特集 2017年6月12日

古い機械を整備する悦びに震える

歯車とか真鍮とか鋳物とか銅ハンマーにピンとくる人に向けた記事です。
組立家具のように丁寧な説明書通りに作るものならなんとかできるが、それ以上のことはできない工作の凡人である。

そんな私だが、どうしても整備方法を覚えたい機械が家に溜まっている。そこで整備が得意な友人に講習会を開いてもらったのだが、料理や釣りとも違った達成感が得られる体験となった。
趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。(動画インタビュー)

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家庭用製麺機という機械を整備したい

私が整備したい道具とは、家庭用製麺機という歯車を手動で回す昭和の台所道具だ。小麦農家などで自家消費用のうどんを作るのに使われていた道具で、今なお現役の家庭もある。

電気やエンジンを一切使わない道具なので、物理的な破損がなければだいたい復活させることができるため、ものすごく狭い範囲でだが家庭用製麺機のレストアがちょっとしたブームになっている。多く見積もっても20人くらいだが。
整備するのは小野機械製造所の『小野式製麺機1号型両刃型』という名機。
家庭用製麺機というくらいなので、私はこれで麺類を作りたいのだが、食べ物を作るにはちょっと汚れすぎている。

そこで気持ちよく使うための整備方法を教えていただこうと、友人に講習会を開いていただいたのだ。
おそらく30~40年前の機械。近くで見ると錆や汚れがこびりついている。
真鍮部分には青錆も発生。
意外とパーツ数が多く、自分でばらして組み直せる気がしない。
整備を教えてくれるのは、小野式製麺機A型という機体をレストアしたばかりの山田さんだ。

プラモデルでもパソコンでも犬小屋でも、勘所を押さえてテキパキと組み立てられる人がいるけれど、きっと山田さんはその能力者なのだろう。

講習会といっても興味のある人が世の中にそうはいないので、受講者は私だけとなった。場所はテクノ手芸部という活動をしているよしださんの事務所をお借りした。テクノでも手芸でもなくて恐縮です。
講師の山田さん。IT系の会社員だというが、きっと鋳物テクノロジーの略。
よしだ:「僕は製麺機よりもオーディオを作りたいんですよねー」、山田:「オーディオっていいですよねー」と、私の知らぬところで分かり合っていく二人。

整備に必要な道具について

山田さんが用意してくれた整備用の道具は、以下のようなこだわりのラインナップ。この中で一番値段が高いのは厚みのあるステンレスのバットだが、洗面器でもバケツでも事足りるとか。

ただ使ってみると、やっぱりマニアが選んだ道具は使っていて気持ちよく、なくてもいいんだけど欲しくなっていく。あぶない、これは整備という名の沼だ。
ドライバーやピンセットへのこだわりも追って説明します。
ハンマーだけで樹脂、鉄、銅と3種類もある。
製麺機の分解には必要不可欠だというピンポンチ。素人には使い道がまったくわからない。
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簡単に外せるパーツから分解する

古い機械はパーツを外そうとしても凝固してしまって外れない場合が多いので、まずはお馴染みのCRC5-56をネジや歯車、金属同士の接触面にプシューッと拭いておく。

このあと全バラシをして洗浄するのだが、気になる人は食品機械用の潤滑剤を用意しよう。
おなじみの浸透系オイルを錆びついたネジなどに注油しておく。
油が染みたところで、ドライバーを回せば外れる簡単なパーツをばらしていく。

前にもっと古くて状態の悪い製麺機をいじったときに、癒着がひどくてネジが切れてしまったこともあったが、この機体はそこまでではないようだ。
銀色のホッパーという部品を外した状態。機械の内部に堂々と木製のパーツが使われているのが興味深い。
ギヤカバーを外す。「ドライバーは押す力が8、回す力が2!」だそうです。
木製のパーツを止めてある小さなネジ。これに気付かず力ずくで外そうとすると木が割れる。
パーツを分解していく気持ちの良さと、これをちゃんと組み直せるのだろうかという不安がせめぎ合う。

これは自力で引き返せるかわからない道を進む、整備という名の冒険の旅なのだ。引率の山田さん、がんばって!
なんと『70』という謎の番号が出てきた。仏像の修復作業と同じで、こういう発見に盛り上がるのだ。
分解したパーツはわかりやすく整理しておく。やっぱりこのバットは欲しいな。

