いつかは「小屋」をつくりたい
僕の燃え盛るDIY熱は一向に冷めることなく、次のターゲットを探し続けている。
そのために今欲しいのは「土地」である。
いくら作っても家族の冷たい視線を浴びない、材料もいくらでも置いておける土地が欲しい。そしてそこに小屋を建てたい。
発電はソーラーかな、そして井戸水を掘って……と途切れることなく連鎖は続く。
そしてインフラが整ったら、次は家具を作りたくなるのだろう。
恐ろしい業界に手を染めてしまったなと……、笑顔で思いながら全く後悔はしていない。
三月から3ヶ月続いた自粛体制。
この期間中、ぼくはどこに遊びに行くこともなかったが、まったく飽きることはなかった。
自宅で木工DIY制作にひたすら情熱を注いでいたのである。
これがうかつに足を踏み入れたが最後のとんでもない世界だったのだ。
すべての始まりはサボテン棚である。
昨年、育てはじめたサボテンを室外機の上へ適当に置いておいたら、環境が悪かったようで残暑の時期に結構な数が枯れてしまったのだ。
夏までに改善策を考えなければならない。
そんな折、愛読の月刊誌『NHK趣味の園芸』に、サボテン棚を自作する特集があったのだ。
「ツーバイ材」という木材で誰でも簡単にサイズに素敵な棚が作れてしまうのだという。
なるほど。
木工なんかしたこともないが、中学生のころ技術家庭で「5」を取ったこともあるし大丈夫だろう。
ここはひとつ頑張ってみるかと自宅の室外機にぴったりはまるサイズの棚の製作を始めてみた。
こうして僕は「ツーバイ材木工」の世界と出会ってしまったのである。
ツーバイ材とは、一定の規格で切り出されたサイズの木材である。
どこのホームセンターでも売っていて、一番有名な「2×4(ツーバイフォー)」をはじめとし、薄くて便利な「1×8」や、太くて頼もしい「2×6」などラインアップが幅広く、これをレゴブロックのように組み合わせて気軽DIYを行うことができるようなのだ。
これを留めるための金具「シンプソン金具」も、あらゆる留め方について豊富に展開されていて、その組み合わせはまさに無限。
気がつけば、制作→設計見直し→制作→設計見直し……を繰り返す日々に没入していた。
その日々の成果物がこれである
アジアンテイストに塗装した見た目も気に入っているが、さらにこだわったのが「ミゾ付き角材」と「バーベキュー用金あみ」を組み合わせて作ったあみ棚部分である。
棚の導入により手入れもはかどり、光量調節も容易になって、サボテンたちは青々と旺盛に育っている。
完成してから三日間ほどは、あまりの愛おしさに毎晩サボテン棚を眺めながら酒を飲んでいた。
こうしてうっかり木工DIYに手を染め魅力のとりこなった僕は、次に「自転車置き場」の制作へとその指先をむけた。
玄関の脇で雨ざらしになっていた自転車をどうにかすることは、引っ越し以来僕を悩ませる最大の課題の一つであった。
サボテン棚でツーバイ工作の基礎を覚え、必要なサイズに自作することへの手応えを感じた僕は、すぐさま愛用の設計ソフト「Word」で設計図を書き起こす作業に取り掛かった。
ここで僕ははじめて一つの単語を覚えた。
「コーススレッド」という存在である。
コーススレッドとはDIY界でも建築の現場でも、最も頻繁に使用されている木ネジのことで、さまざまな規格と種類ある。
僕がニトリのカラーボックスを作る際にじゃんじゃか打ち込んでいたアレも、本当はそういう呼び名らしい。
こういう、自分が知らなかった一大世界の扉をくぐり、ことばの一つ一つを知っていく過程というのは最高に楽しい。
こうしてさらに「束石」「波板」「傘つきビス」などの新出単語も、ひとつひとつ、手先でその実感を確かめながら自分のものにしていき、最終的に作り上げたのがこれである。
台風で吹き飛ばないよう、167cmの僕が入れるぎりぎりの低重心に設計した。
低重心を目指すあまり、途中、柱の長さを10センチ短く切り間違えるという絶望的なアクシデントに見舞われたときは一瞬、目の前が真っ暗になった。
だが、それでもすこし分解して作り直し、何とかリカバリーすることができた。
失敗してもある程度何とかなるのが木工のよいところだ。
また、さらに言えばそれはいつでも自分で修理できるということでもある。
この「修理工程まで含めて自分の管理下に置けている感じ」が普通の所有より1ランク高い所有を達成しているような感じがして、気持ちがたかぶる。
そして思うがままにアレンジできるのも楽しい。
今回は最後の仕上げに小さな雨どいをつけた。
