Newman ”JULIA": オーウェルの顔を長靴で踏みにじる粗悪なフェミ二次創作

Executive Summary

オーウェル『一九八四』をジュリアの視点から語り直した、フェミ版『一九八四』というふれこみで出てきた小説だが、その中身はというと、実はジュリアは体制側のスパイで、下々の男たちはみんな、ジュリアにハニーポットで陥れられただけのバカでした、というもの。『一九八四』はすべて、彼女の仕組んだ猿芝居でしかなかったという原作軽侮の極致。その彼女も裏切られて愛情省で拷問を受けるが、最後にネズミを食いちぎって男との格の差を示し、ビッグ・ブラザーへの憎悪を確信して、反乱軍を(一瞬で)見つけ出して囚われのビッグ・ブラザーと対面し、総攻撃に向かう。『一九八四』の世界やイデオロギー観に何も付け加えないどころか、女子をかっこよく描くためにむしろ退行した、原作に対する冒涜でしかなく三流フェミ二次創作。


Newman ”JULIA": オーウェルの顔を長靴で踏みにじる粗悪なフェミ二次創作

オーウェル『一九八四』拙訳が、そろそろ出るんですが~

まあ解説書いたりする関連で、いくつか『一九八四』やオーウェル関連本に目を通した。その中に、つい最近出た、ジュリアの視点から『一九八四』を語り直した小説、なるものがあって、解説書いた時点ではそういうのもありかねー、と思ったけど未読だった。で、図書館にあったので、座興で読んで見るかと、手に取った。

ひどかった。オーウェルが墓の中で紅茶吹きそうなほどひどい。まあ、まずはあらすじ読んでよ。

あらすじ (完全ネタバレです)

ジュリア・ワージングちゃんて(そう、オーウェルは彼女に姓さえ与えなかった!差別だ!)は真実省の創作部で働くけなげなメカニックの女の子。彼女もずっとオブライエンをなぜか信奉してる。

さて『一九八四』の世界は当然ながら女子にもきついもので、セクハラ、強姦、寮に住む仲間の女子の堕胎と嬰児遺棄などの女性ならではのひどい環境に暮らしている。で、日々の抑圧の中で自由な世界を夢見て、反体制っぽい感じの男と逢瀬を楽しんできて、たぶんオブライエンになんか惹かれるのもそんなのかも。最近では同じ真実省の記録部のウィンストン・スミスを落としてみたところ。

ところがある日、そのオブライエンの自宅に一人で呼ばれる。そして君は見所がある、思考警察になりなさい、反体制っぽい男を見つけてどんどんたらし込む腕はたいしたもんだ、ビッグブラザーのために働きなさい、そういうけしからん男どもをどんどんわしらのところにつれてきなさい、これで君も党の上層部だ! と言われる。

彼女は、はい承知とその仕事に乗り出す。『一九八四』で最後に愛情省にいたウィンストンの同僚ーーサイムもアンプルフォースも、パーソンズも、全員ジュリアにたらし込まれて愛情省送りになった。パーソンズは実はただの馬鹿で反体制なところは何もなかったけど、ジュリアが「打倒ビッグブラザー!」って言われるとあたしイっちゃうわー、と仕込んだので寝言でそれをいうようになっちゃって、それで殺されたんだって(ひどい)。

ウィンストンとの『一九八四』に描かれたやりとりも、すべてやらせの仕込み。チャリントンさんともツーカーで、おめでたいウィンストンを二人であざ笑いながらはめていく。男ってばかねー。『一九八四』読んで、けなげで馬鹿なジュリアに喜んでた男読者は単純なアホねー。ウィンストンが政治とかの話をするとすぐ寝るのは、別にバカで理解できないからではない。彼女はもちろんゴールドスタインの本の中身なんかとっくに知っていて、飽き飽きしてるから寝ちゃうだけなのよ。それを無学の証拠だと思ってるウィンストンも読者も、ホンッとおめでたいわ。女子のほうが男より賢いんだよ!