割りピンという知らなかった技術

ここまでは誰でもできる、機械整備入門のレベル1。難しいのはここから先なのだ。

私が初めて製麺機という道具を手に入れて、なんとか整備をしようとしたときに、挫折したのが大きな歯車を止めている謎のピンだった。

おかげで丸ごと洗剤入りの水に漬けこむという暴挙に出たのだが、今にして思えば大間違いのやり方だ(この記事)。
曲がったヘアピンみたいなこいつの外し方がわからなかったのよ。
歯車をガッチリと固定している、この足がクイッと曲がった謎のパーツは、割りピンという固定用金具。私が知らなかっただけで、そこまで珍しいものではないらしい。

外し方は至って単純で、曲がった足をペンチなどで戻し、反対側に棒などを指して引き抜くだけだった。
世の中の仕組みなんて、理屈さえ知っていれば意外と単純なものが多いんだよと、製麺機と山田さんが教えてくれた。
そうだろうなとは思ってた。

ただ、歩み出す勇気がなかったのだ。
30~40年振りにまっすぐに戻された割りピン。
細いドライバーを引っ掛けて抜く。新品に変えるのがベターだが、まあいいかと再利用することにした。
大きな歯車を固定しているのはこの割りピンだけなのだが、小麦粉と油による癒着がひどく、全然シャフトから抜けてくれない。

そこで取り出したのが銅ハンマーだ。鉄よりも柔らかい銅製のハンマーでやさしく叩くことで、鉄のパーツに傷をつけることなく、歯車を外すことができるのだ。
鉄を傷つけない銅ハンマーはこの後も大活躍する。欲しい。
鉄を傷つけないという意味では、安い樹脂製のハンマーでも良いと思うが、そこには山田さんのこだわりがあった。

「プラスチックのハンマーは軽いでしょ。銅ハンマーは重さがあるから『慣性』が効きます。でもこれは高いから、現場にそのまま置いておくと盗まれるんですよ」

山田さんの勤めるIT企業って、一体なにをしている会社なのだろうか。
割り箸を隙間に挟んで、シャフトを叩いて慣性で歯車を動かす。
無事に取り出せた歯車は、小野式製麺機1型両刃型で一番かっこいいパーツだと思う。
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ひっくり返して分解を続ける

続いては製麺機を180度ひっくり返し、木製の台座を外して、ドライバーでバラせるものを分解していく。

すべてのパーツには正しい位置や裏表があるので、完璧に記録しておかないと後で混乱を招くことになる。そりゃもう大変なことにね。
ひっくり返されて台座を外された製麺機。なんだか恥ずかしくて直視できないが、パーツの位置を覚えなくてはいけないのだ。
何十年も前からであろう生地が残っていた。分析したら小麦粉の品種や年代を調べられるのだろうか。
「こうやってマジックで印をつけておくと、組み立てるときに迷いません!」と、この時はドヤ顔だった山田さん。
ドライバーは『PB SWISS TOOLS』というブランド品。精度の高い道具を使わなければダメだと、山田さんとよしださんの二人から力説された。

隠された平行ピンを外す

製麺機の分解作業で、一番やっかいだと感じたのが、次の工程である。

生地を薄くするロール(円柱形のパーツ)と、生地を麺にする切刃(溝のあるパーツ)を、シャフト(棒軸)から外すのだが、素人目にはどこをどういじれば外れるのかが、まったく見当もつかなかった。

まずは歯車とシャフトが『平行ピン』という小さなパーツで固定されているので、歯車の溝に埋まっていて外しようがないそのピンを、銅ハンマーで叩いて浮き上がらせて抜く。まるっきり謎解きゲームだ。
銅ハンマーで叩いて歯車に埋め込まれた平行ピンを浮き上がらせる。
なんとか出てきた平行ピン。ピラミッドの罠くらいに複雑な解決方法。
歯車の下から、ワッシャーさんがこんにちは。
そしてさらに厄介なのがこの先だ。

ロールとシャフトも平行ピンで止められているのだが、このピンが普通に生きていたら見えないような位置にあるのだ。

このピンがあるからこそシャフトの回転がロールに伝わるのかと感心しつつ、これをどうやって外すんだよと僕は途方に暮れる。
ロールの側面に溝があり、そこに平行ピンが埋められている。
この解決方法も、やっぱり銅ハンマーで叩くというものだった。

