「今の自分があるのは、あなたのお蔭です。仕事の楽しさも厳しさも教えていただきました!」

 ……そんなふうに感謝される、部下との関係。これぞ上司冥利に尽きるというものでしょう。

 しかし、実際には、新人や若手の仕事に「あぁ、そうじゃないだろ…」とイライラすることがしばしば。そこで「たまにはビシッと叱っておくか!」と思っても、頭に浮かぶのは役職者研修のこと。

 「パワハラにはくれぐれも注意してください」
 「メンタルヘルスの発症率が上がっています。12月からストレスチェックの義務化も始まりました。怒って育てる時代ではなくて、褒めて育てる時代です」

 取引先では「パワハラ問題なんて起きたら、最近はすぐにネットで叩かれますから。うちもネットの風評被害で大変でしたよ」という話を耳にしたり。学生時代の友人と飲んでいても、「この間、隣の課長がコンプライアンス委員会にかけられて、パワハラだって譴責処分になったよ。話を聞いたら、確かにやり過ぎだけど、俺たちの若い頃を考えれば、“あるある”ぐらいの範囲だよな」といった話題になったり。

 確かに、下手なことをして「パワハラだ!」と騒動になれば責任を問われる。若手社員の間違っている点や足りない部分は指摘したいし、基本的なことを改善するだけでも、もっと伸びるはず。しかし“触らぬ神に祟りなし”、黙っておくかな、と悶々する毎日……。

 そんな悩める上司の皆さん。ぜひ「叱り方」の勘所を一緒に押さえていきましょう。

目指すところは一緒、しかし掛け違いが

 4月、多くの会社で新年度を迎え、新入社員が入社してきます。初々しさに溢れ、新しい風を吹き込んでくれる新入社員は、上司にとって可愛い、育ててあげたい存在でしょう。

 遅ればせながら、私は企業の社員研修を手掛けるジェイックに所属しています。3月後半からゴールデンウィークまでの1カ月半は、ほぼ毎日、新入社員研修や2年目、3年目社員研修を行っています。そうした中で、しばしば経営者層の方々からご相談をいただくのが、「叱れない上司」が増えている、それで若手が育たないという悩みです。また、役職者研修では、上司部下の人間関係に悩んでいるという相談が数多くあります。

 多くの場合、新人、若手は「成長して、やりがいを持って働きたい」と考えているし、上司も「若手を育てたい、尊敬されたい」と思っています。目指すところは一緒なのです。しかし、お互いがコミュニケーションの方法を知らないために、ボタンを掛け違ってしまっていることが多いのです。

 ボタンの掛け違いに拍車をかけているのが、近年の「叱ってはいけない」という幻想です。「パワハラ」「ブラック企業」「メンタルヘルス」「ストレスチェック」などのキーワードが社会的にクローズアップされるようになったことで、多くの会社で上司が部下を“腫れ物に触るように扱う”傾向が強くなっています。

 もちろん、パワーハラスメントによって、メンタルヘルスの問題などを引き起こすようなことは絶対にNGです。しかし、新人、若手のためにも、間違っていること、できていないことは適切に指導し、育てる必要があります。

 当連載では「後輩や部下を叱りたい。でも…」という悩みを解消して、部下を育て、部下から尊敬される上司になるための「正しい叱り方」を解説していきます。

 まずは「叱ろうとして失敗したNGパターン」を見てみましょう。

「おい、鈴木。なに遅れてきてるんだ!」

 朝礼に遅れてきた2年目社員の鈴木さんを叱ろうとした佐藤課長(47歳)のケースです。

******

佐藤課長:おい、鈴木。なに遅れてきているんだ!注意しろ。

鈴木さん:すいません。いや、じつは電車でちょっとトラブルに巻き込まれまして…。

佐藤課長:お前、先週も朝礼にいなかったよな。この間の橋本工機の商談だって、「10日までに私に提案書を見せろ」と伝えたのに納期に遅れたよな。仕事に対する意識が甘いんじゃないのか。

鈴木さん:いえ、そんなことは…。それに先週はお客様先への直行で…。

佐藤課長:言い訳をするんじゃない! 遅刻しなくたって、いつも9時ギリギリに来て、暗い顔で挨拶もせずにスーッと自分の席に座って。もっと早く来い! それに元気な挨拶の一つもできないのか!? だいたいお前は覇気がないんだ。同期の高橋くん、先月は表彰されていたよな。それがお前はこんなことで叱られて。悔しくないのか!?

