唐突にメッセージが
きっかけは、Twitter経由で届けられた一通のメッセージであった。
「石川さんの記事に触発され、大学に新しく入った3Dプリンターを使って、3D紙クズを作ってみました。」
やばい
写真を見ると、そこには白と茶色、2つの紙くずが並んでいた。
白が紙くず、茶色がそれを3Dプリンタで複製したもの。
これが時代の寵児、3Dプリンタの成果か。ショボイ。ショボくて最高だ…!
元はといえば
以前、僕は「
3Dプリンタでゴミを作る」という記事を書いた。以下あらすじ。
・3Dプリンタをもっと無価値なことに使いたい
・丸めたティッシュを3Dプリンタで作ってみるのはどうか
・使ったことのない3Dモデリングソフトで適当にデータ制作
・3Dプリンタで出力してみたものの、でてきたものは金魚のフンみたいな正真正銘のゴミ……。
という、なんとも切ないオチの付いた企画であった。
モデリングしたティッシュ
出力されたゴミ
そしてあれから2年、そんなことはすっかり忘れていた僕の元に、突然届いたのが冒頭のメッセージである。
自分が断念した夢を、作品として結実させた若者がいた!その場ですぐに約束を取り付けて、後日見せてもらいに行ってきた。
若い才能がゴミを
この作品を作ったのは慶應義塾大学の学生、小林さんという方であった。
「両手にゴミ」状態の小林さん
慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパスの図書館に最近、3Dプリンタや3Dスキャナ、刺繍ミシンなどを備えた「ファブスペース」という場所ができたらしい。そこで何か作ってみようと、ためしに出力してみたのがあの「3D紙クズ」なのだそうだ。
寄りで見たところ。こうやって実物を見てみると、、紙くずというより丸めた湿布っぽい
ゴミ箱が似合う
問題:3D紙クズはどこにあるでしょうか
正解は
ここ
驚くほど地面(地べた、というべきか)になじむ。
作った翌日にはゴミ箱の上に置いて一日展示を試みたそうなのだが、これがゴミであることになんの疑問も持たなかった掃除のおっちゃんにより、捨てられてしまう。
あわてて「作品なので捨てないでください!」と駆け寄ったそうだが、「作品なんて捨ててないよ」と、指摘してもなお気づいてもらえなかったという。
これが普通の作品であれば由々しき事態だが、しかしこの場合、掃除のおっちゃんは完全に悪くない。だってゴミなんだから。むしろゴミとしての高い評価を得られたと喜ぶべきであろう。
そして最後まで誰も記帳してくれなかったという展示ノート
ちなみに小林さん、4月に入学したばかりの新入生だそうである。前途有望すぎる。
新作「ゴミの砂」
今回の取材にはもう一つの目的がある。共作という形で、小林さんの次回作をこの場で制作してしまおうと思っている。コンセプトは「ゴミの砂」である。
お土産屋に売ってる「星の砂」ってあるじゃないですか。小瓶に詰まった砂の一粒一粒が星形をしてるやつ。あれの、一粒一粒がゴミの形をしてるバージョンです。
ゴミ・モデリング
この制作の舞台となったファブスペース、ほんとうは学生と教員しか使用できないそうなのだが、今回は取材ということで特別に作業の許可をもらった。せっかく特別扱いしていただいて、作るものが「ゴミ」とは。恐縮も格別である。
いろんな機材があって羨ましい
まずはひとつ目のゴミ、僕の持参した紙クズを3Dゴミ化させてもらうことにした。
紙クズから3Dゴミを作る手順を、ざっくりご紹介しよう。
使用するのはこの3Dスキャナ
前回は、変な3Dモデルを持ち込んだのが敗因であった。ここには、自分でモデリングしなくても物体をスキャンして3Dモデルを作ってくれる、3Dスキャナという機材がある。
最先端っぽい機材だが表示の手作り感に親しみが持てる
暗室もよく見ると手作り感があっていい
レーザーの当ったターンテーブルが10分くらいかけて回転すると
