特集 2023年5月29日

道路が開通した日のこと

あそこの道路、とうとう来月開通するらしいですよ。職場のひとが話していた。

道路が開通するその瞬間、そこでは何が起こるのか。一部始終を見届けてきました。

まちを歩くのと建物が好きで不動産会社に入りました。
休日は山を登り川を渡り海で石を拾います。

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今、この瞬間に道路が道路になる

今回開通するのはつくば市内の道路。長さ約600m、西谷田川を越えて目と鼻の先を繋ぐような道だ。

国土地理院地図タイルより作成

2012年の時点ではまだ広い耕作地だったのが

2018年に一歩延伸、

2020年に入って今回の道路の整備が始まって

2023年にようやく開通というわけだ。道の向こうにどんどん住宅が増えていくのもおもしろいし、手前の白い平屋の建物がずっと変わらず残っているのもすごい。

惜しむらくは、しょっちゅう工事現場の前を通っていたはずなのに、その経緯をほとんど写真に残さなかったことである。

道路を ある/ない の2元的に捉えていたのだと思う。今回はちょうど、「ない」から「ある」へ移り変わる瞬間、道路が道路として使われる瞬間を見届けることができるのだ。

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10:30 交通安全祈願式

開通当日の今日は、朝から交通安全祈願式があるらしい。

目を凝らすと道のちょうど真ん中、橋の上に人が集まっているのが見えた。祈願式の参加者だ。

近くに住んでいるらしきひとが2,3人、祈願式の集まりを眺めている。道の入口は封鎖され、どうやら式典には限られた人しか参加できないようだ。聞き耳立てながらあぜ道を歩いた。

土地を提供した人、警察、議員さんが参加しているそうですよ。

晴れた空の向こうから、うっすらと声が聞こえてくるが、何を話しているか判別はつかず、新しい道路の足元を観察する。

ピカピカの橋、橋を通すために一部だけブロックで固められた川
こういう、誰かがたしかにここで作業をしていたという気配にグッと来るんだよな
こんな大きなものを作ってくれてありがとう

14:00 出来立ての道路を味わう

1時間ほどで記念式典の列席者の姿も消えて、15時の開通までにはまだまだ時間はたっぷりある。

車で昼食をとり、一眠りしてから開通前の道路をじっくり味わった。

見物人はおろか工事の人たちもおらず、ほんとうにこの道が通れるようになるときが来るのか不安になる。
こうやって見てみると、アスファルトの色も様々だ。経年変化だけでなく、その年の流行色があるのかなと妄想が膨らむ。「今年はネイビーグレーがトレンド!」みたいな
路面標示の下書きの痕跡も新しい。矢印のバランスってこうやって決めてたんだ
スタートするらしい
数えたらきっちり20本あった ここは新しい道路へ侵入するために改めて整備された老舗の細道
たくさん線が引いてあると格好いい

あたりをうろうろしていると、自転車に乗ったおじいちゃんが、いつから通れるようになるんですかねえ、と声をかけてきた。

「今日の3時からだそうですよ。」「今日なの!」「ね、もうすぐなんですって。」「そうですかあ。」

いくらか言葉を交わして別れたあと、また別のおじいちゃんが現れて、さっきの自転車に乗ったおじいちゃんに大声で話しかけているのが聞こえた。

「ここ、そろそろ通れるようになるんかねえ!」「今日の3時かららしいよ!」「今日?今日なんだ!」伝言リレーが行われて、こうして噂が広まっていくんだなあという謎の感慨がある。

下校中の小学生が坂道から下りてきた。

おじいちゃんたちがおかえりと声をかける。ここの道路、今日通れるようになるんだってよ。フーンと女の子は道を見やって、なんでもなさそうに帰っていく。

14:50 それぞれのカウントダウン

14時50分。談笑していたおじいちゃん2人の姿は消えて、道の入口に作業服姿のおじちゃんが3人。パイロンのてっぺんに手をかけて、じっと対岸を睨んでいる。

県の職員さんらしきジャンパーを羽織ったお兄さんが声をかけた。

15時になったら一斉に、バッとどかしましょう。今の時刻は14時56分。

15時になったらバッとね!作業服のおじちゃんと、ジャンパーのお兄さんがチラチラと時間を確認しながら声を掛け合う。

立ち姿から気合がにじみ出ている。見ている私までソワソワしてきた。気合が入った大人の、なんといいものか。

そんな作業員さんたちを遠巻きに見守るように、じっと腕を組んで佇むおじいちゃんがいる。

いよいよですね。思わず声をかけた。わたし、道路が開通するのに立ち会うの、初めてなんです。

「わたしは20年間この近くを散歩してきましたからね。」微笑んだままおじいちゃんが応えた。20年!それはもう大先輩だ。

 

この20年間でここら一帯はずいぶん様子が変わったが、中でもこの600mの区間は相当苦労があって時間がかかったらしい。話をしながら、おじいちゃんがしきりに携帯電話の液晶を気にしはじめた。あと1分。いよいよだ!

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15:00 道路開通

サッと風が吹いた。

と、思ったらパイロンが撤収されたのだった。道路は開かれた。

パイロンが担がれていった

実際には無風なのだ。風がないどころか、空はどんよりと雨の気配を蓄えていて、高揚した気持ちが肌から冷やされていく。

作業服のおじちゃんも、ジャンパーを着たお兄さんも、散歩歴20年のおじいちゃんも、いつの間にかもうひとり増えていたおじいちゃんも、そしてわたしも、誰も道を行こうとしない。「一番乗り」が現れるのを静かに待っている。

息継ぎがしたくなって口を開こうかというとき、1台の白い乗用車が滑り込んできて、まっさらな道路をゆっくり踏みしめていった。

「きたきた」おじいちゃんが笑う。あのひと、坂の上でずっとスタンバイしていたんだよ。

一台、また一台と車が通って、ああこれは血液と同じだ。手の先に血が通ってじんわりとあたたかい。もう大丈夫。
それじゃ、わたしたちもそろそろ渡らせてもらいましょうか と去っていったおじいちゃんたち

ジャンパーのお兄さんたちも「いやうれしいね」「ね、俺たちのときにね」と目を細めて行き交う車を眺めている。

自転車乗りの父子ふたりが向こう岸から現れて、こちら側でゆっくり大きくUターンして、また向こう岸に帰っていく。新しい道路を存分に味わっているようだ。

 

まだ人が少ない道をビュンと飛ばしていく車、犬を連れて散歩する人々、だんだんと通行人と車が増えて、道は道になった。


みんなめちゃめちゃ主人公だ

道路開通の場に現れる人々を眺めながら、なぜか小説の短編集を読んでいるような気分になった。

ひとりひとりのストーリーがあり、道路開通の午後3時に全員がこの場所で交わって、またばらばらの方向に散っていくタイプの短編集。いい本を読めた。

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