中高年男性を襲う、急な気力の低下。その原因は、体内の男性ホルモンの低下によるものかもしれない。症状が女性の更年期障害に似ているため、かつては「男性更年期障害」と呼ばれることが多かったが、現在では専門家は「LOH(ロー)症候群」=加齢男性性腺機能低下症候群と呼んでいる。患者数を600万人と推定する報告もあり、人ごとではない。
男女の違いを作り出している性ホルモン。男性ホルモンにはいくつかの種類があるが、最も代表的なものが「テストステロン」だ。テストステロンには、性機能を維持するほか、「筋骨たくましい体をつくる」「声を低くする」「ヒゲや体毛を濃くする」など、肉体への作用があることはよく知られている。
それに対して最近注目されているのは、テストステロンが精神状態や行動に及ぼす影響だ。順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科の堀江重郎教授は「テストステロンは、男性が他者と共存し、その中で自分を表現するという『社会性』において大きな役割を果たしていることが分かってきた」と話す。
「男前」な生き方を支えているホルモン
例えば、ケンブリッジ大学の研究者が2008年に発表した報告では、ロンドンの金融街のトレーダーのテストステロン値は、儲けが出た日ほど高かった。このことから「テストステロンが多く出ている日は、大きな勝負に出やすいのではと専門家は考えている。堀江教授は「このほかテストステロンは、経済活動において『ズルをしない』など公平な行動を促したり、大災害時の被災者への支援など、弱者を助けようという気持ちを高めたりする作用も持っている」と話す。
マッチョな体を作るだけでなく、「男前」な生き方を支えているホルモンでもあるテストステロン。だが健康な人でも、年齢とともにその分泌量は減り続け、70代に入ると気力低下などをもたらす可能性が高くなる。
しかし、40代、50代でも精神的ストレスを強く感じている状態などが続くと、脳から性腺に対して「テストステロンを放出せよ」という指令がうまく伝わらなくなり、急激にテストステロンの分泌量が減ってしまうことがある。これがLOH症候群(血中の遊離型テストステロンの値が8.5pg/ml以下)で、以下のような症状が次々と現れるのが特徴だ。
過剰なストレスがテストステロンを減らす
知らない間にLOH症候群になるのを防ぐにはどうしたらいいのか。堀江教授は「最も重要な発症要因はストレス。毎日の、仕事のストレスを振り返り、仕事量が過剰でないか見直す必要がある」と話す。40代から60代にかけては、男の人生の「仕上げ」の時期。ついつい無理をしてしまいがちだが、逆に体はどんどんストレスに弱くなっていく。十分な休息や睡眠を取ることを忘れていると、テストステロンの分泌量が減り、LOH症候群になりかねない。堀江教授が示す以下の10カ条を参考に、生活改善を心がけよう。
男性ホルモン値を上げる10カ条
1.男性ホルモンの大敵、過度の緊張を和らげよう
2.積極的にゆとりのある生活を送ろう
3.食事を大切に
4.忙しいときこそ短時間でエクササイズ
5.良い睡眠をとろう
6.仲間を大切に
7.無理しておしゃれをしよう
8.凝り性になろう
9.大声で笑おう
10.目標を持とう。冒険をしよう。わくわくしよう
*堀江重郎著『ホルモン力が人生を変える』(小学館101新書)をもとに編集部が作成。
堀江教授は「女性の閉経期に訪れる更年期障害は多くの場合、時間とともに回復するが、男性の場合、待っていても回復しないことがある。重症の場合、医師と相談したうえで、男性ホルモンを注射で補充するなどの治療が必要なこともある」と話す。
ホルモン補充療法は、減少したテストステロンを医薬品で補う治療だ。欧米では、軟膏やゲルなど自分で使用できる医薬品も登場しているが、現在の日本の保険医療では注射治療しか行えない。症状に応じて、2週間から4週間ごとに注射を繰り返す。欧米で用いられているゲル製剤を輸入して処方してくれる医療機関もあるが、保険対象外となるため全額自費治療となる。このほか、堀江教授らの研究グループは勃起不全(ED)の治療に使う「PDE5阻害薬」という薬剤を少量飲み続けることで、体内のテストステロンの量を増やせることを発見。現在、臨床研究も進められている。
最近では、LOH症候群を診断するためにテストステロン値や骨密度などを測定すると同時に、精神的なカウンセリングなどを行う専門外来を設ける医療機関も増えている。症状が重くなる前に相談することをお勧めする。
順天堂大学医学部附属・順天堂医院泌尿器外科 教授
この記事は日経Gooday 2014年11月18日に掲載されたものであり、内容は掲載時点の情報です。
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