本連載では、この夏(2013年)まで米ビジネススクールで助教授を務めていた筆者が、欧米を中心とした海外の経営学の知見を紹介していきます。
さて、最近日本でよく聞かれるのが「ダイバーシティ経営」という言葉です。ダイバーシティとは「人の多様性」のことで、ダイバーシティ経営とは「女性・外国人などを積極的に登用することで、組織の活性化・企業価値の向上をはかる」という意味で使われるようです。実際、女性・外国人を積極的に登用する企業は今注目されていますし、安倍晋三首相もこの風潮を後押ししているようです。
ところが、実は世界の経営学では、上記とまったく逆の主張がされています。すなわち「性別・国籍などを多様化することは、組織のパフォーマンス向上に良い影響を及ぼさないばかりか、マイナスの影響を与えることもある」という研究結果が得られているのです。
なぜ「ダイバーシティー経営」は組織にマイナスなのでしょうか。何が問題で、では私たちはどのような組織作りを目指すべきなのでしょうか。今回は、世界の経営学研究で得られている「人のダイバーシティが組織にもたらす効果」についての知見を紹介していきましょう。
2種類のダイバーシティ
「メンバーの多様性が組織に与える効果」は経営学の重要な研究テーマであり、40年以上にわたって多くの実証研究が行われてきました。その手法は(1)アンケート調査により組織のメンバー構成とパフォーマンスの関係を統計分析する、(2)様々なメンバーからなるグループ複数に作業をしてもらい、そのパフォーマンスを比較する、(3)取締役会メンバーの多様性と企業の業績(利益率など)の関係を統計分析する、といった辺りに大別されます。
実は経営学者のあいだでも、「組織メンバーの多様性の効果」についてのコンセンサスは、長いあいだ得られませんでした。ある研究は「多様性は組織にプラス」となり、別の研究では「むしろマイナス」という結果が得られてきたのです。
しかし近年になって、学者のあいだでも大まかな1つの合意が形成されてきた、というのが私の認識です。それは「ダイバーシティには2つの種類があり、その峻別が重要である」ということなのです。その2つとは「タスク型の人材多様性」と「デモグラフィー型の人材多様性」です。
「タスク型の人材多様性(Task Diversity)」とは、実際の業務に必要な「能力・経験」の多様性です。例えば「その組織のメンバーがいかに多様な教育バックグラウンド、多様な職歴、多様な経験を持っているか」などがそれに当たります。
他方、「デモグラフィー型の人材多様性(Demographic Diversity)」とは、性別、国籍、年齢など、その人の「目に見える属性」についての多様性です。そして近年の経営学では、この2つの多様性が、組織パフォーマンスに異なる影響を与えることがわかっているのです。
ここでは最近の研究として、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のアパーナ・ジョシとヒュンタク・ローが2009年に「アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル(AMJ)」誌に発表した論文と、米セント・トーマス大学のスジン・ホーウィッツと米テキサス大学のアーウィン・ホーウィッツが2007年に「ジャーナル・オブ・マネジメント」誌に発表した論文を紹介しましょう。
「研究の研究」で得たダイバーシティの事実法則
やや専門的になりますが、この2つの論文の特徴は、どちらもメタ・アナリシスという分析手法を使っているところです。
メタ・アナリシスとは、いわば「研究を研究する」アプローチです。この手法は、過去に発表されてきた研究の統計分析の結果を、再集計して分析します。過去の研究成果の蓄積をまとめあげることで、「その法則は真理に近いのか」について、いわば「決定版」を検証する手法なのです。(メタ・アナリシスの仔細については、拙著『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)をご参照ください)
上述のように「組織の人材多様性の効果」の研究は40年の歴史がありますから、多くの実証研究を使ってメタ・アナリシスができます。たとえば上記のジョシ達の論文では、1992年から2009年までに発表された39本の研究の結果を再集計して、メタ・アナリシスを行っています。 ホーウィッツ達の研究では、1985年から2006年までに発表された35本の論文が対象になりました。
彼らのメタ・アナリシスから確認された事実法則のうち、本稿で重要なのは以下の2つです。
法則1:ジョシ達の分析、ホーウィッツ達の分析のどちらとも、「タスク型の人材多様性は、組織パフォーマンスにプラスの効果をもたらす」という結果となった。
法則2:「デモグラフィー型の人材多様性」については、ホーウィッツ達の分析では「組織パフォーマンスに影響は及ぼさない」という結果となった。さらにジョシ達の研究では、「むしろ組織にマイナスの効果をもたらす」という結果になった。
このように、過去の研究を集計したメタ・アナリシスから得られた事実法則では、組織に重要なダイバーシティとはあくまで「タスク型の人材多様性」のことであり、性別・国籍・年齢などの多様性は組織にマイナスの影響を及ぼすこともある、という結論になったのです。
多様性を仕分けよ
なぜこのような結果になるのでしょうか。経営学者たちの間では、以下のような理論的説明がされています。
まず、「タスク型の人材多様性」の効能は明らかでしょう。ここからは企業に不可欠な「知の多様性」が期待できるからです。
この連載で何度も申し上げているように、これまでの経営学の研究蓄積で、「イノベーションの源泉とは知と知の組み合わせ」であり、そのためには「組織の知が多様性に富んでいること」が重要なことがわかっています。組織の知の多様性を高めるのに効果的なのは言うまでもなく、多様な教育・職歴・経験の人材を集めることです。「タスク型の人材多様性」は、組織が新しいアイディア・知を生み出すのに貢献するのです。
これに対して、「デモグラフィー型の人材多様性」を説明する代表的な理論は、社会分類理論(Social Categorization Theory)と呼ばれる、社会心理学の理論です。