鈴木さん:はぁ、すいません。高橋くんは高橋くんなので…。

佐藤課長:もういい!! だから、お前はダメなんだ。今度から注意しろ!

******

 実際にこんな叱り方をしている方はいないと思いますが、「叱ろうとしたけれど何の効果もなく、人間関係を壊してしまう」典型的なパターンです。

 ここから、叱ろうとして失敗する3大パターンと対策をご紹介しましょう。

自己炎上型…「興奮」と「期待」に踊らされるな

 NGパターンその1は「自己炎上型」。はじめは「○○を注意しよう」と思っていたのに、指導しているうちに自分が興奮して“炎上”してしまうパターンです。

 「叱る」と「怒る」の違いはご存知かと思います。「怒る」は自分がスッキリするために自分の感情をぶつけること。そして、「叱る」は相手のために理性的に指導することです。佐藤課長の場合、はじめは「鈴木さんが二度と遅刻しないように」という意図で叱り始めましたが、後半では「怒る」に変わってしまっています。

 「叱る」が「怒る」に変わる時、大きく2つの原因があります。

 1つが自分の発した言葉や感情に自分が興奮してしまうパターンです。私たちは自分自身が発した言葉に大きく影響されます。従って、「重要性を伝えるために」と思って、意図的に強い口調で叱っていると、いつの間にか自分の口調に自分の感情が影響されてしまい、「叱る」から「怒る」に変わってしまいます。

 叱る時は冷静に。これが鉄則です。

 「叱る」が「怒る」に変わってしまうもう1つのきっかけは、相手から期待通りの反応が返ってこないことです。

 佐藤課長の場合、「おい、鈴木。なに遅れてきているんだ!注意しろ」に対して期待していた反応は、「申し訳ありません!今後注意します!!」だったかもしれません。

 鈴木さんがそう返していれば「お前、先週も朝礼にいなかったよな。この間の…」のような自己炎上にはつながらなかったかもしれません。

 私たちは叱る時、無意識に「こう返してほしい、こう反省してほしい、自分が若い時はこう返した」という期待を持っています。その期待と違う答えが返ってくることで、敢えて大げさに書くと「裏切られた」という怒りが発生します。

 期待通りの答えが返ってこないという身勝手な怒り、そして、自分の口調に自分自身が興奮してしまう――。この2つによって悪い相乗効果が発揮されると、どんどん自分が燃え上がっていきます。

 そうなると、当初の「鈴木君が次は遅刻しないように」という叱る目的はどこかに行ってしまい、「こいつを懲らしめ、凹ませてやろう」という怒りモードになっています。くれぐれも、何のために叱るのかという目的を明確にして、冷静に叱りましょう。

人格否定型…修正すべきは「言動」と心得よ

 NGパターンその2は「人格否定型」。佐藤課長のケースでは「仕事に対する意識が甘いんじゃないのか」「だいたいお前は覇気がないんだ」といったところが“人格否定”に当たります。

 人格を否定してはいけない理由は言うまでもありません。とくに相手の性格的な短所、コンプレックスに触れてはいけません。叱る側に悪意はなく、相手のためにアドバイスしたつもりでも、相手にとっては心にナイフを刺されたような痛みがあることもあります。

 私はある研修に参加した30代の方と話していて、「実は10年前、新入社員の頃に、上司から『お前は暗いんだよ!』と言われたのが、今も心に残っています。確かに私も明るくはないので(苦笑)、上司に悪気はなかったのは分かっているんですが、その人のことは今もちょっと苦手なんです」と相談されたことがあります。人格否定、相手のコンプレックスに触れるというのは、それだけの破壊力があります。

