特集 2016年11月11日

おばちゃん八百屋のおばちゃんがかわいくて惚れた

おばちゃん八百屋のおばちゃん
川崎市高津区にちょっと変わった営業形態のお店がある。お店の名前は「おばちゃん八百屋」。八百屋と定食屋が一緒になっていて、その両方を同じおばちゃんが切り盛りしているらしい。ずっと気にかかっていたので、その実態を探りに行ってきた。
1970年神奈川県生まれ。デザイン、執筆、映像制作など各種コンテンツ制作に携わる。「どうしたら毎日をご機嫌に過ごせるか」を日々検討中。


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段ボールに手書きの値札が気になった

「おばちゃん八百屋」は田園都市線の高津駅から徒歩10分、車通りの激しい府中街道沿いにある。緑色のテントに白い文字で「おばちゃん八百屋」と書いてある。

ちなみに府中街道をさらに府中方面に車で10分ほど下ると僕の実家に着く。いつも実家に向かう途中、「おばちゃん八百屋」の前を通る度に気になっていた。
おばちゃん八百屋
何が気になっていたのかというと、段ボールに手書きの値札たちだ。何とも味わい深く、「おばちゃん」の人柄がにじみ出ているように感じるのだ。まだ、おばちゃんにお会いしたことはないが。
太めの文字で「さつまいも」
雨にぬれてない、ことを強調
時折、「塩ゆで」のように調理法も併記
早いヨ! は締め切り時間が早いから気をつけての意か。
ネットリ具合が伝わる表記。「わ切りでレンジ、ゴマふって」が七五調で気持ちいい
パーマンに空見
マイバック持参をお願いする切実な書き込み
訪れた時、八百屋さんの店内には誰もいなかった。おばちゃんはどこにいるのだろう? おばちゃんがいたとして、どういう切り出し方で話を聞いたらいいのだろうか。値札が気になって、とは言えない。

いい切り出し方が思いつかないまま、どんどん店の奥に入って値札の写真を撮り続けていたら、後ろからおばちゃんに声をかけられた。

「いらっしゃい」

不意に背後を取られて動揺したが、おばちゃんに「最近は野菜が高いですね」と、とっさの割には我ながらいいコメントを繰り出すことができた。ナイスコメントの流れをくんで、「最近の野菜の値段について話を伺いたい」と切り出すと、「じゃあ、こっちにおいで」と食堂に案内された。
おばちゃん八百屋のおばちゃん
食堂スペースには4、5人掛けのテーブルが1台
野菜の値段についての話を、と言ってはみたものの、「最近は野菜が高い」ということを確認すること以外に話題の広げようがない。

正直に、

「ユニークなお店だな、と気になっていまして」

と言ってみた。

するとおばちゃんは「そうかい?」と、ニッコリ笑ってくれた。そして、おばちゃんの「そうかい?」と同時に、僕の足元からニャーという音が聞こえた。驚いて見下ろすと、そこには子猫がいた。
足元には
子猫がいた
気づかずに踏んでしまうところだった。ニャーと鳴いてくれてよかった。

おばちゃんは子猫を拾い上げ、「大田市場の迷い猫を引き取ったのよ」と子猫に優しい視線を投げた。
大田市場で引き取った
迷い猫
まずは子猫について、もっと深堀りして聞いた方がいいのか? 迷っていると八百屋の方にお客が来て、おばちゃんがいなくなってしまい、僕は食堂に取り残された。

食堂も段ボールに手書きが基本

おばちゃんが八百屋で接客中、食堂内を改めて見まわしてみた。すると、食堂内のメニューも段ボールに手書きであることが分かった。
500円を超えるメニューがない!
おでん定食も500円
カレーライスは280円
電源コンセントの上に「節電など工夫して営業してます」
さらに、食堂内の段ボールにはイラストが加えられた物もある。
これから食べられる豚さんが「アッラ~、タイプ」と言っている
ひとりに…してくれ。ひとり鍋500エン
この昭和っぽい画風のイラストはおばちゃんが描いたのだろうか?

