Photo: Toru Hanai / Bloomberg / Getty Images

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ワシントン・ポスト(米国)

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Text by Sally Jenkins

米有力紙「ワシントン・ポスト」が東京オリンピックの開催について、日本政府に中止を促す記事を掲載した。執筆したのはサリー・ジェンキンス。スポーツジャーナリストとして数々の賞を受賞するなど、スポーツを愛する書き手の一人だ。

すでに記事の内容の一部は「ぼったくり男爵」というキャッチーな肩書きとともに日本でも報じられているが、世界に向けて発信された記事の全訳をここに掲載する。
※ クーリエ・ジャポンはワシントン・ポストと契約を交わしており、同紙の記事を頻繁に掲載しています。過去の一覧はこちら。

国際オリンピック委員会(IOC)のフォン・ボッタクリ男爵と金ぴかイカサマ師たちの間では、いつの間にやら、日本を自分たちの足置き台として使おうということで決まっていたようだ。

だが、日本は五輪開催に同意したとき、主権まで放棄したわけではない。東京での夏季五輪開催が国益を脅かすのなら、日本の指導者たちはIOCに対し、略奪はよその公国へ行ってしてくれと言うべきである。

中止はつらい。だが、それが弊風を正すことにもなるのである。

フォン・ボッタクリ男爵、別名トーマス・バッハIOC会長とそのお供の者たちには悪癖がある。それは自分たちをもてなすホストに大散財をさせることだ。まるで王族が地方にお出ましになったとき、そこの小麦が食べ尽くされ、あとに残るのが刈り株だけになるときのような話だ。

日本国民の72%が、このパンデミックの真っ只中に国外から1万5000人のアスリートや五輪関係者をもてなすのは嫌であり、乗り気になれないと言っているのだ。それなのに五輪マスト・ゴー・オンと横柄に言い張れるIOCの神経はいったいどうなっているのか。

その答えは、IOCの権力の源泉であるオリンピックの開催都市契約にある。これはIOCがいかに高圧的な組織であり、なぜ五輪開催都市が深刻な負債を抱えることになるのかを明らかにする文書である。

そこでは「医療サービス」に7ページが割かれており、開催国は五輪関係者として資格認定を受けた人全員に対し、「無料」で医療を提供しなければならないとされている。現地の病院に五輪関係者専用の病室を用意することもそこには含まれる。東京の組織委員会によれば、IOCの要求に応じるために約1万人の医療スタッフを振り向けなければならないという。

先週は8人の聖火リレー関係者の新型コロナウイルス感染が判明した。全員マスクを着用していたという。日本国内のワクチン接種率は2%に達していない。日本医療労働組合連合会(医労連)書記長の森田進が、医療資源が大きく目減りする見通しに憤慨したのも無理はない。

森田は談話でこう述べている。

「患者と看護師のいのちや健康を犠牲にしてまでオリンピック開催に固執しなければならないのかと、強い憤りを感じる」


もし日本が大会中止を決定したら


日本の指導者たちがすべきなのは損切り、しかもいますぐの損切りである。

残り11週間のいま、この取引の残りの部分からさっぱり手を引くべきなのだ。オリンピックの費用は非合理的に膨れ上がるのが常だ。そのせいで非合理的な決定が出てきてしまう。

世界的なパンデミックの最中に国際的メガイベントを開催するのは非合理的な決定なのである。損を取り戻そうとして損の上塗りをするのも同じくらい非合理的である。

いまのこの段階で夏季五輪の決行を考える人がいるとしたら、その主要な動機は「お金」である。

たしかに日本は五輪開催のためにすでに約250億ドルを投じてきた。だが、国外から来る1万5000人をバブル方式で外部との接触を遮断するとしたら、その追加費用はどれくらいになるのだろうか。

加えて毎日の検査実施などの一連の規程もある。警備も実施しなければならず、輸送や大会運営に関連する巨額費用も出てくる。大きな災害が発生してしまったときのコストはどうするのか。

ここで仮に日本が契約を破ったと想定してみよう。

そのときIOCは何をするのだろうか。訴訟を起こすのだろうか。しかし、そのときはどの裁判所に訴えるのか。そもそもこれはどの裁判所の管轄なのか。パンデミックのストレスと苦しみにあえぐ国で五輪を断行しようとしているのだ。そんな訴訟を起こしたとき、IOCの評判はどうなるのだろうか。

日本の指導者たちは、自分たちが思っているよりも状況を動かせる力を持っているのだ。少なくとも大会の規模縮小や再延期など最大限の譲歩をIOCから引き出し、開催国を守る形での五輪開催ができるはずである。