一方、党の方針で、何やらビッグブラザーの精子で人工授精との話がきて、それを受けて妊娠 (ここに少し工作はあるが)。でも最後、ウィンストンがつかまるところで、自分は体制側だから無罪放免……と思ったら愛情省につれていかれて拷問される。実は、彼女は思考警察なんかではなく、真実省内部の創作部と記録部との勢力争いに利用されただけだったんだって。(記録部のやつらを全部ジュリアが陥れたら部がお取り潰しになるから、創作部がそこを乗っ取れるんだって……やってる仕事が全然ちがうと思うんだが。おまえ何も考えてないだろ)

で、最後に101号室にやられて、ウィンストンの醜態を見たあとで自分も同じ目にあわされる……んだが、女子は機知に富んでいるので、ネズミを自分の口におびき寄せて食い殺して危機を逃れる! 女子すげえ! すぐにジュリアを売り渡したダメなウィンストンなんかとちがうよね!

そして釈放されたあと、ウィンストンに会ったら、こっちの身体しか見てないゲスなヤツなのが丸わかりだったけど、まあかわいそうなんで、みんな裏切るもんだから気にしなくていいよー、と言ってウィンストンを救ってやる(女子は度量も広いのだ!)。で、強いジュリアは、BBに屈した軟弱なウィンストンとはちがい、自分がいかにビッグブラザーを憎んでいるかを認識し、その打倒を誓うのだ!

で、そのために友愛団に入ろうと思って、ロンドンからちょろっと郊外にいくと、なんと自由人友愛団の本拠があった! (あるなよ。なんでそんなものがそう簡単に見つかるんだよ! ちなみにその探索20ページ) 実はすでに友愛団は一大軍勢となってロンドンを完全に包囲していた!(するなよ! そんな大都市の包囲がそう簡単にいくと思ってンのか!) あと数日で完全攻勢画始まるの! その友愛団の世界は女性が尊重されつつも平等で、お風呂も物資もなんでもあるすばらしいユートピアだった!(水道とか物流とか何も考えずに妄想ふりまくなよ!) ちなみに、作者はお風呂になにやらえらくご執心で、泡風呂がいかにすごいものかについて延々と語る。そしてそこでは女もプロレも平等に扱われるのよ! そしてビッグ・ブラザーもすでに捕虜にしていた! 彼の本名はハンフリー・ピーズというんだ! そしてジュリアは、とらえられたBBに会うが、ただの情けないデブだった!(ビッグ・ブラザー個人をどうこうしたって関係ないじゃん。それが『一九八四』のポイントだろうに。しかも、それが本物のビッグ・ブラザーだと示すものは、状況証拠も含め一切なし)

そしてその友愛団本拠には、お互いに恋慕の情を抱いたかつてのルームメイトが!(そう、もちろんジュリアはフェミのレズビアンなんですねー)。彼女との新たな生活を夢見つつ、ジュリアは任務で必要なら殺すしサボタージュもするし拷問もするし、というオブライエンの友愛団/テロリストの誓いを改めて唱えるのでした。(友愛団見つかってからわずか30ページで終わる。何のチェックもなく受け入れてもらえ、イケメン2人がなぜかジュリアを下にも置かぬ丁重な扱いで何から何までペラペラしゃべりまくるだけ。説明ネームにもほどがあるだろ。小説じゃねえよ、こんなの)。おしまい。

感想

『一九八四』を女の視点から~というのは、まああるでしょ。でもそれは、その視点が『一九八四』の世界に何か付け加えるものがある場合にのみ意味がある。

ところがこれは、『一九八四』では女子が活躍せず、ジュリアが脇役なのが気に食わないので、主役にしてみました、というだけ。それで『一九八四』の世界について何か新しいものが見えるかというと、何もない。だれも『一九八四』の世界が女性に優しい社会とは思ってないよ。そしてその女性の苦労は、どれ一つとして『一九八四』の世界固有のものではない。

そしてジュリアを活躍させるために、実は『一九八四』はほぼすべてジュリアが仕組んで彼女の手のひらのなかでウィンストンが踊っているだけ、という、女子上げのために原作をおとしめるという、情けないことをこの小説はやってる。

『スター・ウォーズ』でも『力の指輪』でも、シー・ハルクでもゴーストバスターズでもいいや。できあい作品をもってきて、女子の主人公を据えて、それが何でもできて強くて賢くてすべてを仕切ってて、原作で活躍した男たちは実はみんな馬鹿で弱くて無能で、と改変するものが最近やたらに出てきたけど、この小説もその一つではある。女は、賢く、上から目線で、強く、狡智に富み、臨機応変で強く、それが最後にビッグ・ブラザーを倒す(のではなく、他人がすべてお膳立てしてくれて捕まったビッグ・ブラザーに会って気分的にマウントを取る)! それがくだらないヒーロー妄想でなくて何なの?

