた。そういう子、いたわー。当時もやった!

先生の説明をちゃんと聞かなきゃダメでしょ!

「裏にも問題あったのかー!」みたいな。
「昔から問題文をちゃんと読まない子だったな……」

 

……それにしても「問5」は難しいな。

「食事中にウンコの話をしたからである」とかじゃないですよね?

ウンコ説は「そのせいではなかった」って真っ直ぐに否定しているから。

さてこの問題、作者・長嶋さんの解答は。

「慎の心配と裏腹に、陽気で、事故に対しても平然としているから」

 しかし模範解答は……。

「二人だけの話題を楽しそうに話すので、置き去りにされた気がした」

ええーっ、そういう嫉妬心じゃないんだけどなぁ。そんなジェラシーを抱くほど成熟していないんですよ、慎は。
子どもの存在を何とも思わずに出奔してしまうような母親。ひどい話だけど、それこそが自分の母親らしいとむしろ安心もした。それなのに事故に遭ったという普通の理由だったから興ざめだったんです。

作者の長嶋さんが言うんだからそれが正解だと思いますけどね……。一応、解説によると、

「そのせい」とは、食事中に母親がトイレの話題を持ち出したことを指すが、これは慎が気分を害した本当の理由ではない。ほかに考えられるのは、帰ってきた慎一と母親が、遅くまで心配していた慎のことを無視するかのように、二人だけにわかる話題で盛り上がっていたことである。そのようすに、前日と同じように「置き去りにされた」ような感じをもったから、気分を害したのだと想像できる。

ということらしいです。出題者は「置き去りにされた」にポイントを置いてるんでしょうね。

うーん、そうなのかぁ……。
長嶋さんの答案用紙。さすがに選択問題はキッチリと正解して30点満点で20点
ただ、漢字問題が……

ワープロ世代なんで漢字がダメなんですよ……。
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■オレの夕子ちゃんを呼び捨てにするな! 

 「進路マップ」2011年度 実力診断テスト。
大江健三郎賞の受賞作『夕子ちゃんの近道』からの出題。

表題作「夕子ちゃんの近道」より抜粋。

西洋アンティーク店に住み込みで働いている主人公「僕」は、ある満月の夜、隣家に住む高校生の夕子ちゃんと偶然電車で乗り合わせ、駅から一緒に近道をして帰ることに。

その道すがら、夕子ちゃんがコミケでやろうとしているコスプレや、美術大学に通う夕子ちゃんの姉が卒業制作として作っている「箱」の話題が持ち上がる。

面白い小説ですねぇ〜!

久しぶりに呼んだら面白かった。ただ、書いたのが2004~5年なんで、夕子ちゃんがコスプレやコミケに対して抱いているような自意識は、2021年だとそこまで感じないだろうな。

つらいテストの中に「コミケ」とか「コスプレ」っていう単語が出てきて、そういうのが好きな子はテンション上がったと思いますよ。

でも、長嶋さんらしい面白い言い回しなんかには全然線が引かれてないですね。

自分が気に入って書いているところは、全然問題にならないんだな……。

今回のテストでも、ボクらを苦しめたのは「問五」の書き問題。 

「様子」!? 普通は「心情」を答えるんでしょうけど、「様子」ってことは動作も含めてってことだもんねぇ。
「様子……?」

 

そう、「心情」ならともかく「様子」って言われちゃうと悩みますね。……順番に答えを言っていきましょうか。

「感心されたいが、言葉も出ないしボタンもとれててお手上げ状態」

「お手上げ状態」という様子(笑)

「感心されたい」とか、そんな不純な気持ちじゃないと思いますよ。

主人公が夕子ちゃんの気を惹きたいわけではないんですか?

抜粋すると分からないよね。1話から読んでいるとそういうラブな感じはないんですよ。
僕の答えは「コートのボタンを気にかけつつ、夕子ちゃんへの返答に迷っている」です。

ボクは「自分なりの答えを言ったのに納得してもらえず困惑している」です。

あっ、正解っぽい!

 では模範解答は……。

「夕子が納得してくれそうな返事を思いつかず、困惑している」

これ、ボクは○でいいですよね!?

