セミョーノヴァ『ロシアの宇宙精神』:変態だー!! 「屍者の帝国」ディープな読者必読!

ロシアの宇宙精神

ロシアの宇宙精神

「屍者の帝国」で、カラマーゾフ兄弟のところにいったワトソンが、カラマーゾフの師匠筋のフョードロフの話をきかされて、なぜゾンビ軍団を作らねばならないかという説明で全死者の復活がどうしたこうした、という話をされる部分がある。

ぼくは教養人なのであの本に出てくるネタはだいたいわかるのだが、このフョードロフねたは知らなかったので、ちょっと悔しかったのと、あと別方向で見ていた「ロシア宇宙開発史」にちょっと出てきたソロヴィヨフがこのフョードロフの弟子筋だという話を知ったのと、ついでにいま作業がほぼ終わりかかっているロシア革命関連の話で出てくるボグダーノフが、なんかこの系譜に連なるとかなんとかで、このフョードロフがらみの話に興味を覚えたのだった。ぼくの経験では、まったく関係ない別個のものだと思っていた関心事にまったく予想外の関連性が見つかったとき、それはたいがいかなり面白いネタとなる。

というわけで、まず入門としてこの『ロシア宇宙精神』を読んで見た。これは、編者セミョノーヴァによるロシア宇宙精神論(コスミズム)の系譜に関する非常に長い解説(本全体の半分弱)と、いくつか主要論者の論文を収録したものなんだが……

いやあ、読んで一言!


すごい。正真正銘の気狂いの連鎖。

基本的な発想は、ティヤール・ド・シャルダンの物質圏、生物圏、精神圏みたいな世界全体の発達とその頂点にいて神に向かう人類の運命みたいな話で、いまや人間は生物的な制約から解放されて純粋精神みたいなものに達し、それにより宇宙全体の宿命を成就する役割を担わされているのであり、それを実現することで生物の限界である死をも乗り越える!

そして、「屍者の帝国」に出てくる、死者全員の(屍者としての)復活というのも、伊藤/円城の奇想かと思っていたらちがう! フョードロフって人はまさに、これを主張している。自分だけが不死になるだけじゃだめなのね。それにより、これまで生きたあらゆる人が復活しなくてはならない! (ここらへんの理屈は発狂しすぎていてこんなところでは紹介しきれない)

そのついでに、この系統の別の人は、人間が他の生物を殺して喰っているのは人間が他の生物に依存した低劣な状態にあるからだと述べていて、それを克服するには、人類も植物と同じように光合成してそこらの鉱物吸収しつつ完全に自立した存在とならなくてはいけなくてとかなんとか。

そしてそっから、愛の役割とか(といっても、これだけ見てそれがどんな理屈か想像できるやつは絶対いない)、もちろん宇宙への脱出の役割とかあれとかこれとか。こんな妄想をくり広げていた人々がいたとは。

これ、本当なら、荒俣宏が『理科系の文学史』の続きを書いて、是非とも紹介してほしいところ。正直いって、朝日新聞でも『屍者の帝国』は荒俣宏に書評を書いてほしかったなあ、という気はする(川端さんも読める書評は書いてくれると思うけど)。

とにかくめちゃくちゃな「思想」が一貫性を持ってひたすら展開されていて、読んでいてめまいがするは笑い出すは目をむくわ。原著は、こうしたキチガイたちの論文を12人分まとめて紹介していたんだけれど、邦訳では有名どころ6人に限ってしまっているのが実に惜しい。全部読みたい!

「屍者の帝国」読んで、ネタもと(それも単に出てくる名前の紹介だけじゃなくて思想面に踏み込んだネタもと)を知りたい人は是非。この後、「屍者の帝国」参考文献にも出てきたフョードロフ伝も読むが、まずはこれでいいんじゃないかと。ついでにおそらく、これもおもしろいはず。こういう新しいネタが芋づる式に出てくると嬉しいなあ。

ボリシェヴィズムと“新しい人間”―20世紀ロシアの宇宙進化論

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