特集 2018年10月1日

寿司屋に「回転寿司の変な寿司ってどう思いますか?」と聞きに行ってみた

回転寿司に行くと焼き肉やコーンがのった寿司が当たり前のように回っている。回転寿司は自由だ、寿司の無法地帯なのである。僕はその中でもエビアボカドマヨネーズが好きだ。ネットで調べるとこういう寿司は「邪道寿司」と呼ばれているらしい。

邪道と呼ばれているくらいなのだから、本業のお寿司屋さんはもしかしたら回転寿司のことを「てやんでい!あんなの寿司じゃねぇよ、バカ野郎!」と思っているのかもしれない。

実際はどう思っているのか知りたくなったので、浅草の寿司屋に行って店主に邪道寿司を食べてもらって感想をもらうことにした。
大学中退→ニート→ママチャリ日本一周→webプログラマという経歴で、趣味でブログをやっていたら「おもしろ記事大賞」で賞をいただき、デイリーポータルZで記事を書かせてもらえるようになりました。嫌いな食べ物はプラスチック。(動画インタビュー

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今回は浅草にある「すし屋の野八」さんに取材に協力してもらった
すし屋の野八はデイリーポータルZで『寿司は不完全な料理なのではないだろうか』『一貫一万円の寿司』などの記事で他のライターが協力してもらっているお店だ。もはやデイリーポータルZ御用達の寿司屋と言っても過言ではない。
過去に取材を行ったライター陣から「本格的な寿司屋なので緊張感がありました」と事前に助言をもらっていたので、僕は肩に力が入ってガチガチになっていた。おじいちゃんの三回忌のとき以来に自然と正座していた。
お店の雰囲気に緊張感が増し、「プロの寿司屋に回転寿司を食べさせる」ということに激怒されるんじゃないかと今さらながら不安になってきた。回転寿司が悪いというわけではなく、素人の僕が「邪道寿司を寿司屋がどう思っているのか聞いたらおもしろそうww」という安易な発想でやろうとしていることが愚行なのではないかと気づいたのだ。

野球選手に「バッティングセンター行きたいけど、歩くのめんどくさいから代わりに投げてよ」と気軽に言うくらいの暴挙なのかもしれないと思った。心臓のBPMがあがりまくりのパーティー状態になっていた。
今回、邪道寿司を食べてくれる店主の池野さん。
池野さんに今回の企画の趣旨を説明すると「いやいや、毎回色んな取材があっておもしろいですね」と笑って優しく言ってくれた。しかし、僕は完全に本格的な寿司屋の雰囲気に飲まれていたので、もしかしたらそう言われたいと望む僕の幻聴だったのかもしれない。

そもそも個人店の寿司屋に大人になってから来たことがなかったので、礼儀や作法がまったくわからない。池野さんに出してもらったそば茶も飲んでいいのかすら迷ったほどだ。「京都の人がお茶漬けを出したら帰れの合図だ」…という例えばなしがあるように「寿司屋がそば茶を出したら殴り合いが始まる」とかの逸話があるのではないかと深読みしてしまった。それほど思考回路はショート寸前だった。

まったく関係ない話しなのだが、僕が高校生のときに数学のテストで0点をとり、母と一緒に校長室に呼び出されて緊急会議をしたときの緊張感をふいに思い出した。
早速「邪道寿司についてどう思っているのか?」という一番気になる質問をぶつけてみた。
池野さんの答えは、否定とも肯定ともとれる微妙な返答だった。そのとき僕は「回転寿司は敵にすらならない」という蔑みのニュアンスなのかと思ったが、その後の話を通じてそれは僕の浅い考えであること、そして寿司職人が食に対していかに真剣に接しているかを知った。

池野さん
「回転寿司屋はお客さんに合わせてお寿司をだしているだけなんです。もし僕がファミレスを出店していたら、寿司もハンバーグもステーキも出すと思います。回転寿司がハンバーグやコーンがのっている寿司を出すのも、お客さんがそれを求めているならそれが正しいのです.。だからこそ何も思わないのです。

カリフォルニアロールだって、アメリカで寿司を食べてもらえるように日本人が作ったものです。私がインドやタイで寿司を握るなら、やっぱりその土地に合わせたものを作ると思いますね。なので、そもそも『邪道』という言い方は良くないかなと。そうですね……『斬新な寿司』と言った方が私はしっくりきます」
「邪道ではなく斬新」というのは、全力で納得する一言だった
お客のニーズに合わせて食事を提供するというのは、飲食店の基本中の基本だ。回転寿司に来る人たちは家族連れが多く、子どもからお年寄りまで喜ぶものをだす必要がある。

