2020〜30年にピークを迎えるとされるインフラの老朽化。メンテナンスの効率化は待ったなしの課題だ。京都マテリアルズのインフラ向け防錆塗料は、サビの被膜でサビを防ぐという独自の技術で注目を浴びている。
(日経ビジネス2018年8月20日号より転載)
バツ印の傷がついた2枚の鋼板。左には水や酸素を遮断する樹脂を用いた通常の防錆塗料、右には京都マテリアルズ(京都市)が開発した「パティーナロック」が塗布してある。2枚の鋼板に同様に計720時間、塩水を噴霧した結果が上の写真だ。
左の鋼板がぶくぶくと膨れ上がり、塗料の内側からサビがあふれ出ているのに比べ、パティーナロックを塗布したものは傷の奥に少し赤みが見える程度だ。なぜこんな違いが生まれるのか。
そもそもサビとは、鉄が酸素や水と反応して酸化したものだ。塗料の被膜の傷から水や酸素が入り込むと、サビは内側で増殖し、被膜を破り傷を広げる。鉄の酸化で発生するオキシ水酸化鉄の一部が、正常な鉄を巻き込んでさらに酸化反応を起こすため、まるで細菌のようにサビが加速度的に増えていくのだ。こうして鋼材から鉄原子が剥がれて、インフラの老朽化が進む。
パティーナロックの開発者で、京都マテリアルズの山下正人社長は「通常の防錆塗料は、10年程度でサビを削り落として塗り替える作業が必要になる」と指摘する。ただし、ボルトの周辺などはサビを完全に除去するのが難しい。その上から塗料を塗り直しても、内側に残ったサビが原因でメンテナンス頻度はどんどん増えてしまう。
インフラ改修が商機
本社 | 京都府京都市西京区御陵大原1-39 京大桂ベンチャープラザ南館2102 |
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資本金 | 900万円 |
社長 | 山下正人 |
売上高 | 3億円 (2019年1月期目標) |
従業員数 | 14人 |
事業内容 | 防錆塗料の開発、精密金型の製造 |
●パティーナロックの施工施設数
一方、パティーナロックはサビそのもので被膜をつくる塗料だ。塗料の中に含まれるアルミニウムなどの金属イオンが、内側に発生したサビが連鎖的に酸化を引き起こさないよう安定化させ、水や酸素を遮断する被膜に変えてしまう。「使われる環境にもよるが、半永久的に防錆機能を持続できる可能性がある」と山下社長は強調する。
鉄は資源量が豊富で強度が高く、加工もリサイクルもしやすい。その特性から「金属の王」とも呼ばれ、社会インフラに欠かすことのできない存在だ。その鉄のほぼ唯一の欠点がさびやすさだ。山下社長は住友金属工業(現新日鉄住金)で耐食鋼材の研究をしていたが、サビの不思議な特性に魅せられ、1997年、姫路工業大学(現兵庫県立大学)に移ってサビの研究に没頭する。
人工物の天敵のように思われているサビ。しかし鉄は本来、鉄鉱石という酸化された状態で自然界に存在する。つまりサビは、金属という不安定な状態に加工された鉄を、自然に返す現象とも言える。「自然の原理に抗うよりも、味方につけた方がいい」。新たな防錆に着眼した山下社長は、実用化を目指して大学を退職。防錆の共同研究をしてきた専門家らとともに2012年、京都マテリアルズを創業した。
同じ年の末、山梨県の笹子トンネルで、9人が死亡する天井板崩落事故が発生。インフラの老朽化が注目を浴びる。特に高度経済成長期に急ピッチで建造が進んだ道路や橋などは、2020〜30年に老朽化のピークを迎えるとみられている。国土交通省によると、現状でもインフラのメンテナンスの市場規模は約5兆円。世界の推定市場規模は200兆円に上る。
社会的な需要は大きい。基礎理論も試作品もそろった。しかし、サビ塗料の受注はなかなか決まらなかった。「学会で基礎データを披露すれば興味を抱く人は多いが、採用してくれる企業が出てこなかった」。技術系ベンチャーが陥りがちな罠に、京都マテリアルズもはまっていた。塗料を何層塗り重ねる必要があるかなど、顧客の状況に応じて施工の方法や費用をはじき出すために必要な、営業用のデータが不足していたからだ。
そこで「すぐにでも改善策を必要としている顧客にまずは注力した」(山下社長)。離島の送電設備など、インフラが不安定で、かつ海水や風による影響で腐食の進みやすい施設に営業リソースを集中。徐々に電力会社などから試験施工を獲得していった。
開発に特化、提携でシナジー
山下社長の故郷の京都で創業したことも、ハードルを乗り越えるのに役立った。塗料メーカーが多い関西地方には、受託専業の工場も多い。こうした工場を利用して完全受注生産とすることで、在庫を持つ必要がなくなった。
電力会社での評価試験が公表されると、化学メーカーや商社から提携の申し出が舞い込んできた。商機であるインフラの老朽化、その改修のピークに間に合わせるには「大手の販路や営業力を生かしたほうが立ち上がりが早い」と山下社長は判断。塗料事業とのかかわりが深い化学商社大手、長瀬産業と独占ライセンス契約を16年に締結。長瀬産業に製造・販売を委託し、京都マテリアルズは開発に特化する体制となった。京都大学のインキュベーションセンターに居を構え、従業員5人が塗料の研究に取り組む。
現在の開発方針は、パティーナロックを様々な顧客の事業環境に適応させることだ。昨年末には、関西電力からの要請で、三菱日立パワーシステムズ、長瀬産業と火力発電所向けの改良品を共同開発した。排ガスの処理で発生する硫酸により、火力発電所では腐食が進みやすい。添加する金属イオンの組成を変えるなどして、酸性環境でも防錆機能を維持できるようにした。
目下の課題は、海上インフラ向けの改良品の開発だ。水面は酸化の原因となる水と酸素が際限なく供給される。防錆においてハードルが特に高い環境だ。この課題を乗り越えることができれば、京都マテリアルズのさらに大きな飛躍が見えてきそうだ。
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