そしてこうした作品の常として、この小説も、ジュリアが強く賢くかっこよくなればいいだけなので、その背景となる世界の作り込みは呆れるほど浅い。オーウェルの書いたものがベースにあった最初の350ページは、それでもよかった。でもそこから彼女が、友愛団を見つけ出して、それについてひたすら口頭説明が続くあたりの薄っぺらさは何もない。友愛団はどうやって成立して、どんな具合になってるの? どこから資金や武力支援受けているの? 自由がいいです、というイデオロギー以外に何があるの? たいがいの独裁国は民主で自由を名乗る。ここはどこがちがうの?一応軍隊のはずだけどその指揮系統は?何もなし。

そんな具合だから、思想的にも大したものはない。女は虐げられているけど実はすごいんだぞ、というのさえ言えればいいんだけれど、すごくなるために何をした? 何もない。いきなり何でもできるようになるだけ。(この手のでよくあるのは、男性の抑圧の下で苦労してきたからそれですでに鍛えられているのだ、とかいうおめでたい妄想だが、それすらない)

そしてこれまたその手の作品すべてに共通することとして、すべて台詞で説明するしかできず、場面で見せられない。ラノベですね。そして、最後収拾がつかなくなって(いやそれまでも)、あぜんとするほどご都合主義のおとぎ話。いろんな人が特に意味なく背景説明を独白したり雑談したりというひどいざま。そしてこんなラストならそもそも『一九八四』の問題意識とか、何も関係ないじゃん。やー、ビッグ・ブラザーつかまえちゃったーって、おまえふざけるんじゃないよ。さらにその体制打倒に向けた活動で、ジュリア自身は何もしないじゃん。最後の出来合の勝ち組にすり寄って、口だけ勇ましいこと言ってみせるだけ。

せめて、実はオブライエンがすべてを操るラスボスのビッグ・ブラザー (かそれを操る役)で、それをジュリアが最後にガン・カタで倒すくらいのサービスがあればまだ許せたかもしれないけど。


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そこまでしなくても、ハッピーエンドにするなら、原作の党のイデオロギーにどう応えるのかは必要でしょう。せめてビッグ・ブラザーとイデオロギー対決くらいはしてよ。「あたしは嫌いだ、好き勝手したい」——本書はそれだけ。そしてそう思ったら、だれか他の人が面倒な仕事をやってくれました——そんなムシのいい話があるかい。

お話も書きぶりも、原作あるからそのチェックリストをなんとか埋めてそこに自分の妄想からめた、ファン二次創作の域を出ない。そして最後の、殺すし破壊するし子どもも犠牲にすると平然と誓ってみせるあたりで顕著だけれど、それを宣言して後でお前も残虐さの点で党と同じ穴のムジナだ、と逆手に取られたウィンストンとはちがって、女は覚悟を決めるぜ、度胸と根性があるぜ、みたいなことを言いたいわけ? そこも、基本的に『一九八四』の言ってること、何もわかってないよな。そういう変なテロ妄想は何の役にもたたない、というのが『一九八四』のメッセージの一つだと思うが、なに、そういう変な英雄妄想をあんたは肯定するわけ? 全体に、『一九八四』がそもそも何もわかってないとしか思えないわ。

というわけで、一九八四新訳の解説で軽く言及したのさえ後悔するひどい代物。まさか邦訳されたりしないだろうね(でも物好きな版元があるなら、思いっきり嫌味な解説書いて良ければやりますよ)。手に取ってはいけない精神汚染作品です。原作読んでね。