テーブルの上に置かれた調味料が実家ライクなことも気にかかる。
実家ライクな調味料たち

若い常連さんの昔話のような話

食堂でおばちゃんの戻りを待っていると、若いカップルがやって来た。
若いカップルがご来店
食堂にお客さんが来てしまった。

「今、おばちゃんは八百屋の方です」

と、僕が告げると、「待つので大丈夫です!」と彼氏の方から元気のいい答えが返ってきた。いつの間にか店番の役割を担わされていることに気づき、店番としての責任が芽生え始める。

若いカップルを退屈させてはいけない。

「ここには良く来るんですか?」

と、声をかけてみた。

すると、彼氏の方が「はい。ちょくちょく来ます」と答えてくれた。

美味しいですか? と、僕が聞くと、

「美味しくて安くて量が多いんです」と、彼氏が言って、彼女もそれに大きく頷く。

さらに彼氏が、

「初めてここに来た時、閉店時間を過ぎていたんですが、お腹が空いてかわいそうだからって、おばちゃんがおにぎりをくれたんです」

と、初めてこの食堂に来た時の話をしてくれた。

昔話のようなエピソードである。

八百屋から戻ったおばちゃんが二人の注文を聞き、奥の厨房に入っていった。
若いカップルの料理を作り始めたおばちゃん
厨房と廊下を挟んで向かい側の部屋に
炊飯器が3台
2人のオーダーは、彼氏の方が鳥丼で彼女の方があじフライ定食だった。二人合わせても830円。本当に安い。

今度は八百屋の方にお客さんが

手際よく料理するおばちゃん
おばちゃんが料理を作っている間、若いカップルが子猫を見つけて盛り上がっていた。

「大田市場の迷い猫だったんですよ」

とさっき聞いたことを伝えると、そうなんですかー! と強い関心を示された。

僕は、どの立場で彼らに猫の話をしているのか。分からなくなってきたし、それ以上のことを聞かれても困るので、一旦、八百屋の方に避難した。
八百屋の方に新たなお客が
八百屋には新たなお客がいて、僕に「根生姜はどこかしら?」と聞いてくる。

今、おばちゃんは食堂で料理をしていることを伝えると、

「ここのおばちゃんは忙しいから、じゃあ、また来るわ」

と帰りかける。

先ほど芽生えた店番としての責任感から、「おばちゃん呼んできますよ!」とお客を引き留めると、「いいの、いいの、またすぐに来るから」と言って自転車で帰ってしまった。
また来るわね、と帰っていくお客さん
しまった。お客さんを1人取りこぼしてしまった。

次にお客が来たら、すぐにおばちゃんを呼びに行くことにしよう。

店番としての責務を果たせなかったことを反省していたら、八百屋の片隅に「本1冊10円」の段ボール書きを見つけた。
本1冊10円
ちょっと待てよ。

食堂内にも同じような本が置いてあったが、それに値札はついていなかった。
食堂に置いてあった本には値札がない
八百屋では10円で売られていて、食堂では閲覧自由ということだろうか。八百屋と食堂、どちらにも「黄昏流星群」がラインナップされている。

手描きイラストの件と本の件、おばちゃんに確認したい事項が次々と出てきたが、ここまで、おばちゃんとほとんど会話を交わしていないことに気づいた。

食堂に戻ろうとすると、レジの横でおにぎりが売られているのが見えた。
おにぎり1ツ80円。
はっ!

あの若い2人がおばちゃんから譲ってもらったおにぎりは、これなのでは!

自分の立場が分からない

レジの横におにぎりあったよ!