モニタ上にこうやって少しずつモデルができていく
一周スキャンし終わると
自動補正がかかってこんな感じに
使用ソフトの特性にもよるのだろうが、今回つかったソフトだと、自動補正の癖により3Dモデルは実物よりちょっと丸っこくなる傾向があった。
妙に有機的というか、電子顕微鏡で撮った写真っぽい。
このモデルを3Dプリンタに送って、出力する
20分ほどかけて樹脂がでてくる
印刷はこれで完了
ニッパーでバリ(樹脂の、土台や足場の部分)を取って…
完成
おお、樹脂の色味も相まって、なんだか噛み終わった後のガムっぽい。
原型の紙くずと比べてみよう。
こうやって比べてみると、けっこう忠実に再現されているのがわかるだろうか。
とがった角まで完全に忠実に形を再現するには、モデリング段階でもうちょっと手間をかけてやる必要がありそう。でも、大まかな形はしっかりコピーできている。
並べてみると、まるで親子。紙ゴミとその雛ゴミといった趣だ。雛ゴミって初めてきいた言葉だが。
怪力もスキャンする
今回、部外者と新入生のコンビでは心許ないので、もうひとり強力な味方に手伝ってもらっている。
慶應義塾大学の学生でファブスペースの機材のインストラクターもしている、淺野さんだ。
紹介写真として適切かどうかはわかりませんが、ジャンプを破って真っ二つにしようとしている淺野さん
うおおおお
最近は、個人によるものづくり活動のことを、企業による大量生産と対比して「パーソナル・ファブリケーション」と呼ぶらしい。その代表的なツールが、今回使用した3Dプリンタや3Dスキャナ、レーザーカッターなどだ。
僕たちはパーソナル・ファブリケーション初心者なので、ジャンプを真っ二つにする場合はレーザーカッターを使えばいい、と思ってしまいがちだ。しかし淺野さんは素手でジャンプを真っ二つにしており、その骨太のファブリケーションスタイルは特筆に値する。
真っ二つになったジャンプ
これも素材としてスキャンしていきます
うちの近所にこういうパン売ってる
(参考画像:うちの近所で売ってるパン)
出力されたジャンプ(手前)
一度はパンっぽくなってしまったジャンプだが、3Dプリンタの「層を重ねて立体にする」という性質により、ページが層になっている様子があらたに再現された。
3Dプリンタ、実は半分に破ったジャンプを複製するのにすごく向いている。その場にいた全員をあっといわせた、今日一番の発見であった。
続いては小林さんによる3Dゴミの新作です
取り出したのは、今朝までタマネギを包んでいたラップ
なにも本当に使ったラップを持ってくることもないと思うのだが、3Dゴミ道(どう)の追求にはそういったこだわりが必要なのかもしれない。そのメンタリティは言い出しっぺの僕よりすでに数歩先を行っている
ただ、淺野さんによると、こういう透明の素材や光沢のある素材は、レーザーがうまく当らないため3Dスキャンには向いていないのだという。それをわかった上での挑戦であったが…。
スキャン中の画面。ものすごく不穏な物体が…
台風だ!
その後、ソフトウェアによる補完を経てこんなデータに
なんかすごく気持ち悪いものができてしまった。このように、万能に見える機械にも得意不得意はあるみたいだ。
あまりに規格外ということで、残念ながら今回のゴミの砂への採用は見送りに…。
そうこうしているうちに時間がなくなってきたので、我々チームはゴミモデルの量産体制に入る
こういうスペースがほしかった
このファブスペース、図書館の入り口脇という人通りの多い場所にあるだけあって、とてもオープンな雰囲気だ。
僕らが作業をしている間にも、いろんな学生が様子を見にやってくる。
「まさかまたゴミ作ってんの?」(図星)とか、「すいませんアダルト用途の利用は禁止されてるんですが。」など、二人の顔見知りの学生がフラッときては軽口を言って去っていく。
特に用もなくやってきた3人に、成り行き上なぜか記念写真を撮らされる。自由!
