chocoxinaのover140

ハンドルは「ちょこざいな」と読ませている

【落ちのない話】つまんねえ奴になりたい

学生のころ、マイナージャンルの打ち込み音楽を作っていた。
マイナージャンルというのは当然狭い界隈なので、そこでは大なり小なりやっかみ、批評、非難、陰口その他もろもろが繰り広げられていたのだが、その中でもどうしても許せなかった言い回しがある。

「あのDJは兼業だからサウンドに面白みがない」「あのトラックメーカーは彼女ができてからつまらなくなった」というようなものだ。
幸か不幸か、自分がそういったたぐいの批判にさらされることはなかったが、それでも誰かがこんな風に言及されているのを聞くたびに歯噛みする気持ちだった。

彼らは、お前たちを面白がらせるために人生を生きているわけではない、と言ってやりたかった。

あるDJが仕事を持って、その結果プレイが少し凡庸になったなら、彼はきっとレアグルーヴを掘るよりも大切なことを見つけたのだ。
あるトラックメーカーに彼女ができて、その結果ロクに作品を作らなくなったなら、きっと彼はもう我々なんかにちやほやされる必要がなくなったのだ。
それだけのことを悪しざまに述べて、まるで彼らが幸せになったことで人間としての価値を落としたかのように責めるのは、聞いていて我慢ならなかったのだ。

繰り返しになるが、自分は幸か不幸か、そういった類の批判にさらされることはなかった。
それはchocoxinaというトラックメーカーがそもそも注目されていなかったおかげでもあるし、chocoxinaの身に明かな幸福が及ばなかったおかげでもある。
自分の学生時代は決して幸福に満ちたものではなかったが、だからといって作ったトラックに特別の魅力がこもってくれたためしは無かった。
自分は今でもごくたまに音楽を作るし、ちょっとした書き物(うんとよく言えば表現活動だ)を仕事にしているから、もし今自分に何らかの大きな幸せが転がり込んできたら、そういった表現物は今よりも更につまらないものになるだろう。

それでも、自分はつまらない人間になりたいと思う。

自分の身に起きた幸福を花に喩え、幸福をもたらしてくれた何かを太陽に喩えてはばからない詩人になりたい。
安物のギターを買って、てらいのないコード進行と耳慣れた言葉で人生のすばらしさを歌い上げる歌手になりたい。
仕事中、ある不運な人の半生について原稿を書いて、その筆の乗りようを職場の先輩に褒められながら、そんなことばかり考えている。