村上春樹が質問に応えてくれる、新潮社運営・はてな協力の特設サイト「村上さんのところ」を覚えているだろうか。更新を毎日楽しみにしていた人、ステキな体験として未だに記憶している人も多いはず。そのアートディレクションを手がけたのが種村司さんだ。彼と一緒に「デザインにとって本当に大切なこと」を考えた。
小説家の村上春樹さんが読者の質問にとにかく答えまくった新潮社運営・はてな協力の特設サイト「村上さんのところ」。質問の受付期間は17日だったにも関わらず、寄せられた質問総数は37,465通(村上さんはすべてに目を通し、そのうちの3,331通に返信)。PVは、公開日数119日でなんと1億を超えた。
その後、書籍化・電子書籍化が決定。村上さんと質問者とのやり取りを、既存の村上ファンをはじめ多くのネットユーザーが楽しんだ結果となった。このWebサイトのアートディレクションを手がけたのが、はてなの種村司さん(はてなID id:tanemu)だ。
種村さんは、学生時代(90年代)からHTMLを書いてWebサイトをつくったり、バイトで「インターネット放送局」のVJとして映像配信に関わったり、新サービスと聞けば片端から試してみたり……という生粋の”インターネット大好き人間”。その後、Web制作会社やフリーランスを経て、日本デザインセンター、そしてはてなへ入社したという異色の経歴の持ち主だ。
種村さんのキャリアを語るうえで欠かせないのが、フリーランス時代。多いときで10案件くらいが並行して進行するという過酷な状況だったという。しかし、当時の経験があるからこそ今の種村さんがあるそうだ。果たしてそれはどういうことなのか。種村さんのキャリア、そして「村上さんのところ」のデザインの背景に迫ってみたい。
― まず種村さん自身のキャリアのお話を聞かせてください。特にフリーランス時代はかなり大変だったとか…。
はい、死ぬかと思いました(笑)。何の後ろ盾もないのが不安で、やったことのない仕事でも「できます!」と、どんどん仕事を請けてしまうんですよね。でも、さすがにパンクしかけて……一番働いていた時期かもしれません。
― そういった経験を経ると、仕事を選ぶようになりそうですね。「自分の強みってなんだろう」とか。
そうですね。振り返ってみて、自分が特に興味を持って勉強していた分野が情報デザインだったので、そこを伸ばしていこうということは意識するようになったかもしれません。情報はどのようにデザインされるべきか、ということにとても関心を持っていました。当時、そういうWebデザイナーは少なかったかもしれませんね。もともとあまのじゃくだし、割と何でもできるけど、反面これで勝負できるという突出したスキルもなかったので、他のデザイナーが踏み入れていない分野で戦う、そんなことは考えていたと思います。
― そういったフリーでの経験を経て、原研哉さんがいらっしゃる日本デザインセンターに入社されて。
はい。原研哉さんをはじめ、日本でトップレベルのデザイナーが集う場所に一度飛び込んでみたかった、というのが一番の動機でした。入社して、まず担当したのが無印良品Webサイトのアートディレクションです。以前からグラフィックの考え方、エッセンスをWebに取り入れていくことを考えていて、ちょうどそういったテーマを活かす機会にもなったと思います。
そのときに意識したのは、無印良品の世界観を通じて、どれだけきちんとユーザーとコミュニケーションを図れるかということ。無印良品の世界観を忠実にWebで再現しようとすると、シンプルというよりは素っ気ない印象のデザインになりがちなんですよね。
無駄な装飾を極力なくしていくために、テキストリンクの色を黒にしたり、アンダーラインを消したりして……ただそれではテキストに見えてしまい、Webサイトとしての機能を果たさなくなってしまいます。どうすればテキストを置くだけでリンクとして成立するようなデザインになるか。Webサイトなんだけど温かみや親しみをどうすれば表現できるか。グラフィックデザインの考えややり方も取り入れていきました。
たとえばWebサイトってどうしても構造上「四角い」んですけど、四角い構造や領域を曖昧にする、といった発想はグラフィックデザインっぽいですよね。そういうさまざまな工夫をして、「シンプルなんだけどキレイ」みたいなところを目指して。
― 構造上「四角い」というのは、よくあるワイヤーフレームなどでサイトの左上にはロゴを、左右のカラムにはバナーを、といったことでしょうか?
