その中でもボルダリングは若者を中心に人気スポーツとして親しまれています。高さ5mほどの壁に設けられたルート(課題)をロープなしで制限時間内に登るボルダリングは、登り切ることができたルートの数を競います。
日本は世界有数のボルダリング大国として知られ、国内の競技人口は60万人と言われています。日本代表選手たちは男女ともに世界トップクラスの実力を誇り、クライミング・ワールドカップ(W杯)での優勝も数え切れません。男子は4年連続でボルダリングの国別ランキングトップを独走!
一般のボルダリング愛好者や日本代表選手たちを支えているのは、全国に400以上あるというクライミングジムです。東京・杉並にあるB-PUMP 荻窪店もそのひとつ。2003年に日本初の本格的なボルダリング専用ジムとしてオープンしました。
長年、国内のクライマーたちを見つめてきたB-PUMP 荻窪店の宮澤克明店長。東京五輪に期待を寄せながらも、「(その影響でボルダリング人口が)急に増えたような感覚はあまりないんですよ」と笑います。
「昔から潜在的にボルダリングをやってみようと思って来てくれる人はいたんです。テレビや雑誌などの媒体で見かける機会が多くなったことで人気を感じますね」
ルートはどうやって考えているの?
B-PUMP 荻窪店は通常のジム営業の他に、コンペティション(大会のこと。コンペと略される)も多く催されます。7月は『ADIDAS ROCKSTARS TOKYO 2017』が開催されました。ドイツ本戦出場者を決めるオープン参加のROCKSTARクラスには日本代表選手も多く出場し、国内最大級のコンペとしてハイレベルな戦いが繰り広げられました(9月開催のドイツ本戦では楢崎智亜選手が優勝!)。
通常ボルダリングは挑戦者が各自のレベルに応じたルートを選んで登ります。B-PUMP 荻窪店では常時130前後のルートが用意されています。宮澤店長によると、通常営業時とコンペ開催時ではルートを作る際の方向性が違うそうです。
「通常の営業では、練習しているうちに何かを身につけてもらいたいなっていう気持ちで作っています。テクニックや、ちょっとした重心の変化を『あ、こうすることでできたんだ!』という発見や気づきがあって上達してもらえるように作るんです」
大会を支えるルートセッター
レベルが上がってルートが難しくなると登り切る前に落ちてしまうことが多くなりますが、「その難しさの中でも、自分の身になるものを登れたときに得られるルートにしたい」と考えるのだとか。
「でもコンペの時は何かを得るというより、(それまでの練習で)何かを得ていなかったら、その課題を登るために必要なものがそろっていなかったら、落ちるように作るんですよね。感覚的な問題なのですが、通常営業では『どうやったら登れるかな?』と背中を押すつもりで作るのですが、コンペでは『どうやったら選手を落とせるかな? どうやったら強いヤツを決められるかな?』という風に考えるんです」
いつものボルダリングジムでみんなが楽しんで登るルート、コンペで真剣勝負が行われるルート、それぞれ作り手の狙いが変わっているのですね。ちなみにルートを作る(セットする)人たちは「ルートセッター」と呼ばれています。「セッター」と略されることも多いです。
コンペでは予選→準決勝→決勝とラウンドが進むにつれ、ルートも難しいものに変わっていきます。その都度ルートセッターがホールドを付け替え、新しいルートを用意。次のラウンドに進出した選手たちはこの付け替え作業を見ることはできませんが、観客たちは見ることができます。「次はどんなルートができるのかな?」とワクワクできる楽しい時間になります。
難易度はどうやって決めているの?