と、彼らに告げなくては。

食堂に戻ると、2人の食事がもうすぐ出来上がるところだった。
彼氏の方の鳥丼(330円)
彼女の方のあじフライ定食(500円)
2人の料理を作り終え、僕と入れ違いに八百屋へと消えていくおばちゃん。
八百屋に消えていくおばちゃん
さっきのお客が言っていた通り、本当に大忙しである。
おばちゃんの料理を食べる2人
美味しそうにおばちゃんの料理を食べる2人に、

「結婚してるんですか?」

と聞いてみた。

彼氏の方がちょっと照れたように、「まだなんですけど、一緒に住んでます」と言って、それを聞いた彼女が微笑む。なんとも好感度の高い2人に何か気の利いたことを言いたくて、

「そうですか。まぁ、焦ることはないですから」

と年上としてのアドバイスをしてみたが、

いったいこの人は誰なんだろう?

という彼らの心の声が聞こえてくるようで、その場にいずらくなり、僕もおばちゃんの後を追って八百屋の方に行った。
後は若い2人に任せて

改めておばちゃんから話を聞く

若い2人が食事を終え、八百屋のお客も途絶え、おばちゃんから改めて話をきけることになった。
改めて、おばちゃん
おばちゃんの名前は、佐藤昭子さん。この場所で八百屋を開業して9年目、と最初に自己紹介をしてくれた。9年とは意外と短い。その前は何をやっていたのだろう?

「八百屋をやる前はタクシーの運転手をやっていたのよ」

とおばちゃん。

60才でタクシー運転手の定年を迎え、その後、この場所に来て八百屋を始めたのだという。

ここは元々、おばちゃんのお父さんが鉄くず回収と骨董屋さんを営んでいた場所。お父さんが他界されて、この場所で何か商売を、と考えていたところに義理の姉から八百屋を勧められて始めたのだとか。

「戸板一枚で八百屋ができるって、昔からよく言うじゃない」

とおばちゃんが笑う。
60才から八百屋を始めた
八百屋の隣に食堂をオープンさせたのは、今から5年前。八百屋で残った野菜を有効活用する目的で始めた。

「ずいぶん値段が安いですけど、赤字にならないですか?」

と聞くと、

「安い野菜を使ってるし、あじフライとかも冷凍だからね。大丈夫なのよ」

とおばちゃん。
メニューを見ながら安さの秘訣を語ってくれたおばちゃん
さっきの若者たちも喜んで帰っていきましたよ。

と言った後、また、どの立場からなのか分からない発言をしている自分に気づいた。

おばちゃんがとにかくかわいい

食堂の入り口に、「飲みニケーション」という張り紙が貼ってある。
飲みニケーション?
この食堂は、毎週土曜の夜には飲み屋さんになるのだ。会費2000円で、飲み放題、食事付き、カラオケ歌い放題である。

「カラオケを入れる前は1500円だったんだけど」

と、最近500円値上げしたことを申し訳なさそうに伝えるおばちゃん。いやいや、2000円でも十分安い。

さらに、近隣だったらおばちゃんの運転で送迎してくれるという。
みぞのくち、高津、向ヶ丘 迎え、送る
元々タクシーの運転手だったおばちゃんだ。運転の腕は確かである。

送迎車の助手席に座らせていただいた。
おばちゃんの車の助手席から見たおばちゃん
大田市場へもこの車で行って野菜を仕入れているらしい。

ダッシュボードの上に青果市場に行く際に被る帽子があったので、被ってもらった。
帽子を被ったおばちゃん
照れ臭そうに帽子を被るおばちゃんの様子がとても可愛らしかった。

気づけば、

「すごくいいですよ、似合ってます。かわいいです!」

と言いながらシャッターを押している僕。まるでグラビア撮影のようになっている。

人生の大先輩に向かって「かわいい!」だなんて失礼だとは思ったが、本当にかわいらしかったのだ。

食堂に戻ってからも、何枚もおばちゃんの写真を撮っていた。
おばちゃんのかわいらしさを写真に収めたい
そんな気持ちになっていました

手描きイラストは誰が?
食堂のメニューに描かれていたイラストは、やはりおばちゃんが描いたものだった。おばちゃんのチャーミングな一面がイラストのタッチに現れている。

あと、なぜ八百屋だと本が10円なのかについては確認するのを忘れてしまった。今度、飲みニケーションに参加して確認しようと思っている。
10円本の中にあった「憲法概説」
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