オリンピックは前々から深刻な病弊を抱えており、いまの東京の窮状も、その病弊の表れと言っていい。五輪は、関係者全員を痛みと疲労の極限まで追い込むイベントと化しており、そんな条件で五輪を開催したがる国は減る一方だ。

強欲と法外なコストのせいで、五輪は開催国にとって重大災害と同じくらいの負担を強いられるイベントになっているのだ。2020年9月に出たオックスフォード大学のビジネススクールの論文によると、IOCは五輪開催のリスクとコストについて「間違った印象を与える」説明を一貫して繰り返してきたという。

具体例を挙げよう。IOCによれば、不測の事態に備えて約9.1%の予算超過を事前に想定しておけば充分なのだという。

では、実際の夏季五輪の平均予算超過率はどれくらいなのか。答えは213%である。

IOCがこうしたリスクを過小に見積もるのには理由がある。IOCによる略奪を見せつけられてしまったせいで、IOCと関わろうと考える国が減ってきているのだ。


オリンピックの予算超過は構造的な問題


IOCが過剰を奨励するのは意図的だ。凝りに凝った施設やイベントを義務付けるのは収入のためだ。その収入の多くがIOCに入り、コストのほうは丸ごと開催国にダンピングされる。資金繰りも開催国がすべてを担う。

IOCは大会のサイズとデザインの水準を設定し、開催国に、どんどん向こう見ずに大金を投じるように求める。その一方でライセンスの利益や放映権料はしっかり握って手放さない。東京五輪の当初予算は70億ドルだった。いまはその4倍だ。

前述のオックスフォード大学の論文『テール(すそ)への回帰──オリンピックの費用が法外に膨らむ理由』で著者のベント・フリウビヤ、アレクサンダー・ビュジエル、ダニエル・ランの3人が指摘しているのは、コストが法外に膨らむという点では、五輪が地球上のどの国家的建設プロジェクトと比べても断トツだということだ。巨大ダムやトンネルの掘削も上回る。

五輪は複雑さも経費も膨れ上がる一方であり、計画期間も長期に及ぶ(7~11年)。そのため、インフレやテロの脅威、「丸々と太った巨大ブラックスワンの飛来に見舞われるリスク」などの影響も被りかねない不確実性が多いプロジェクトなのだ。

2016年のリオ五輪は、ブラジルの経済が激しく落ち込むなか開催され、当初予算を352%超過した。こうした予算超過は「構造的」なものであり、断じて偶発事象ではない。

論文にはこう書かれている。

「IOCが不測の事態に備えるのに9.1%で充分だと言うとき、IOCは実際の費用のリスクに関して大きな思い違いをしているのか、それとも不都合な事実を見て見ぬふりをしているかのいずれかである。どちらの場合でも、開催都市や開催国は間違った印象を抱くように仕向けられている」


日本の政治家は国民のために最善の決定を


いまやIOCと関わろうとする政府の指導者は、ウラジーミル・プーチンや習近平などの暴漢的な支配者だけだと言ってもいい。そんな状況になってしまったのは、これらの理由があったからだ。

プーチンや習近平のような支配者なら、威信を高めるために、労働を強制できるし、お金も無尽蔵につぎ込める。だが、そのような国々を除けば、開催に立候補するところはこの20年でどんどん減っている。

IOCに対して賢明にも「ノー」を言った都市にはバルセロナ、ボストン、ブダペスト、ダボス、ハンブルク、クラクフ、ミュンヘン、オスロ、ローマ、ストックホルム、トロントが挙げられる。2028年の五輪開催でIOCから大きな譲歩を勝ち取ったロサンゼルス市長エリック・ガーセッティはこう言っている。

「(都市の多くは)適正なモデルを見つけない限り、オリンピック開催を絶対に承諾しません」

あの男爵たちの暴飲暴食が、こういう事態を招いたのである。

こうしたことすべては、日本の指導者たちが、自分たちと自国民のために最善の決定をするのを後押しするに違いない。五輪が国際観光収入をもたらすとそれなりに納得できた頃なら、もしかしたら出費の一部は正当化できたかもしれない。だが、いまや日本国民が負担するコストは、単に金銭的なものだけでなくなっている。

IOCはインチキ公国だ。気取って壮大絢爛を売り歩く者たちのための腐敗しがちな金銭の受け皿だ。

そのことを思い返すのに相応しい時と場所があるとすれば、それはいましかない。IOCに本当の権力はなく、あるのは参加各国から一時的に託された権力のみだ。

日本はIOCに何の借りもない。中止は痛みをともなうだろう。だが、それは弊風の一掃にもなるのである。

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