特集 2021年10月5日

どんな風景も絶景に変わる?「下灘駅メソッド」

海が見える駅のホームって素敵だ

絶景で有名な「下灘」という駅がある。「日本で一番海に近い駅」という通称からも分かるように、その駅の魅力は「ホームのすぐ目の前が海」という点だ。でも、それだけだろうか?

個人的には、ホーム全体がまとっている朴訥な雰囲気、これが抜群にいいと思うのだ。

そこで思い付いた。この素敵なホーム越しに景色を見れば、どんな風景でも絶景に見えるのではないだろうか? 試してみよう。

1983年徳島県生まれ。大阪在住。散歩が趣味の組込エンジニア。エアコンの配管や室外機のある風景など、普段着の街を見るのが好き。日常的すぎて誰も気にしないようなモノに気付いていきたい。(動画インタビュー)

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そもそも下灘駅とは

下灘駅は、愛媛県の西の方、瀬戸内海に面した海沿いの駅である。

有名な構図がこれ。ホームから見えるのは青い海! そして青い空!(写真ACより)

私が訪れたのは2004年。JR全線乗りつぶしを目指して日本中を旅していたので、その途中でフラッと立ち寄った。当時は特に「青春18きっぷ」ユーザーや、鉄道ファンの間で人気のスポットだったのだ。 

2004年頃のデジカメ(300万画素)はまだ広角が弱く、自分の撮った写真の中にはあまり見栄えのするものがなかった
なのでフリー写真の力を借りる。これが下灘駅のホームから見える風景だ!

そのときは他に誰もおらず、見渡せば敷地内のフェンスに洗濯物が干してあったりして、アットホームな雰囲気をまとっていた。そんな空間でひとりベンチに座って海を眺めるのは、なんとも贅沢な時間であった。

もともと人気のあった下灘駅だが、最近ではSNSやテレビなどで頻繁に紹介され、インスタ映えスポットとしてさらに脚光を浴びているらしい。「映え」っていう一言では収まりきらない空気感があるので、行ったことのない方はぜひ現地に行って堪能してもらいたいものです。

抜群に気持ちがいいロケーションなんですよ
夕焼けの景色が最高なことでも知られている
ちゃんとした駅舎もある。駅の外はこんな長閑な風景

「そんな下灘駅の魅力は?」と聞かれれば、多くの人は「海が近いこと」と答えるだろう。でも個人的には、飾り気ないホームの佇まいが何とも言えず好きなのだ。そこを強く推していきたい。

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ホームの佇まい

そっけないプラットホーム、とりあえず雨の直撃だけは防げそうな最低限の屋根、ポツンと置かれたベンチ、一本の電柱――

小駅の施設としては普通だけど、何だかとっても絵になっている。真意は不明だが、この屋根は海がよく見えるように抜けが良い構造になっているのかもしれないし、ベンチが青いのも海に合わせているのかも知れない。

なんにせよ、遠くまではるばるやって来たな〜という感情が想起される、素晴らしいホームだと思う。 

ベンチに座っただけで絵になるのも、このホームのおかげである

「海が見えるロケーション」という分かりやすいポイントに意識が集中しがちだが、この絶景を生み出している重要な要素は、間違いなく「ホームの佇まい」である。海がステーキだとしたら、このホームは横に添えられたブロッコリーのようなものだ。私はブロッコリーが好きなのだ。

で、話はようやく本題である。ホームがブロッコリーだとすると、ハンバーグにも合うだろうし、もちろんサラダにだって合うだろう。ようするに、背景が海じゃなくても、どんな景色であっても、このホームは馴染んでしまうんじゃないだろうか。そして絶景を生み出してしまうんじゃなかろうか。 

つまり、手前にこのホームを配置して、ホーム越しにいろんな景色を見る。そしたら下灘駅みたいな絶景が生まれてしまうのではないか? という考えだ

そんなに上手くいくだろうか。でも物は試し、やってみよう。となると、まずは下灘駅のホームを用意しなければならない。作ろう。合成写真なんかじゃあ満足できるわけがない。実体を作るんですよ!! 