割り箸と銅ハンマーを巧みに組み合わせてあっちこっちを叩きまくり、慣性の法則で隠されていた平行ピンを露わにする。

叩く位置と効かせる場所の関係性が横で見ていてもピンとこないぜ。
割り箸にこんな使い方があったなんて。
そこを叩くことで、どこをどうしたいのかが謎だ。
どうにかして隠されていた平行ピンが外れた時のカタルシスたるや。
このロールの感覚を調節するパーツのかわいらしさを後世に伝えたい。
ロール部分を外したら、続いては切刃。この切刃は向かい合った二つの刃が噛み合っているため、その両方の平行ピンを外してからシャフトを抜かなければいけない。

このあたりの複雑さは文章にできない程であり(なのでしない)、私が一人でやっていたら、確実に放り出すだろうという難易度だ。いや、一人ならここまでたどり着けないだろうけど。
とりあえず銅ハンマーで叩けばどうにかなると覚えた。
平行ピンが出たけど、こびりついて落ちてこない!
露出させた平行ピンをピンポンチで叩き落とせ!
どうにか分解までの作業が完了。

パーツをきれいにしよう

ようやく折り返し地点へと到着。ここからはパーツを磨き上げ、組み上げ直す作業となる。ここまでのバラしは目的ではなく手段なのだ。

我が家の換気扇をも凌駕するこびりついた汚れを落とすために、まずはパーツクリーナーというスプレーを吹きかけて、しつこい油汚れを分解する。

この記事の全体に言えることだが、ここで紹介するやり方や使う道具はあくまで一例であり、これが絶対的な正解という訳ではないのであしからず。
車やバイク好きなら必ず持っているというパーツクリーナーをプシュー。
特に汚れている部分はワイヤーブラシでシャシャシャ。
さらに全体の汚れを浮かせるため、薬剤への漬けこみをする。

使用すべき薬剤には様々な説があり、サンポールのような酸、あるいは苛性ソーダという強いアルカリを使う方もいるようだが、今回は場所が余所様の事務所ということもあり、安全性を重視してクエン酸と重曹のブレンドをセレクトした。

機械いじりの話から、急に大掃除の裏ワザ紹介みたいになったが、果たしてどれほどの効果があるのだろうか。
山田さんによると苛性ソーダが最強らしいが、危ないのでクエン酸と重曹を同量振りかけて、そこに熱湯を注ぐ方法とした。
製麺機を整備するためにあるようなバットだな。
熱湯を掛けると、ジュワーッと泡が立った。なるほど、これは効きそうだ。
お湯が冷めるまで待ってワイヤーブラシで軽くこすると、何十年物の汚れが簡単に落ちていく。
重曹とクエン酸、アルカリ性と酸性が組み合わさってプラマイゼロになって、効果がゼロになるんじゃないかと不安だったが、これで全然いける!

よし、今年の大掃除は、この方法でガスコンロの五徳を掃除することにしよう。
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水洗い、油膜処理、研磨作業

クエン酸と重曹による謎のパワーでしっかりと汚れが落ちたら、中性洗剤で水洗いをする。

ここまでの洗浄で表面の油分がきれいさっぱり落ちたパーツは、魔法が解けたかのように酸化して黒ずんできてしまうため、全体に食品機械用のオイルを吹きかけて油膜を作る。

ちなみに使ったオイルは、お寿司ロボットがシャリを握るときに使う剥離剤、『シャリバナーレ』だ。
中性洗剤でやさしく洗って水で流す。
ピカピカだったパーツが、あっという間に黒ずむので、オイルを吹きかけて酸化をストップ!
そして油分や水分を布で拭きとったら、怪しく輝いてほしい真鍮部分を、理系出身者御用達のキムワイプとアメリカ製の研磨剤で磨きあげる。

油でコーティングされたばかりの金属を扱うため、この作業はものすごく滑りやすく、私は何度もパーツを落として視線を集めてしまった。机の上を整理して、下に柔らかい布などを敷いておこう。
拭くための布を『ウエス』と呼ぶだけで通っぽいよね。
金属磨きといえば、一流ホテル御用達の『Hagarty』だそうです。メイド・イン・アメ~リカ。
キムワイプという紙ワイパーで、気がすむまで磨きまくろう。
切刃の隙間も歯ブラシや赤ちゃん用綿棒できれいにしよう。

組み上げたらできあがり、なんですが!

