特集 2017年8月1日

セミはソフトシェルのうちに食うべし

絶品!ソフトシェルセミの揚げ炒めナンプラー味
セミはおいしい。近頃にわかに注目を集めている昆虫食の世界では定番の食材であるらしい。たしかに数ある虫の中でもかなり食べやすい部類と言える。
ところで昆虫食先進国であるタイで興味深い話を耳にした。タイで最も高値で取引される食用昆虫は「とある瞬間の」セミだというのだ。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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より美味いセミを探求せよ

夏の代名詞、セミ。今日はこれを食べます。ベストな状態で。
まず、セミは成虫も美味いが、幼虫の方がより味が良い。
成虫はほんのりナッツのような風味があるが外皮(外骨格という)がやや硬く、その中身もスカスカ気味なのである。一方で幼虫は皮が薄い上に体内には柔らかな身が詰まっている。そして、その味がピーナッツクリームを思わせる濃厚なものである。
昆虫を食べることに抵抗のある人でも、いざ口にしてみれば気にいること請け合いだ。
セミの成虫を素揚げにしたもの。昆虫料理の中ではかなり食べやすい部類。アブラゼミを使うと全体的に茶色くなりすぎて色味がよくないのが残念。
ただし、幼虫は数年間も地下に潜んで樹木の根の汁を吸って暮らすため捕獲できるのは羽化のために地上へ這い出してきた夏の晩に限られる。
僕は以前に昆虫料理研究会なる団体が主催する「セミ会」なるイベントで成虫と幼虫を食べ比べて以来ずっと「セミを食べるならこの羽化直前の幼虫に限るなあ」と思い込んでいた。
しかし、僕はまだ食材としてのセミの奥深さに気づいていなかったのだ。
こちらは幼虫の素揚げ。成虫よりもクリーミーでナッツのような甘みが強く感じられる。硬い翅や頭部、胸部の歯ざわりも成虫と比べるとあまり気にならない。
数ヶ月前に僕は仕事でタイのバンコク郊外へ行っていた。
タイと言えば昆虫食文化の先進国。とは言え日常的に虫を食べるのはイサーンなど一部の東北地方に限られる。首都バンコクでも屋台や市場でコオロギやタガメ、ゲンゴロウなど食用の昆虫を入手できる程度には虫料理が市民権を得ているが、あくまで「健康食品」「物好き向け」といった存在である。
ところが、そんな普段けっして積極的に虫を食わない地域において、虫を、セミをふるまわれたのである。取材先の養魚場で、おもてなしのごちそうとして。
バンコク郊外の養魚場でセミのナンプラー炒めをふるまってもらったの。ちなみにセミはタイ語で「チャカチャン(ジャカジャン)」というらしい。かわいい響きだ。
意外だった。
「外国からのお客さんてこういうの珍しいでしょ?インスタ映えするでしょ?」という要らぬ気遣いなのかと勘ぐったりもしたが、どうも様子がおかしい。
普段そんなに虫を食べていないはずの地元民たちも集まってきて、なんとわれ先にセミへ手を伸ばす。すさまじい勢いで頬張る。
それだけにとどまらず、どこからかタッパーや紙袋を持ってきてはセミを詰め、「家族へお土産に」「運転中につまむために」とテイクアウトを始める者まで現れた。
山盛りのセミ。でも、なーんか違和感。
これはただのセミではない。ただの昆虫料理ではない。
いてもたってもいられず、五指をすぼめて数匹つかみ上げ、まとめて頬張る。
…美味いッ!!
明らかにかつて日本で食べたセミより美味い。ナンプラーベースの味付けが良いのか?いや、違う。「素材の味」自体が良いのだ。「奥さん、いいセミ使ってますね~」というタイ語を覚えて来なかったのが口惜しい。
成虫…なんだけど、ちょっと体型がおかしいような。それに体表の色も薄い。
具体的に言うと、ものすごく食感が軽い。噛み締めるとサクサクと心地よく砕け、口に硬い外皮や脚がまったく残らない。幼虫であっても、多少は口の中がざらつくはずなのに。それでいて、味わいも幼虫に負けず濃厚である。
たしかに一度食べ出すとやめられない止まらない。こんなにおいしいセミは初めてだった。

…感動とともにセミをまじまじと見つめて気づいた。翅が伸び切っていない…!?
調理前のセミ。なんと!羽化してまもない、まだ身体も固まっていない若ゼミだったのだ。
台所から奥さんが調理前の生セミを持ってきてくれた。
淡い体色にシワの寄った翅。全身がふにゃふにゃと軟らかく、指先で触れると簡単に変形してしまう。
これは…羽化直後のセミ、身体が固まる前のソフトシェルクラブならぬ「ソフトシェルセミ」だ!!