「お客さんの来る層に合わせて商品を変える」というのは当たり前の戦略なのである。食に対してフラットで真っ直ぐな意見である。池野さんのこの回答をモーニングサンデーの張本勲が聞いていたらアッパレが出ていたであろう。
もしも「常連客がすべて肉を食べたいと言ったらどうします?」と質問してみたが、池野さんの回答からは「優先すべきはお客さん」という意思がハッキリと伝わってきた。
そもそも「回転寿司に行ったことがあるのか?」ということが気になったので聞いてみた。
池野さんは食べ物を漫然と食べることがなく「常に考えて食事をしている」ということだった。食に関することはすべて池野さんの職人としての血肉になっているのだ。回転寿司からも学ぶことはあるそうだ。

池野さん
「もちろん行ったことはありますし食べたこともあります。回転寿司に行くと『今はこういう寿司が喜ばれる』という流行がわかるので勉強になります。行くとおもしろいですよ。

それに一般の人にこれだけ寿司が広まっているのは、回転寿司のおかげだと思っています。昔は出前をとることはあっても、お店に来るのは敷居が高いイメージがあったと思います」
インターネットの世界に慣れきってしまって、何に対してもつい斜に構えてしまうようになってしまった自分が恥ずかしい。すべてが勉強なのだという姿勢を学んだ。
「回転寿司に行くと勉強になる」という一言を聞いたときに、プロとしての向上心の高さに思わず口が開いてしまった。これがもしテレ朝の報道ニュースあるならば画面に「熱盛」と赤文字で表示されたことだろう。それくらい食に対する熱量を感じるコメントだった。

ただし、回転寿司に行くと「寿司にのせたときの魚の表裏が違うな」「切り方はこっちの方がいいな」ということはプロとして気になるらしい。それから回っているネタを見て「あっちのトロの方が美味いだろうな」ということも見てだけでわかるらしい。もはやサイボーグの領域だ。ターミネーターが見ただけでものの情報を取得している映像を思い出した。

やはりただ「回転寿司に行く」という行為だけでも、一般人よりはるか高みから考えて食事をしているのだ。

いよいよ実際に食べてもらう

回転寿司の(邪道)斬新な寿司を8種類もってきた。奇抜なものから寿司屋でもギリギリ出てきそうなものまで、なるべく種類をバラけさせた。
さて、いよいよ池野さんに回転寿司の寿司を食べてもらう時間がきた。

「邪道ではなく斬新」「回転寿司は勉強になる」という発言から怒られることはないと安心していたが、やはり素人の僕がプロに「回転寿司を食べてください!!!」と勧めるというのは胃が痛くなる行為である。

高校生のときに親と一緒に校長室に呼び出され「留年するかもしれませんよ」と宣告されたときのように喉がカラカラに干からびていた。
寿司職人に寿司の説明をするという謎の光景。逆に言うと一生ない貴重な体験をしたのかもしれない。
実は寿司をお店に持ってくるときにぐしゃぐしゃになってしまったので、お店のお皿にいれかえてもらっていた
寿司は8種類用意したのだが、池野さんにすべて食べてもらうわけにはいかない。なぜなら池野さんは営業があるときは味が濃いものを前日から食べないようにしているからだ。舌が狂わないようにしているのだ。

なので、まずは「それぞれの寿司を見てどう思ったのか?」という率直な感想を聞いてみることにした。
池野さん評価:「アボカドとエビは良い組み合わせだと思います。ただ、マヨネーズとアボカドは味がどちらも濃厚すぎますね」
池野さん評価:「実は酢飯とごま油は相性がいいんです。うちでは扱っていないですが、丼にごま油をかけて提供しているお店もあります」
池野さん評価:「なんとなく味の想像がつきますが、練り製品なので組み合わせとしては悪くないと思います
池野さん評価:「酢飯と卵はそれほど相性はよくありません。卵を細かくして軍艦にしたお寿司もあるのでまったく新しいお寿司というわけでもないですね」
池野さん評価:「これは私も食べたことあるのですが、酢飯よりも白飯の方が合うと思います。それだどただの焼き肉とご飯になってしまいますが(笑)」
池野さんは「常に考えて食べている」ような人なので、回転寿司の寿司を見ても頭ごなしに否定はせず、真剣に一つづつ考察してくれた。お寿司版のなんでも鑑定団を見ているような気分になった。
池野さんが気になった寿司を3つ食べてもらうことにした。「ゆず漬けイカ」「熟成ハム」「チーズサーモン」の3つになった。
いよいよ寿司職人に寿司を食べてもらうという緊張の瞬間……
「なるほど…」
池野さんは「なるほど…」と言ってから固まってしまい、10秒近く沈黙が続いた。「どういう寿司なのか」ということを冷静に分析するために、ゆっくりと時間をかけて味わっているようであった。邪魔をしてはいけないと思って僕も黙ることにした。

