「日本政府は対外戦略がなさすぎる」　中国出身エコノミスト・柯隆が指摘

実質的でない威圧、背景に中国経済の低迷

──中国はこれまでに、日本以外にも多くの国に経済的威圧を加えてきました。今回、中国がおこなっている日本に対する威圧は、他国のケースとは異なりますか？

日中の経済的な相互依存度が他国に比べて高いこと、そして今回の措置による実害が「必ずしも大きくない」という点において異なります。

相互依存度が高いことは自明かと思います。実質的な影響がでる分野の代表格として挙げられるインバウンドについてですが、今年の10月までに訪日した外国人約3500万人のうち、中国本土からの渡航者はどんなに多く見積もっても800万人を超えませんので、大きな実害が出ているとは言い難いです。

水産品の輸入規制については、輸出先を中国以外の国に分散している日本企業も多くあり、全体として見ればそれほど影響は大きくないと言えます。日本の大学などに多く在籍している中国人留学生については、中国政府の渡航自粛要請には従わないと思われます。中国の失業率は非常に高い一方で、日本は人手不足で引く手あまたな状況ですから。

カナダ、オーストラリアへの制裁措置では、中国国内でそれぞれの国籍を持つ人が逮捕されました。相手国の人を人質にとる、これが最も効果の高い威圧なわけですが、今回はやっていません。現状のところ、本質的な制裁はおこなわれていないのが実態です。

背景にあるのは、中国経済の低迷です。ポケットに手を突っ込んで対応したことで話題になった劉勁局長は、あのあと大連の日本企業に視察に行き、「安心して事業を」と伝達したことが報道されています。日本企業が中国から撤退してしまうことを懸念しているのです。

総合的に見て、今回の中国側からの制裁措置の影響は日本経済全体にとって大きくはありません。それをさも大変な事のように伝えたり、必要以上に騒ぐメディアには強い違和感を覚えます。今は、大騒ぎせずに「嵐が過ぎ去るまで待つ」のが一番です。

──中国国内において、2012年の尖閣国有化の際に見られたような大規模な反日デモや不買運動に発展する可能性はありますか？

今の中国には、大衆を扇動したりコントロールする体力などないのが実情ではないでしょうか。反日デモの勢いが政府側に跳ね返ってくる危険もあります。中国の失業率は高く、格差拡大に直結しやすい。格差が拡大すれば、たまったガスが爆発するようにデモや反体制運動が一斉に起きてしまう可能性が高まります。

過激な言葉の裏にある、中国共産党の誤算

──そうはいっても、中国側はかなり過激な言葉で日本側をあおるコメントを繰り返しています。実際の措置とは乖離があるということですが、なぜですか？

まず、中国には「保守」という言葉の意味が浸透していないため、高市首相は「右翼」と表現されています。また、日本に対しては「小国のくせに中国を侵略した」と下に見ています。すると、今回の高市首相の答弁は「小国・日本で首相になったばかりの右翼の女性が、中国共産党のメンツをつぶしにきた」と解釈されます。

高市首相は就任前にも台湾を訪問するなど、歴代首相に見られたような中国側への忖度がありません。「ここで釘を刺さないと、何をされるかわからない」と思ったのでしょう。日本人が否定的なことを相手に言う際、幾分トーンを下げて指摘するように、中国人は否定的なことを実際よりも強いトーンで表現する文化を持ちます。「強く言わないと相手を抑えられない」と思って、ああいう過激な表現になっているのでしょう。

ただ、習近平国家主席の本音としては、高市首相を「潰したい、ノックアウトしたい」と思っているはずです。

──しかし、そうした言葉を公的に発するのは国際社会において評価されません。中国ほどの国が、その情報を認識していないとは思えませんが？

情報があっても、それを適切に処理する能力がありません。中国政府には「聞きたいことしか聞かない」 「上に忖度して同じ情報しか上げない」という傾向があります。そのため、正しい情報が上がってこず、間違った戦略を描いてしまうのです。

たとえば、今回中国は強い言葉で日本の世論を分断しにかかりました。ですが、そうやって強く攻撃するほど高市首相の支持率が上がり、長期政権になる可能性が高まりました。なぜこんな皮肉なことが起きたかというと、彼らが民主的な社会や選挙を知らないからです。

民主的な社会というのは、公平な選挙があり、自分と異なる人の意見を聞き入れます。そういう経験がないから、戦略が間違っていることに気付けないのです。

戦略のない日本、情報発信と外交努力が急務

── 一部の海外報道では、中国の経済的威圧の手法がより国際化されてきたと指摘するものもあります。実際、今回中国は国連へ文書を送付したり、欧州諸国に支持を呼び掛けたりして、一定の変化があるようにも見えます。注意が必要でしょうか？

仮にそうだったとしても、国連は国際的影響力を減少させていますし、西側諸国が中国を支持するメッセージを出すとは考えにくいです。注意すべきなのはむしろ、日本側が多言語で自国の方針や事実関係を発信せず、海外に対して積極的なアプローチをしていないことです。

世界から見ると、日本政府がいったい何を考えているのかさっぱりわからないという状況が発生しています。私には、官邸側が情報発信の重要性を軽視しているとしか思えません。

日本政府は、中国語、イスラム語、ドイツ語、フランス語など、ありとあらゆる言葉で自国の方針を発信すべきです。「働いて働いて……」と言っている高市首相が100人分働いたって、結局1人です。この事態に、プランBプランCと次々に戦略が繰り出せていないのは、落ち度としか言えません。

中国は最近、グローバルサウス（南半球の新興国を指す）への働きかけを強めています。これは中国の「一帯一路」構想の一環ですが、情報戦や外交手段として正しい方法です。国際社会において、1票の差は大きく働きます。グローバルサウスの国々が中国からの経済支援を目的に中国側を支持するという筋書きは充分あり得ます。欧州については、中国の王毅外相が直々に訪問して中国支持を呼び掛けたりしています。

対して、日本は何もしていないとは言いすぎですが、いったい何をしているのでしょうか。