詳しく話を聞いてみると、様々な昆虫(クモなども含む)を食べるタイにおいて最も高価な食用虫こそがこの羽化直後のセミで、実に1匹あたりの値段が6バーツ(20円)もするという。
…ピンとこないでいると奥さんは「6バーツあればメンダー(タガメ)だったら一袋も買えるんだよ!?」となおさらわかりづらい説明をしてくれた。
でも、60バーツも払えば屋台でたらふくランチが食べられる物価安のタイにあってこの値段とは、相当な高級食材と言って間違いなさそうだ。

日本でも食べたい

セミの幼虫を求め、夏の夜の緑道へ。
ところが、普通の成虫や幼虫は一気に値段が下がり、他の昆虫と大して差のない「大衆昆虫」として扱われるらしい。ソフトシェルセミだけがそこまで高い理由を現地人に訊ねたところ「採集に手間がかかりすぎるから」という答えが返ってきた。
というのも夜中に羽化したあと放っておくとすぐに身体が固まってしまうため
①セミの羽化シーズンに陽が落ちてから地面を這っている幼虫を拾い集める
②自宅に持ち帰り、壁や庭木に放して羽化させる
③夜間、つきっきりで羽化に立ち会い、羽化したそばから摘み取っていく
④摘んだセミを潰れないように容器に詰めて冷凍、出荷
という工程を踏む必要があるのだ。たしかに基本的に「捕まえておしまい!」なその他の虫たちとは一線を画す面倒臭さ。そら高いわな。
まあ、ソフトシェルクラブだって高いのは同じような理由だものね。

…ただ、この手順を踏めば日本でもあの味が楽しめるのだ。そろそろいい時期だし、DIYで挑戦してみたい。
時は7月中旬。植え込みのあちらこちらでセミの羽化が行われている。
懐中電灯で地面を照らすと、羽化に適した場所を探してさまよう幼虫の姿があちこちに。そのままでは踏みつぶされそう、車に轢かれてしまいそうなものを拾い集める。結局、人の手によって蝉生に幕を降ろすことには変わりないのだが。
よく見るとかわいい…!大空を羽ばたくべく樹上を目指す健気さもあいまって食べてしまうのがはばかられる。が、心を鬼にする。だって美味いんだもん。
どうしても樹木にたどり着けず、縁石で羽化する個体も。朝までアリに襲われず無事に飛び立てるといいが。
30分ほどでこれだけ集まった。一人で嗜むにはちょうどいい量だろう。
夜道で幼虫を集めるのは楽しいばかりで、何の苦にもならなかった。
だが、辛いのはここからだった。めんどうくさいとかではなく、チクチク心が痛むのだ。
自室へ持ち帰り、カーテンにくっつける。明かりを消せばじきに羽化が始まるはずだ。
採集してきたセミたちを自宅で羽化させる。
…子供の頃、夏休みになると必ずこれと同じことをやっていた。もちろん食べるためではない。
オトナになろうと、朝焼けの中を羽ばたこうと懸命に頑張るセミたちの姿を観るのが好きだったのだ。固まり色づく前の、真っ白なガラスか蝋でできた細工物のような若ゼミたちの繊細な美しさが好きだったのだ。
お、始まった!
おお、次々に…。次々に!…綺麗だな。これを摘んでいくのはやはりちょっと気がひける。…まあ摘むんだけどね。美味いから。
当時のピュアな心を思い出してしまった。あの頃の自分なら、彼らを引っぺがして冷凍庫にぶち込むなど考えられなかったはずだ。ともに朝を待ち、降り注ぐ太陽の中へと解き放ったはずだ。
しかし、大人になって僕は汚れてしまった。大人になってソフトシェルセミの味を知ってしまったのだ。
伸びた翅が蝋細工のように白いのはアブラゼミ。
「ごめんな、ごめんな。」
心の底でつぶやきながら、セミたちを熟した果実を摘みとるようにジップロックへ放り込んでいく。
果たしてその懺悔は空を飛べなかったセミたちに向けられたものか、あるいはかつて少年だった頃の自身に送られたものであったか。
緑や青みが乗る透き通った羽を持つのはクマゼミ。かつて首都圏ではあまり見られなかった種だが、近年増加傾向にあるのだとか。
翅が伸び切ってすらいないこの状態がベストオブベストらしいが、なんかこう雛鳥をシメるようでちょっとためらう。
…しかし不思議なもので、ジップロックという文明の利器に密封された途端にあれほど感傷的だった我が脳はセミたちへの認識を改めてみせた。
「あ、このあいだタイで食べたおいしいやつだ」
と瞬時に食材認定したのである。
カーテンから収穫し、冷凍したもの。
こうなれば話は早い。迷いはない。
翌朝、ウキウキでセミを解凍。油で炒めて軽く塩を振った。
炒めソフトシェルセミ。苦手な方への配慮としていつもより遠めに撮影しております。
いただきます!久々のソフトシェルシケイダー!
これこれ!この味!この口あたり!
味は当然美味い!タイのセミより大ぶりだが、日本でもあの味が楽しめたぞ。
もっと色々な調理法や味付けを試してみたいものだ。

来年も食べよう。一度だけ。

ああ、ソフトシェルセミはやはり抜群においしい。また食べたい。
でも結局、捕獲したセミのうち数匹は完全に羽化するのを待って、窓から外へ逃がしてやった。これはかつての純粋で優しい自分が今も心のどこかに生きている証拠かもしれない。彼のためにも今後、この贅沢な食事は年に一晩だけの楽しみにしようと思う。
まあ、食うんだけどね。
ここぞとばかりにセミをむさぼっていた食いしん坊のおっさんはその辺に生えてる豆も食いまくっていた。ちょっとニンニクっぽい風味があっておいしかったが、「でもチャカチャンにはかなわないけどな!」という結論に落ち着いた。
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