工房とかアトリエ的な場所だと黙々と作業をすることになりがちだけど、こうやって開かれた場所で作業ができるのは楽しい。
もちろん冷やかしだけじゃなくて作業をしに来る人もたくさんいる。「作品作るぞ!」っていう気合いの入った人だけでなく、自分の好きなキャラクターのフィギュアをためしに3Dスキャンしてみようとか、オリジナルのiPhoneケース作ってみたいなとか、みんなけっこう気軽に使っている。
学生だけでなく先生もフラッとやってくる。この方はこのスペースの仕掛け人の田中浩也先生。ほんとにフラッとやってきてフラッと去っていった。
フラッと来ていい話
田中さんいわく、「ここでは学生たちがいろんなものを作っているけど、その一つ一つが個人の思い入れの詰まったものです。3Dプリンタは単なる立体を出力する機械じゃなくて、そういう思い入れを形にできる機械。」なのである。
いままでにここで作った作品の例。漢字の書き取りの宿題が3倍速でできる鉛筆(この記事では3Dプリンタをすごく雑に扱っていて出力結果も荒削りですが、ますが、ちゃんとやればこういう綺麗な形が出力できます)
最近3Dプリンタで作った銃が話題になったけど、ああいう悪い用途は話としてわかりやすいからメディアを通してバーッと広まっちゃう。
でも3Dプリンタを使ってる人の99%はいいこと/面白いことに使っている。それは背景にあるのが個人的なストーリーだから銃みたいにわかりやすくはないんだけど、そういったものこそがたくさん共有されるようになってほしい。
田中さんのそういう願いを込めて、ファブスペースの壁面には「UPLOAD (ALMOST) EVERYTHING」のフレーズが掲げられている。
……ということを、フラッとやってきた田中さんはバーッと喋ってバーッと帰って行った。フラッとしてバーッとした人だな!と思ったけど、こういうフラッとしてバーッとしたフットワークの人が作ったからこそ、こういうオープンかつ気軽に使える施設が実現したんだろうな、と思いました。
手伝ってもらった淺野さんの近作。自分の立ち姿をスキャンして3Dプリンタで型を作り…
自分型のろうそくを作って一人の誕生日を祝った
Happy Birthday To Me...
こういう場所がふだんの生活エリアの中にあったら、ほんと用事もないのに来ちゃうと思う。そうしてるうちにメキメキ腕を上げていって、そっちの分野の研究に進んだり、クリエイターになったり……という学生もきっと現れるだろう。
というか、目の前にいる二人がきっとそうなっていくんじゃないだろうか。
そんな二人はテキパキといくつかのゴミをスキャンし、ついにゴミの砂用の3Dモデルができあがった。
新たなゴミたち
左奥から野菜生活のパック、錠剤の個装、右上が最初にスキャンした紙くず、手前がジャンプ
これらを、「砂」にするためにできるだけ小さなサイズで出力する。とはいえ3Dプリンタの精度にも限界があり、実際の星の砂ほど小さくはできない。大きいサイズから徐々に小さくして試していこう。
どこまで小さくできるか
でた
蜘蛛の巣が張ったみたいになっているが、あまり小さくて複雑な形を出力すると樹脂の粘りでこのようにバリが出てしまう。
これを丁寧に切り離していくと…。
野菜生活
紙くず
薬の包装
ジャンプ
モデルを当てようと思うとシルエットクイズよりワンランク難しいレベルの再現度ではある。しかし実際の星の砂だってただトゲトゲしているだけで本当に星形な訳ではない。あれが星の砂なら、こちらも充分ゴミの砂と言えるレベルではないか。
「充分ゴミと言えるレベル」ってフォローになってるのかなってないのかわからないフレーズだが。
小さすぎて3Dプリンタの精度の限界はとうに超えており、特に野菜生活のストロー部分の出力中は、全員固唾をのんだ
最終的に完成した砂粒たち
最後にこれを全部ビンに詰めて…
ゴミの砂、完成です!!
上から見たところ
やっぱり砂ほどの細かさで綺麗なモデルを印刷することはできなかったのだが、それでも馬鹿馬鹿しさだけは伝わるものができたのではと思う。
窓辺に映えるゴミ
3時間ほどガッツリお付き合いいただいたお二人、どうもありがとうございました。
3Dゴミ界の金字塔
はからずもできたばかりの素敵なファブスペースで、そして時代の寵児3Dプリンタを使って、見事な「ゴミの砂」が完成した。まちがいなく、3Dゴミ界に打ち立てられたひとつの金字塔といえるであろう。そんな界があるのかどうか知らないが。
慶應義塾大学の学生のみなさまはこの記事に感化されることなく、せっかくの施設を有意義にお使いいただければ幸いです。
かさが少なかったので熱帯魚用の砂で水増ししてみたら普通に水槽みたいになった。3Dプリントされたゴミのテクスチャが流木っぽいのだ
おまけ。今回制作した3Dデータを淺野さんが送ってくれました。
ここからダウンロードできますので自由にお使いください。有意義に活用することに成功した方がいたらぜひご連絡を。