同理論によると、組織のメンバーにデモグラフィー上の違いがあると、どうしても同じデモグラフィーを持つメンバーと、そうでないメンバーを「分類」する心理的な作用が働き、同じデモグラフィーを持つ人との交流だけが深まります。結果として「組織内グループ」ができがちになってしまいます。そして、いつのまにか「男性対女性」とか、「日本人対外国人」といった組織内グループのあいだで軋轢が生まれ、組織全体のコミュニケーションが滞り、パフォーマンスの停滞を生むのです。
このように、世界の経営学で分かってきているのは、組織に重要なのはあくまで「タスク型の人材多様性」であって、「デモグラフィー型の人材多様性」ではない、ということです。
この結果を踏まえて敢えて乱暴な言い方をすれば、「男性社員ばかりの日本企業にとって望ましいダイバーシティは、多様な職歴・教育歴の『男性』を増やすことである」ということになります。逆にこのような組織が、盲目的に「女性だから」という理由だけで女性や外国人を登用することはリスクが大きい、ということになります。
もちろん、私は「女性を登用するな」とか、「外国人を採用するな」と言いたいわけではありません。私個人は、ぜひもっと日本企業に女性や外国人がもっと登用されて欲しいと考えていますし、そういう社会であるべきだと思います。
私がここで申し上げたいのは、「ダイバーシティ経営ブーム」のご時世で、「女性・外国人が加わることが、そのまま組織の活性化に繋がる」とか、ましてや「企業価値が上がる」と安直に考えてしまうことのリスクです。 そういう論説の中には、「タスク型」と「デモグラフィー型」の人材多様性を混同している部分もあるのかもしれません。
日本企業のダイバーシティはどうあるべきか
実際、今の日本企業の課題は「タスク型の多様性」と「デモグラフィー型」がオーバーラップすることでしょう。
これまで日本企業の多くは、男性社員中心で動いてきました。ここに新しい知見を求める(=タスク型の多様性を高める)には、日本人男性には無い能力や知見を持つ「女性」「外国人」をとりこむことが効果的であることは、私も間違いないと思います。すなわち日本企業の課題は、「タスク型の多様性」を高めるために女性・外国人を登用したいが、他方でそれが「デモグラフィー型の多様性」も同時に高めてしまう、ということなのです。
ではどうすれば、女性・外国人を登用しながらも「デモグラフィー型の多様性」のマイナス効果を減らすことができるのでしょうか。ここでは経営学で研究されている2つの可能性を紹介しましょう。
第1に、「デモグラフィー型の多様性」のマイナス効果は時間の経過とともに薄れていく可能性が、複数の研究で確認されています(例:米インディアナ大学のクリストファー・アーリー達が2000年にAMJ誌に発表した論文)。時を経てメンバー間のコミュニケーションが進めばその軋轢が消えて行く、ということです。
しかし、他方で「このような軋轢は時が経過しても消えない」という研究結果もあり、結論はついていません(例:香港科技大学のジオタオ・リー達が2005年AMJ誌に発表した論文)。
第2に、それよりも私が注目しているのは、経営学で近年注目されている「フォルトライン(=組織の断層)理論」です。
ダイバーシティの「次元」を増やせ
フォルトライン理論は、1998年に加ブリティッシュ・コロンビア大学のドラ・ロウと米ノースウェスタン大学のキース・マニンガンが「アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー」誌に提唱して以来、研究が進んできています。この理論では、人のダイバーシティにも複数の「次元」がある点に注目します。
たとえば、6人のメンバーから成る組織があったとして、そのうちの3人全員が「男性×白人×50代」で、残りの3人全員が「女性×アジア人×30 代」だったらどうでしょう。この場合、それぞれの3人のグループが、「性別、人種、年齢層」の複数次元で共通項を持ってしまうので、それぞれの3人同士が固まりがちになってしまいます(=組織にフォルトラインができてしまう)。
これに対して、もし男性3人には30代、40代やアジア人もおり、他方で女性3人の中にも、50代や白人もいたらどうでしょうか。この場合は、男性・女性以外に、両者に複数のデモグラフィーの「次元」が入り組むので、はっきりとした組織内グループの境界線(=フォルトライン)がなくなり、結果として組織内のコミュニケーションがスムーズに行くのです。
実際、その後の複数の実証研究で、この「デモグラフィーが多次元に渡って多様であれば、組織内の軋轢はむしろ減り、組織パフォーマンスは高まる」という命題を支持する結果が得られています。
この考えを応用するなら、これまで「男性×日本人」中心であった日本企業に、たとえば「女性×30代×日本人」だけを何人加えても、それはフォルトラインを高めるだけの結果になってしまいます。しかし、もしここに、さらに「女性×50代×日本人」や「アジア人×男性」、あるいは「欧米人×女性×40代」など、色々なデモグラフィーの「次元」の人々を加えていけば、結果として組織内でのフォルトラインは減っていくことが予想できます。
複数次元でのダイバーシティ実現を
私は、この視点は日本企業のダイバーシティ経営に大切な示唆を与えている、と考えています。すなわち、女性や外国人の登用など「デモグラフィー型の人材多様性」を進めるならば、中途半端にやるのではなく、徹底的に複数次元でダイバーシティを進めるべき、ということです。
逆に、昨今のブームに乗っただけの「中途半端なダイバーシティ経営」は一番よろしくない、ということになります。
一定割合の女性を登用して終わりにするのではなく、そこに「多様な年代の方々を織り交ぜたり、あるいは(男女問わず)外国人も同時に登用したりすることで組織のフォルトラインを減らすことが、真にダイバーシティ経営の成果を得ることに繋がる」と私は予想するのですが、みなさんはいかがお考えになるでしょうか。
(この記事は日経ビジネスオンラインに、2013年12月24日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)
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