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下灘駅のホームをつくる

つまりは、下灘駅のジオラマを作るってことだ。正直なところジオラマ(しかも既製品はまったく使わないフルスクラッチ)なんて作ったことがなかったので、上手くいくかは分からない。でもやるしかないのだ。

ここからは目的と手段が入れ替わって、ひたすらジオラマ作りに没頭する様子をお届けします。

まずは3D CADで下灘駅の各パーツを設計する。解体現場みたいになっているが、頭のなかではちゃんと組み上がっているので心配ない

これができたら、あとは3Dプリンタで印刷するだけ。と、さらっと書いたが、なんだかんだこの工程で一ヶ月以上かかってしまった……。そもそも下灘駅の寸法が不明なので写真から推測するしかなく、バランスを取りながらすべて目分量で設計した。なのでスケールは適当で、「なんかいい感じのサイズ」となっております。 

3Dプリントしたパーツたち(一部)
それをペタペタと筆で塗装していく
やっているうちに、かつて戦車のプラモを作っていたときの記憶がよみがえってきた。久しぶりの感覚にテンションが上がってくる
そして出ました、タミヤのウェザリングマスター。これを使えば、簡単にそれらしいウェザリング(汚し)ができるのだ。そのうえ楽しい

 粉末塗料をスポンジでポンポンと叩いて色を乗せていく。ほとんど化粧である。精神集中とリラックスの効果がある気がするので積極的にやっていきたいが、もちろんやればやるほど汚れていく。やめどきが難しい。

無心でモリモリと汚していく。屋根のトタンが風情を帯びてきた。ここら辺でやめておこう
塗装が終わるとパーツを組み立てていき、
最後に屋根を乗せれば完成だ
屋根を上から。どことなく甲殻類っぽいが、想像していたよりもそれっぽくなった。ウェザリングの効果は絶大である
屋根の内側の構造もできる限り再現してみた
雨樋もあるよ

最初はもっとデフォルメした屋根になる予定だった。でもやっているうちにどんどんパーツを追加したくなり、気が付いたらやたらと凝ったものになっていた。ひとつ分かったのは、ジオラマ作りは楽しい(しかもかなり)ってことだ。新たな趣味が開眼してしまったかもしれない。

あと副作用として、下灘駅のホーム屋根の構造にかなり詳しくなった。改めて実物を見に行きたくてたまらない。おそらく近いうちに愛媛まで行くことになるだろう。

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電柱も作る

屋根の横にポツンと立っている一本の電柱。せっかくなのであれも再現しよう。 

屋根に比べれば簡単だろうと、最初は思っていたのだが……
これも凝ってしまった結果、こうなった
グルッと一周どうぞ

うーん楽しい。イラストも似たところがあると思うけど、最初は頭の中にだけあったものが徐々に形になっていくワクワク感。細部に手を加えるたび、階段を上るように理想形へと近づいていく快感。その過程で満足感がどんどん積み上がっていき、さらに完成したときには晴れ晴れとした気分にもなれる。最高じゃないか。

最初にモデリングする手間はかかるが、パーツが3Dプリンタで作れるところもいい。失敗したらまた印刷すればいいだけなので、完全に一から作るよりもお気楽である。 

残るベンチも同様に作成し、
最後はプラットホームの地面。これはMDFという木材を切って塗装した

そんなわけでパーツは揃った。あとはこれらを組み合わせれば、下灘駅のホームの完成である。 

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下灘駅のホームのジオラマ全景 

はい、こちらが
下灘駅です(背景は海を印刷した紙)

自分でもビックリしたことに、ちゃんとしたジオラマになった。多少デフォルメされた見た目だけど、これは誰がどう見ても下灘駅だろう。未経験でも意外となんとかなるものだ。

ジオラマなので、ドローン撮影風のアングルも簡単に再現可能
切り取り方を変えると、妙にドラマチックな雰囲気にもなる
夕暮れの駅も再現してみた
このベンチに座って、沈む夕日を眺めていたい

いかがだったでしょうか、「下灘駅のジオラマをつくってみた」。

……正直ここで終わってもいい気はするのだが、本来の目的を果たそうではないか。手前に下灘駅のホームがあれば、どんな風景でも絶景に見えるのではないか? そう、それが本当にやりたいことなのであった。

ジオラマは壊れやすいので、段ボールを切って持ち運び専用の箱を作成
こんな感じで携帯できるようになった。さあ、外に出てみよう
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下灘駅メソッドで、どこでも絶景?