日本ではボルダリングの難易度(グレード)は1級が基準になっています。1級よりどれだけ優しいかによって2級→3級→4級と難易度が下がり、反対に難しくなると初段→二段→三段と難易度は上がっていきます。
B-PUMP 荻窪店では一番優しい難易度は8級(ピンク)、一番難しい難易度は二段(黄緑)で全部で10の難易度が設定されています。難易度の表記の仕方はフランス式や米国式などもあり、日本式より細分化されています。
興味深いのは難易度の設定方法に正確なルールはなく、ルートセッターの感覚によるということ。
「僕たちは“1級だったらこれぐらい”という基準を持っていて、2級だったらこれぐらいにしないとね、と設定します。それをチームで作って、登ってみます。チームで登ると(ルートセッターごとに)得意不得意もそれぞれあるので『これは優しく感じる』とか『これはちょっと難しい』など感想が出ます。腕のリーチの差もあるので、みんなの意見で擦り合わせていく感じですね」
ルートの作り方は人によって違います。インスピレーションを頼りにその場で作り上げていくアーティスティックな人がいれば、前日までにこういう課題だけは作りたいと練ってくる人も。コンペの場合は予選の結果も参考にするのだとか。
「予選の結果を見て、僕らの想定よりも選手たちが強いことがあります。それでは順位が決まらないからちょっとハードなルートにしたり、逆に難しすぎる場合も調整します。でも、それも想像の話なんです。実際にやってもらわないとわからないですから」
そういう状況でルートセッターの経験値が出てくるようです。選手たちの力量を見極め、どのようなルートにしたらいいのか想像することで、よりコンペの盛り上がりにつながっていきます。
日本のボルダリングが強いワケ
宮澤店長は今後B-PUMP 荻窪店で世界中のクライマーに声をかけた招待制のコンペをやってみたいと夢を描きます。
「世界中からクライマーとセッターを集めてみたいですね。日本人選手がこんなに強くなったのは、日本のセッターのおかげもあると思います。そう考えると日本人セッターが一番優秀なんじゃない?って思ったりするところもあるし(笑)。でも欧米のセッターも日本人の感性とは違う遊びココロがあったり、センスを感じますね」
ボルダリング大国として世界中から注目される日本で行われるコンペだったら、きっと海外の有力クライマーたちも喜んで参加してくれるのではないでしょうか。実現したらそれこそW杯レベルのコンペになります。また、日本代表選手招いて、一般の人も交えたトレーニングキャンプなどもやってみたいとのこと。
「お店を立ち上げるときに『国内有数の大きなコンペを定期的に開催できるように』というコンセプトにしました。それで奥の壁はあえてステージを一段上げて、コンペティションウォールと名付けて見栄えがするものに。W杯とかもステージの上でやっていますが、そういう壁があるジムってないなと思いました。でも一段上がることでハードルの高さも上がるんです。お客さん目線で考えたら『一段上がって人目につく壁で登るって見られてる感じがしてイヤだなあ』みたいなところもあるのですが、それが逆にあそこに登ってもらえるようになりたいなとか、あそこで登るの楽しいなと思ってもらえたいなという気持ちもあります」
予選・準決勝・決勝と2日間にわたり開催され、オンサイトベルトコンベア方式というほぼW杯と同じフォーマットを用いたADIDAS ROCKSTARS TOKYO 2017。3カテゴリーで合計50以上のルートが設けられ、宮澤店長も「アディダスの大会だったら絶対面白いよねと期待感を持ってもらいたかった。でも、この規模でやるのは大変でした」とホッと胸をなでおろしました。
大きなコンペが終わっても、「今後もとにかくクライミングで。とことんクライミングのことをしたいなと思いますね」とこれからもボルダリングにかける情熱は変わりません。2020年東京五輪で、今回活躍した若いアスリートたちが躍動するのが楽しみですね!
●B-PUMP 荻窪店
住所:東京都杉並区上荻1-10-12 荻窪東亜会館3F(JR荻窪駅から徒歩1分)
営業時間:12時~23時(平日)、10時~22時(土日)
●ADIDAS ROCKSTARS TOKYO 2017
7月15日・16日に開催。全3カテゴリーで193名が参加。優勝者にドイツ本戦への出場権が与えられるROCKSTARクラスは男子が楢崎智亜、女子が野口啓代が優勝した。本戦はシュツットガルトで9月15日・16日に行われ、男子は楢崎が二連覇を達成した。