「様子」に惑わされたな。「困惑している様子」ってことか。
この前に、「そんなことしてどうするのって問いかけてくる世界から、はみ出したいんだよ」なんて、いいことを言ったはずなのに、もっといいことを言わなきゃいけないのか? と困惑しているんですよ。「いいこと言うのは一日一回で十分でしょ!?」って(笑)。

作者本人に小説の解説してもらうって豪華ですね。落合に野球の解説してもらうみたいなもんですよ。

あとさ、模範解答が「夕子」って呼び捨てにしているのが納得いかないなぁ。ずっと「夕子ちゃん」って書いてあるのに突然呼び捨てって! こっちは30字の制限の中に苦労して「ちゃん」まで入れてるのにずるい!

(笑)作者が「ちゃん」付けで呼んでるのに、他人が呼び捨てにするなと。
結局、長嶋さんはこの書き問題が△で、25点満点の23点という結果に
ちなみにボクはこのテスト満点! ……ボクが満点取ってどうする

昔から、テクニカルに読解問題を解くのは得意だったな……。 

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■入試で使われても本は売れない!?

最後は、令和元年 中央大学附属中学の入学試験(第2回)
アンソロジー集『掌篇歳時記 春夏』収録の短編「蛙始鳴」からの出題。

主人公・渓太は、母親が突然買った車に乗せられ青森のおばあちゃんの家へ向かう。

その途中、ボンネットから煙を吹いた車を修理するために立ち寄ったガソリンスタンドでの、ゲームボーイを通じた店員との交流や、突然現れた蛙……。ガソリンスタンドから立ち去るまでの出来事を描いた短編。

これ、短編だから抜粋なしで全文載せてるんだ。このテストを受ければ、長嶋作品を丸ごと味わえたということですよ。

短編とはいえ、テストの文章としてはかなり長いですよ。ほとんど問題と関係ない部分もあるんじゃ……。
約6ページにわたる本文を読まなくてはならない、なかなかハードな問題でした

 

やっぱり、長嶋さんの文章の面白い部分はまったく問題に絡んでないですね。ゲームボーイのくだりとか、「団子は最後の一個を食べるとき刺ささりそうで怖い」とかメチャクチャ面白いのに。

ちなみに、作品が入試で使われて本が売れたなんてこともあるんですか?

実感としてはないですね。センター試験くらいに使われたらまた違うのかもしれないけど。

テストを受けて「夕子ちゃんがこの後どうなったか気になるから本を買おう」とはならないんですかね。

問題を解くのに必死で、文章を楽しむ余裕なんてないですよ……。
このテストでも微妙に不正解があり、長嶋さんは50点満点中43点

どうでしたか、自分の作品を題材にしたテストを受けてみて。

同じ作者の問題ばっかり続けてやるのも変な感じですよね、文体が同じだから。

問題は全体的に難しかったですよ。中学入試ってことは、これを小学6年生が解いているってことでしょ。大変だ!

作者でも解けない問題を小学生が……。

『猛スピードで母は』で芥川賞を取った頃から入試や模試によく採用されるようになって、最初の頃は送られてきた問題を解いてみたりもしてたんだけど、全体的に僕が想定しているよりもエモく受け取っているなって感じましたね。そこまで激しい話じゃないんだけどな……って。

国語の問題って、すべての文章に意味やテーマがあるという前提で作られているような気がしますけど、小説を書く側は、そこまで考えているもんなんですか?

考えてない。テーマっていっても後付けのもので、書いている最中は静物画を描いているような感覚なんですよ。場面場面をテーブルクロスのシワを正確に描くようにちゃんと書こうと、そういうことしか考えてないですね。

ただ、文章がはじまって終わるまでに、たとえば少年が成長したように見えてきた場合、照れて「そういうんじゃないんだよ」とはしない。「成長しているように見えるならそれでよし」みたいな。

それを過剰にテーマっぽく受け取られて問題として出てくると気になるけど、まあテストなんで仕方ないですよね。

逆に、問題を作る方も大変そうですよね。他人が書いた文章を解釈を「これが正解だ!」って言い切らなきゃならないんだから。

うん、大変そう。


受験生も大変だけど、出題者も大変だ

作者の本来の意図と、テスト出題者の解釈は必ずしも一致しないという結果が出た今回の試み。

とはいえ「フラットに読んだらそう読み取れるよね〜」くらいのレベルには落ち着いていました。作者の本当の意図を導き出せるような問題を作るのも、それに答えるのもハードルが高すぎるので、テスト問題としてはこのくらいの作り方が正しいのでしょう。

その文章の作者に相談することなく、みんながそれなりに納得するような問題&解答を作るのはホントーに大変な作業ですよ。

受験生のみなさんも大変だと思いますが、出題者はさらにぶっ倒れるくらい大変だと思えば、キツイ受験生活も少しは気がラクになるかも!?

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