 ですから、叱る時は常に、「あなたはOK。しかし、あなたの言動は修正してもらう必要がある」というメッセージを念頭において叱りましょう。

 人格否定はNG。そのことは理解している方が多いと思いますが、NGパターンの1つ目、「自己炎上型」モードに入ってしまうと、自分のコントロールが利かなくなり、無意識に「人格否定型」に連鎖してしまうことがあります。人格否定をしてしまうと、叱った内容が一切伝わらないどころか、人間関係を大きく壊す恐れがあります。くれぐれも注意して下さい。叱るときには「相手の言動」にフォーカスして叱りましょう。

他者比較型…「競争意識」の違いを意識しよう

 NGパターンその3が「他者比較型」です。

 今、多くの会社で上司となっている40代、50代と、20代の部下で価値観が大きく異なるのが「競争意識」です。

 1971年~74年まで第2次ベビーブームに生まれた団塊ジュニアを筆頭とする40代、50代の方は、出生数でいえば同世代が170万~200万人超の中で育ち、「競争が当たり前、競争に勝って1番になることの大切さ」を学んできました。

 一方で、1987年生まれ、つまり今の29歳以下の世代は「週休2日制」「総合的な学習の時間」「学習内容3割減」といった「ゆとり教育」の中で育ち、「競争がないことが望ましい」と教えられてきました。SMAPの「世界で一つだけの花」が大ヒットして、“オンリーワン”が流行語になったのが彼らが高校に入学した2003年です。

 つまり、佐藤課長の「同期の高橋くん、先月は表彰されていたよな。それがお前はこんなことで叱られて。悔しくないのか!?」という言葉は、佐藤課長にとっては叱咤激励のつもりだったとしても、今の若者にとっては「いや、別に悔しくないです。自分は自分なので」「意味分かりません」ということになります。

 もちろん、鈴木さんにとっても「こんなことで叱られる」のは悔しいかもしれませんが、「高橋くんに負けないように頑張れ!!」という激励は意味がありません。

 私が入社2年目研修で接したある若手社員は、1年目の振り返りで「新入社員研修で何かにつけて成績順に比較されて、『上位になれるように頑張れ!』と叱咤されて、やる気を失った。ただ、配属後の上司が『お前がこうなりたいなら、○○をやれ、△△が足りない』と指導してくれる人で、モチベーションが上がった」と話していました。

 周りと比較されることに燃えないどころが、「自分は自分なのに、周りとの比較でしか見てくれない」などと嫌悪感を示す若手も増えています。個人差はありますが、一般的には周囲との競争に勝つことよりも、「自分がなりたい自分」になるために頑張る傾向が強いです。

 逆に、ゆとり教育世代は自分なりの目的意識が持つと粘り強い、高い成長意欲を示すという特徴があります。叱る時にも、本人がなりたい像、例えば、「鈴木くん、来年には一人前になって後輩を指導できるようになりたいって言っていたよな。それなのに自分が遅刻していたら、後輩に指導はできないよね?」のように指導する方が効果的です。

失敗3大パターンと対策、まとめです

 ここまで叱ろうとして失敗する3大パターンと失敗を避けるための対策をご紹介しました。

●パターン1【自己炎上型】

[症状]
自分自身の強い口調に自分自身が影響される、また相手から期待通りの反応が返ってこないことでいつの間にか目的が“叱る”ことから“怒る”ことに変わってしまう

[対策]
叱る目的と理由を明確にして、冷静に叱る

●パターン2【人格否定型】

[症状]
相手の人格、性格的な短所やコンプレックスに触れて、人間関係を壊してしまう

[対策]
「あなたはOK、ただ、あなたの言動は修正してほしい」と、言動を叱る

●パターン3【他者比較型】

[症状]
叱咤激励のつもりで周りや第三者と比較して叱り、逆にやる気を失わせてしまう

[対策]
「あなたが目指す未来に向けて現状はどうだろう?」と、相手の興味にそって叱る

 「このくらいの知識はあるよ」と思われた方も多いでしょう。しかし現実の場面で、気づけばいずれかのパターンに陥ってはいないでしょうか。「知っている」のと「実践する」のとでは大きな違いがあります。上記の3つを意識し、実践するだけでも「叱る」効果がグッと増し、失敗することが減ります。

 次回は失敗の3大パターンと対策を踏まえて、「部下から尊敬される上司になるための正しい叱り方5つのステップ」をご紹介します。

次回に続く)

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