この位置に取り付くちょうどいいサイズの部材を探すのは苦労した。屋根用のは大げさすぎて、釣り合いが悪いのだ。
ベストサイズの部材を探すためにホームセンターを5周ぐらいし、なんとか発見した部材で無事に雨水がうまく流れたときの喜びといったらもう、脳内にちょっと危険な物質が分泌されているのではないかと思うレベルであった。
そして僕はもう、DIY以外のことは何も考えられなくなってしまった。
2年前、自宅に藤棚を作ってもらった。
納品時の最終確認のとき、とつぜん寡黙だった工務店のおじさんが藤棚へテナガザルのようにひゅんっとぶら下がり、「ほら、ブランコを作っても大丈夫だぞ!」とあどけない笑顔で僕に向かって言い放った。
僕は何と答えていいのか分からなかった。
そしておじさんの笑顔と「ブランコ」という単語だけが僕の頭に残り続けた。
さて今回の自粛期間、公園の遊具が上記のように閉鎖となり、いよいよその時が来たなと思った。
ブランコを自作するときである。
僕はgoogleで画像を検索しつつ、設計用紙(らくがき帳)へと構想をスケッチし始めたのだが、細かい構造を詰め始めると、そこにはとんでもなく奥深い一つの宇宙があることが分かった。
ゴールは「約60㎏の物体が運動するのに耐える装置」である。
だがそこへ「長さ調節可能」と「耐久性・安全性」も同時に成立させようとすると,ロープ・ワイヤーの一大世界へも足を踏み入れることになり,追っても追っても到達しない、さらなる果てしない地平があったのだ。
何なんだ、この状況。楽しすぎる。
「シャックル金具」「金剛打ちロープ」「ロープキャッチ」、初めて出会う材料やパーツの面白さにまたも心を躍らせながら、何時間でも理想の設計を考え続けられる。
そして通勤中も食事中も、寝ても覚めてもブランコの構造のことばかりが頭をめぐる日々の末、完成させたのがこれである。
シンプルな構造に見えるが、僕の1週間ぐらいに及ぶ練りに練りに練りまくった理想追求の具現物である。
こだわりポイントは、取り外し可能、かつ高さも調節できる金具部分を、藤棚へ穴をいっさい開けずに取り付けた点だ。
ステンレスのつややかな輝きが僕の思いを映し出すようである。
ブランコの存在感は圧倒的で、自宅の4歳児はもちろんのこと、近所の子供もキャッキャと遊びに来ては公園のように遊んでいく。僕は麦茶を飲みながらそれを見守る。
1週間の苦労と執念の全てが報われる。
もはやDIYへの傾倒をゆるめる理由がひとつも見当たらない。この勢いのまま、今季最後となる4作目の工作物に僕は手をかけた。
都会育ちの僕にとって、カブトムシの繁殖は子供の頃に為しえなかった一つの夢だった。
いやカブトムシだけじゃない、クワガタも飼いたかったし、スズムシも飼いたかった。ハムスターもイモリ・ヤモリも、なんならMAXでニワトリぐらいまでは飼ってみたかった。
そんな飼育環境を自宅に備えることが僕の夢だったのだ。
骨組み部分はここまで自転車小屋まで作った僕にはもう余裕である。
これまでの余った部材をしゃしゃっと組み合わせてあっという間に完成させた。
大変だったのは今回初登場の部材「亀甲あみ」の張り付けである。
あみがぼよぼよしてるとカッコ悪いので、指でぎっちり引き張りながら固定したのだが、これが想定外に辛く、20分ほどで指先の感覚が麻痺し、続けると組織が壊死しそうだったのでやめた。
3日かけ、最終的にギタリストの左手のように指先がカチカチになったが、店で売ってもいいレベルの小屋が完成した。
子供だったら難なく普通に入れる広さだ。
公園に設置したらケイドロのリアル刑務所として活用されてしまうんじゃないか。
そして僕はもうこれで、いくらでもカブトムシ飼い放題なのである。
現在、初夏のさなかに庭で育ったアゲハのサナギを入れて試験運用をしている。この記事が公開される頃には小屋の中を悠然と舞っているだろう。
早く夏が来て欲しい、セミの羽化などもながめたい、いまは毎日そればかりが楽しみである。
僕の燃え盛るDIY熱は一向に冷めることなく、次のターゲットを探し続けている。
そのために今欲しいのは「土地」である。
いくら作っても家族の冷たい視線を浴びない、材料もいくらでも置いておける土地が欲しい。そしてそこに小屋を建てたい。
発電はソーラーかな、そして井戸水を掘って……と途切れることなく連鎖は続く。
そしてインフラが整ったら、次は家具を作りたくなるのだろう。
恐ろしい業界に手を染めてしまったなと……、笑顔で思いながら全く後悔はしていない。
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