まずは定番ということで、海に来てみた。 

海と言っても大阪湾なので、対岸にはキリン(ガントリークレーン)が並んでいる

これに下灘駅を被せてみる。下灘駅メソッド、発動! 

海、そしてキリンが見える駅、下灘駅

うーん、これはこれでアリだが、絶景とはまた違うな。横浜にある「海芝浦駅」に近づいた印象がある。アングルの問題かもしれないので、少しあおってみる。 

あ、それっぽくなってきた。薄目で見ると、完全に「こういう駅」である
ためしにタワマンを入れてみた。都会に残るレトロ駅のホームに見える? 見えて欲しい
公園が背景だと、駅というより東屋の風情である

ウロウロしながら数十ショット撮影してみたところ、なんとなく分かってきたことがある。

下灘駅メソッドを使うことで、背景が絶景になるわけではない。存在しない架空の駅がそこに誕生するだけだ。

自分のなかのよく分からない人格が出てきて、格言のように語り出した。一言でいうと「どんな風景でも駅っぽく見えるようになる」というのが真の効果なのだと気付いてしまった。結論が出るのが早い。作るのは一ヶ月だが、検証は30分である。 

ガックリしていると、電柱がもげた

弱り目に祟り目。でもこんなところで挫けるわけにはいかない。コンビニで瞬間接着剤を買って応急処置をし、もう少しバリエーションを撮影してみる。なんか新しい発見があるかもしれないのだ。

誕生、いろんな駅

緑が深い場所で試してみよう。

こういう手前側に何かある場所で撮影すると、背景のスケールが合わなくなる。屋久杉並の巨木である
ずいぶんと秘境の駅に降り立った感じが出てきた。どことなく「坪尻駅」を彷彿とさせる
木々が生い茂る駅。大阪の京阪「萱島駅」(ホームに巨木がある)の雰囲気が近いかも
歩道橋から撮影すると、「道の上の駅」に変身した

やはりというか、新しい駅が次々に誕生している。漂流教室の原理で、下灘駅だけが別の時空へとワープしているようにも思えてきた。駅クリエイターとしては優秀である。なんだ駅クリエイターって。

元の駅とは対照的に、都会的な場所で撮影してみる。 

喧噪のなかにある駅。こういうロケーションの駅はあるけれど、ちんまりとしたホームがあんまり似合っていない
ビル群を望む都会の駅。梅田の高架上に新しい駅ができたんだよ、って言ったら少し信じてしまいそうではある

ホームの雰囲気がまったく都会的ではないので、こういう風景にはあんまり馴染まないという結果になった。下灘駅も、どことなく戸惑っているように見える。「え、俺こんな街知らないよ。どこよここ?」って声が聞こえたような気がした。無理させてすまん、下灘駅よ。 

最後は王道っぽく空を背景にしてみる。元の下灘駅をローアングルで撮影したら、たぶんこうなる

もはや「どこにいても、そこが下灘駅」である。当初の目的とはだいぶ遠いところに来てしまったが、これもひとつの結論だ。

まとめよう。

下灘駅メソッドを使えば、どこにでも架空の駅を作ることができる。もしくは、どこにいてもそこを下灘駅にすることもたやすい。

そういうことです。

 

ジオラマにハマりそう

記事を書いていると、いろんな新しいことに挑戦できる。それが積み重なっていくことで、できなかったことが、いろいろとできるようになってくる。ジオラマも今後につながるような気がするので、もう少し精進していきたい所存です。

草むらに置いたら、「こびとの住む街にある駅」みたいになった

 

 

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