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アリゾナ・デイリー・スター(米国)

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Text by Bill Finley

外国語を話すことができるからといって、その人がその言語を母国語へきちんと置き換えることができるとは限らない。とくに文芸翻訳においては、単なる語学力だけでなく、その国の文化に対する知識も必要となってくる。だから文芸翻訳者はどの作家の作品であっても、複雑な職人技を必要とされるわけだが、それが村上春樹の作品となればなおさらだ。村上作品の英語翻訳を手がけるフィリップ・ガブリエルに翻訳の裏話を聞いた。

2021年4月、フィリップ・ガブリエルの新しい翻訳本が、英語圏で広く話題をさらった。発表から一週間も経たずして、同書は米「ニューヨーク・タイムズ」紙のベストセラーリストで11位に浮上した。だが、もしニューヨークやロンドンの豪勢なレセプションを回って彼の姿を探そうとするなら、それは間違っている。

ガブリエルはアリゾナ州ツーソンで、およそ40年間続けてきたことを粛々と進めている。彼は、アリゾナ大学で日本文学を教えているのだ。

「たしか『ジャパン・タイムズ』紙のインタビューなら受けたことはあります。でも、電話が鳴りやまないということはありませんよ」

ガブリエルはそう言って笑う。

これが、文芸翻訳者の日常だ。たとえ翻訳を担当している作家がかの文学界のスーパースター、日本の村上春樹であったとしても。

村上の最新短篇集『一人称単数』は、2020年夏に日本で出版された。待ち望まれた英語版は、ガブリエルによる翻訳で今年4月6日に発行された。

本書の成功ぶりを見れば、ガブリエルの助けを借りるまでもなく村上は「So far, so good(今のところ順調)」というところかもしれない。


国際的な作家にとって、文芸翻訳者の存在が非常に重要であるという事実を読者は見逃しがちだ。優れた翻訳は、原書が持つ力強さ、微妙な陰影、そして感情のパンチをそのまま届ける。

村上ほど、翻訳者による恩恵を享受している作家はいないだろう。というのも、彼が世界屈指のベストセラー作家であるのは、彼の作品が50以上の言語で読まれているからだ。そして村上も、自身の成功の大部分が、少数精鋭の協力者たちのおかげであることを認めている。彼らのおかげで、翻訳を経ても失われる要素がない、ということに確信を持つことができるからだ。

『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』など、ハルキ作品の英訳を手がけたフィリップ・ガブリエル
Courtesy of Philip Gabriel


日本の小説に魅了されて


1990年代初頭から村上の翻訳を請け負ってきたガブリエルは、彼の作品における2人の英訳者のうちの一人となった。

フォートオードの軍人一家に生まれたガブリエルにとって、英語が母語であり、日本語は第4または第5の言語に当たる。ガブリエルはこう説明する。

「子供の頃、ウェストポイントで継父がロシア語、中国語、ドイツ語を教えてくれました。私の家庭は、多言語を話す人たちに常に囲まれていたんです。その影響を受けて、私は言語学習に興味を持ちました。私はロシア語に挑戦し、中国語に転向し、そして大学では日本の小説を愛読するようになりました。そしてすっかり魅了され、原語で読んでみたいと思ったのです」

彼は日本で教職を手にし、日本語を話せるようになった。そしてついに、日本人とアメリカ人の教師から成る小さな勉強会を通して翻訳に出会った。

「私たちは毎週集まって英訳と比較しながら、日本語の物語を原語で一行一行読み通しました」と、ガブリエルは振り返る。

「各々が個人的に翻訳しはじめたんです。そして私は、自分にはこれが将来的にできるのではないかと思ったのです」
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