僕が高校生のときに留年するかどうかの会議が終わったあとに母に「あんたに初めて殺意が湧いた」と言われたとき、何も返答できなかったときの緊張感のある沈黙を思い出した。
池野さん評価:「ゆずを細かく削ってのせることがあるので、悪くない味付けだと思います。ただやはり100円で売るという制約があるので、素材がどうしても安価なものになってしまうのが仕方ないですね」
池野さん評価:「ハムとご飯は相性が良いですし、熟成させるのはありだと思います。3年くらい前に肉の熟成ブームがあったときに、マグロの熟成をだすお店も増えましたね」
池野さん評価:「チーズとマヨネーズは子どもが大好きな味ですね。マヨネーズは個人的に酸味が強くてあまり好きでないので久しぶりに食べました。マヨネーズの味に慣れてしまうと他の繊細な味がわからなくなってしまうので、私は普段からあまり食べないようにしています」
回転寿司では「口に入れたときに誰にでもわかる美味しさ」が必要になっているのだ。
池野さんとしてはマヨネーズのように濃くてわかりやすい味ではなく、「噛めば噛むほど味がでる味わい深いもの」を好んでいるようだ。お店でもそういったものが食べられるようにしているということだ。

たしかに僕もなんにでもマヨネーズをかけてしまっている。食パンにキャベツを挟むときもマヨネーズとケチャップとソースをかけて味が最大に濃い状態にして食べている。普段から濃いものばかりを食べているから、繊細な味を楽しむ舌ができていないのだなと知った。
さらに「この中の寿司を新商品としてお店で出すならどれが『あり』ですか?」という質問をしてみた。「まぐろユッケ」「熟成ハム」「エビアボカド」がありだという結果になった。
【池野さん評価】

■まぐろユッケ
ゴマ油と酢飯の相性はやはり良いですね。卵との相性が全体的にあまりよくないのでそこは改良する必要があるかと思います。

■熟成ハム
お店で出す出さないはべつとして熟成ハムにクリームチーズを合わせると美味しいと思います。また、ハムではなく熟成させたクジラ肉などを使用するともっといいかもしれませんね。

■エビアボカド
マヨネーズを微量にしたり、ソースを改良したりするなどはしたいですね。エビとアボカドという組み合わせはお客さんにも喜ばれると思うのでありです。
池野さんはマヨネーズが苦手なのにエビアボカドが入っているのが意外だったが、理由を聞いて納得した。あくまでお客さん優先のチョイスなのだ。個人的には「ゆず漬けイカ」が一番お店で出しやすそうじゃないかと思っていた。

池野さん
「ゆず漬けイカももちろん美味しいと思いますが、それだとお客さんの驚きが少ないと感じました。お客さんに出しても新鮮な感じがしないじゃないですか?もし新商品として出すのであれば、むしろ熟成ハムをだして『なんでハムなの?』と常連さんに驚いてほしいんです」


味のことだけでなく、お客さんのリアクションまで考えて選んでいたのだ。エンターテイナーだ。

寿司屋も時代を経てどんどんと変わっていく

常連のお客さんが多いため、その人たちが歳をとってくると油っこいものが食べられなくなってくる。それに合わせて野菜を出すようにし始めたとのことだ。
回転寿司では奇抜なものを新メニューとして出しているが、個人でやっている寿司屋の場合はそういった部分では差を出すわけではないらしい。お米にこだわったり、魚の鮮度にこだわったりと力を入れる部分が違うのだ。お米にこだわる寿司職人の場合は自分で釜を作る人までいるらしい。

池野さんの場合は昆布締めの仕込みにこだわっているとのことだ。牡蠣の昆布締めなど珍しいネタもだしているらしい。食べてみたい……(あとで食べました)
池野さんはエビの味をより引き出すために、エビの殻からのエキスを使った醤油を独自で作って使用している。しかも使用するときには香水のスプレーに入れて吹き付けているのだ。高価な道具を選ぶのではなく、最適な道具を使用しているのがわかる。
お店に来る前は寿司屋と言えば「昔ながらを貫く」「伝統と文化」というようなイメージがあったのだが、池野さんの話を聞いているとまったくそんなことはなかった。お客さんに合わせて柔軟に進化しているのだ。斬新なものは回転寿司で次々とでているが、池野さんの寿司は常に進歩して改良していっているのだ。
寿司屋の常連になるとより楽しく食事ができるらしい。お店側もお客さんの好みがわかってくるので、好きなものや珍しいものをだしてくれるようになるとのことだ。そうするとどんどんハマってしまうのだ。
「もし池野さんの寿司が好きになって常連になったら他のお店にいけませんね」と僕が言うと、池野さんは首を横に降って「むしろほかのお店に行ってほしいですね」と予想外の返答をした。

僕が驚くと池野さんはニヤリと笑って「最終的には絶対にうちに戻ってきたくなるので」と言った。職人としての自信と誇りを感じさせる一言だった。プロってカッコいい。

最後におすすめの牡蠣の昆布締めを食べた。池野さんが言っていたように「噛めば噛むほど味がでる」というのが本当の意味でわかった。
ただし家に帰ってから回転寿司の寿司を食べたけどやっぱりこれはこれで美味いと思った。高校生のときに留年しそうになった僕であるが、それでも最終的には温かく応援してくれた母のような安心感を思い出した。
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