ここまでくれば、あとはバラしたのと逆の順番で組み上げるだけだ。

といっても、分解するのがあれだけ大変だった機械なので、合体させるのも容易ではない。

しかも手に入れたときから足りなかった木のパーツを用意するというイレギュラーな作業もあったため、ここから2時間以上も掛かってしまった。
外すのが大変だった平行ピンが、簡単に入ってくれる訳がないよね。
どうしても入らない場合は、こっそりとピンを削るという荒業もアリだ。
ギリギリの隙間にピンポンチで叩きこむ。
スムーズな平行ピンは横向きに入れると作業がしやすい。縦だと重力でストンと落ちるからね。
ピンセットといえば信頼の『HOZAN』だそうです。また外国製かと思ったら、これは大阪だった。
指毛でテスト。確かに掴む力が強い!
割りピンも無事に戻ってくれた。
不足していたサン板というパーツを差し込む。これの厚さを合わせるのが大変だったが割愛。
さあさあさあ、あとはドライバーでチョチョイと外したパーツを戻せば完成ですよ。

と思ったら、クシ刃のネジの位置がまったくあわない。微妙なズレというレベルでなく、明らかになにかが間違っているようだ。
クシ刃の四角いネジ用の穴が、製麺機本体の穴とまるっきり合わない!
検証の結果、どうやら切刃の向きが左右逆だったようだ。

ちなみに山田さんがつけていたマジックの印は、洗浄の過程できれいさっぱり消えていた。そりゃそうか。
あとどっかのワッシャーがあまった。ドリフか。
仕方がないのでまた分解をして、今度こそはと組み直す。
最終的に全体のバランスをみながら、歪みがないように組み上げる。
歯車などにグリースをワンプッシュ。この穴に注入しておくと、シャフト全体に行き渡るそうだ。麺生地が触れる部分ではないが、食品機械用グリースを使えるとベスト。
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ようやく整備が完了した俺の製麺機

午後1時からスタートした製麺機整備の講習会だが、現在の時刻は7時過ぎ。遅くても4時くらいで終わって、夕方には麺が食べられると思ったらとんでもなかった。

という訳で、トータル6時間オーバーを掛けた整備の成果がこちらである。
ビフォーアフター。
これなら新品同様といってもいいのでは。ただ右側の2本のシャフトがオリジナルと逆だったと今頃になって山田さんから報告があったよ。
鉄、真鍮、アルミ、木の素材が組み合わされた塊の力を眺めよう。
うどんに対応する太麺用の切刃もバッチリだ。
ひっくり返してじっくりと眺めても美しい。
シリアルナンバー55288番、整備完了!

うどんを打ってみよう

以下はオマケ。これで観賞用としては完璧なのだが、気持ちよく料理に使えるようにするため、生地を何度も通してロールと切刃の汚れを落とす。

生地を雑巾がわりにした、メンテナンスの仕上げ作業である。
この作業だけは俺にやらせろ。
厚めの生地を無理矢理ロールと切刃に通して、汚れを吸着させていく。
切刃の切れ味はバッチリ。この麺を捏ね直して、また生地にして何度も製麺機に通していく。
これでようやく使える製麺機となった訳だ。ちなみにうどんを作るだけなら、茹で時間を含めても30分もあれば食べられる。

そんなこんなで、とてもおいしそうなうどんが完成した。
おいしそー。
昼から夜までずっと作業をしていたので、もうお腹はペコペコ。

すきっ腹に、打ち立て、茹で立て、メンテナンス仕立てのうどんが染みわたった。
よしだうどんと山田うどんが夢の共演!

この記事を書く前に、自分がどれくらい覚えているかなと、家にあった別の製麺機をばらそうとしてみたのだが、全然覚えていなくて手がまったく進まなかった。

よしださんは家庭用製麺機の本場である群馬県高崎市の出身なので、今度実家に帰ったときにでも、どっかから製麺機をもらってきてもらい、第2回の講習会をやっていただきたい。次は一人一台整備しような。
サン板を薄くするのに最適な道具があって助かった。ありがとう、よしださん。
~アンケートご協力のお願い~
この家庭用製麺機という道具についてのアンケートをこちらでしているので、よろしければお答えください。「そんな機械は知らないよ!」という答えもお待ちしています。
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