はい。パーツパーツを当てはめていくというか。そういった「Webサイトの当たり前なつくり方」みたいなものからなるべく離れて、「新しいものをつくりたい」ということをいつも考えていました。
― はてなにジョインされて「村上さんのところ」に携わるわけですが、これまで種村さんが培った経験や能力が集約されている印象を受けます。アートディレクターとして、どのようなことを意識したのか教えてください。
いわゆるWebメディアってコンテンツと来訪者の関係で成り立っていると思うんですけど、「村上さんのところ」に関しては村上さんと質問者の関係だけで成り立つようにしたいと思いました。
イメージとしては、美術館に村上さんと質問者のやり取りが展示されていて、来訪者はそのやり取りを見て「なるほど」と思うくらいの感覚。第三者が批評するような空間にするのではなく、当事者二人が純粋に楽しめる空間になるようなデザインにしたいと思いました。
― 村上さんと質問者やファンのみなさんの関係性を踏まえて、そういうデザインにしたんですか?
うーん…そこはあまり意識していませんね(笑)。単純に、村上さんと質問者、二人のために用意されたデザインのほうが楽しいことになるだろうなと思ったんですよね。
― サイトのデザインや構成に関して、新潮社とモメたり、NGが出たりってことはなかったんですか?
全くなかったです。最初にお見せしたデザイン案を気に入ってもらえたので、細かく説明する必要はありませんでした。クリエイティブへの理解があったし、ディレクターが信頼関係を築いていたのでとてもスムーズでしたよ。
もともと第一印象を大事にしているので、あまり説明しすぎないようにしています。パッと見で「イイ!」と思われていないのに、僕がコンセプトを話したことで納得できてしまったらおかしいじゃないですか。もちろん求められたら話せるようにはしているんですけど、積極的にコンセプトを説明することはしませんね。
― 公開されてすぐに人気が出ました。つくり手としての感想を教えてください。
村上さんと質問者のやり取りがリアルタイムで更新されて、それにネットユーザーが参加して、シェアして、コメントして…とてもインターネット的な体験ができる"場”になったんじゃないかと思います。
あと、僕個人も毎日更新されていくやり取りを読むんですけど、日々の内容や自分自身の感情の変化によってメッセージの刺さり方が変わる点がとても興味深かったです。僕自身、自分のつくったサイトをこんなにたくさん見たのは初めてでした(笑)。
― お話を通じて種村さんのスタイルが見えてきたのですが、種村さんにとって「デザイナー」や「アートディレクター」といった職種・肩書にはどのような意味がありますか?
各サービスのデザイナーが実際にはアートディレクターなんですよね。僕も基本的にはサービスのデザイナーで、今取り組んでいるのはKADOKAWAさんと一緒につくっている「カクヨム」というアプリのデザインです。
各サービスの世界観やデザインがアリかナシかを判断したり、間違った方向へ行かないようにしたりするのが僕のアートディレクターとしての役割かなと思っています。
― とはいえ、Webサービスってデザイナーやアートディレクターの人だけでは世界観をつくれない部分もあると思うんです。職種の領域も曖昧になってきているんですかね?
そうですね…そもそもサービス自体、みんなでつくっていくものじゃないですか。エンジニアはエンジニアの視点で正しい答えを出そうとするし、デザイナーもデザイナーの視点からサービスを見る。ディレクターもプランナーもそれぞれの領域で知恵を絞って…ホントにみんなが頑張らないといいチームにならないし、いいサービスは生まれないんだとは思います。
はてなは、エンジニアがデザインをかじってたりとか、デザイナーがエンジニアリングの文脈がわかるとか…それぞれがそれぞれの役割を理解することは大事にしていますね。
最近はチームマネジメントとか組織づくりを考える機会がとても多くなってきました。「デザイン」の関わる領域をもっと増やしていけたらいいですね。
― 「デザイン」の意味は時代や企業によってどんどん変化してきていて、デザイナーやアートディレクターの役割もどんどん広がりを見せているということですね。デザイナー以外の職種の方にとっても学びの多いお話がうかがえたと思います。本日はありがとうございました!
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