北朝鮮が核実験、ミサイル実験を続けるだけでなく、グアムの近海にミサイルを落とすなどという物騒な宣言をし、実際、襟裳岬の沖合にミサイルを発射したため、少なくとも日本では大騒ぎになっている。

核やミサイルの実験を続ける北朝鮮が8月29日、北海道襟裳岬の沖合にミサイルを発射した。国際批判に抗う北朝鮮の心理とは?(ロイター/アフロ)
核やミサイルの実験を続ける北朝鮮が8月29日、北海道襟裳岬の沖合にミサイルを発射した。国際批判に抗う北朝鮮の心理とは?(ロイター/アフロ)

 このコラムのテーマは「サバイバルのための思考法」であるが、北朝鮮の暴発はわが国のサバイバルにもちろん関わることである。それ以上に、実際に開戦ということになれば、早晩、北朝鮮は滅亡するだろうが、それまでに韓国経済は大混乱に陥るだろうし、その後の北朝鮮からの難民問題を考えると、まさに日本人のサバイバルに関わる。

 北朝鮮からの難民については、これを深刻に心配する人が少ないのが不思議だ。日本には大量の同胞がいるし、韓国と統合してパスポートを持てば、好きに日本に入って来られるようになる。また、彼らが全財産とも言える武器を捨てなければ、深刻な治安問題も生じる。

北朝鮮の防衛対策は行動療法的アプローチで

 海外では外交戦略などで心理学者のブレーンが当たり前に入っているようだが、日本では北朝鮮の動きを心理学的に論じる人があまりいない。私は行動療法の考え方が参考になると思っている。

 行動療法というのは、心を変えるより、行動を変えることのほうが手っ取り早いし、実際の言動が変わるという考え方だ。ついでに行動が変わると心が変わるという期待もある。非行少年が制服をきて真面目に勉強するようになると、心が変わっていなくても、だんだん真面目な人の価値観に移行していくことは珍しくない。

 さて、この行動療法だが、適応行動には賞を、不適応行動には罰を与えることが原則になっている。例えば、心因性のぜんそくの子どもには、ぜんそくの発作がなかった時に賞として一緒に遊んだり食事をしたりする。発作が出たときには、逆に吸入器でも与えて放置しておくということになる。発作が出たときにかまって、出ないときに安心して親が買い物に行ったりするのは、賞と罰が反対になっているのだ。

 ということで、当然、核やミサイル開発には罰を、それを断念したら賞を与えるということはもちろんやっているわけだが、賞罰というのは受け手がどう感じるかが問題という難点がある。

 確かに経済制裁を受けているが、元々、日本からの経済制裁のために事実上貿易ができなくなっているし、欧米との貿易額は無視できる程度のものだ。中国が本気で制裁をしてくれない限り、罰にはならないのだろう。それ以上に、経済制裁を受けていても、何らかの形で闇の資金流入があるのかもしれない。

 例えば、日本で銀行強盗があった翌日に、福岡空港の厳しい検閲で7億円以上の現金が韓国に持ち出されようとしていたことが判明したが、それ以降、福岡空港でもほかの空港でもスーツケースのチェックが厳しくなったという話は聞かない。相手が非合法なことを平気でやる以上、この手の検問を厳しくすべきというのは、私には被害妄想には思えない。

目的論で考える北朝鮮の動機

 賞罰については、資本主義の世の中では経済的なインセンティブばかり重要視されるが、それが効果的であるとは限らない。

 フロイトは、人間の言動の原因を追究したが、アドラーはそれは心の病の治療上の意味をあまり持たないとして、言動の目的を重視した。そして、それが現在の様々な心の治療のトレンドになっている。

 例えば、非行少年についてフロイトなら生育環境の悪さを問題にしただろうが、アドラーは目立ちたいからという目的に着目し、叱る形であっても周囲が注目する限り非行は治らないと考えた。非行をやっても無視をして、非行をしなくなったら注目したほうが治療的と考えたのだ。

 この考え方でいけば、目立たない小国が核開発やミサイル開発で世界の注目を集めるだけで十分賞になってしまうことになる。

 もう一つ、目的論で考えると、核保有国になれた国の前例を見ている可能性もある。

 インドであれ、パキスタンであれ、イスラエルであれ、核保有国になった後で、経済制裁を受けたり、政府が転覆したという国は今のところない。むしろ、そういう国は攻撃されないと多くの国は信じているし、実際、これまでのところそうなっている。

 アメリカは世界で最初に核兵器を落としたが、それで恨みを買うどころか、落とされた国が70年以上にわたって隷属し、アメリカに遠慮して国連の核兵器禁止条約を開始する決議に反対している(驚いたことに北朝鮮は賛成している)。

 国際的な注目を集めるだけでも賞になっている可能性がある上、このような騒ぎを起こすことで、アメリカを交渉のテーブルに引きずり出す期待はまだ残っている。さらに核保有国になった後の安全が確保されると北朝鮮が信じているとすれば、賞は我々が考えるより大きなものと言えるだろう。

どういう罰で北朝鮮を止められるのか?

 賞が大きい以上、罰で北朝鮮を止めるというのが行動理論の原理ということになる。上記の賞を考えたら、相当な罰を用意しないと北朝鮮の核開発は止められない。

 中国が協力して、たとえば原油を止めるとか、北朝鮮からの労働者の引き受けをやめるとかいうことをやってくれればいいのだが、これについては中国の立場で考えるとメリットがあまりないのだろう。一人っ子政策で労働者不足ということを考えると、本音ではやめたくないように思える。アメリカが中国を動かすために貿易をやめるくらい強腰に出られればいいが、かつてと違い、そんなことをしたらアメリカ経済が持たない。

 すると、次の手段はやはりアメリカによる先制攻撃ということになる。

 心理学の学習理論でいくと、戦争をして(勝って)得をするなら戦争をするし、損をするならやろうとしないというのが原則だ。アメリカも日本との戦争では日本を経済的、心理的支配下に置くことができた。中東戦争でも石油利権を得ることができた。

 ベトナム戦争は負けはしたが、結局、ベトナムは事実上資本主義化し、むしろ低賃金で人を使えるアメリカの工場のようになっている。

 私の見るところ、節目が変わったのは、イラク戦争だろう。あっという間にサダム・フセインを召し取り、イラク全土を占領し、そのうえ、米軍の死者は136人しか出なかったのだから、当初は大成功のように思われた。しかし、戦後の反米武装勢力の反抗は予想外のものであり、結果的に4500人程度のアメリカ人がオバマによる終結宣言までに殺されることになった。そして、思惑通りのかいらい政権は維持できず、アメリカはほとんど石油利権も得られなかった。

 北朝鮮で戦争をした場合に、金正恩を殺せば済むという簡単な話ではないだろう。

 第二次世界大戦の際も、日本で皇居を爆撃して天皇陛下を殺せば戦争が終わるとはアメリカは考えなかった。そんなことをすれば、余計に軍部が強硬化して、戦争を終わらせることができなくなると考えたはずだ。実際、占領政策がうまくいったのも陛下を温存したからだという考え方は強い。

 北朝鮮では、金正恩のほかにも兄弟がいるのに、金正恩が国の後継者になったということは軍部のバックアップがあった可能性が小さくない。もしアメリカが金正恩の殺害に成功したら、穏健派が政権を握るのならいいが、次のトップを軍部が用意する危険性もある。

 北朝鮮の問題がイラクの時より難しいのは、地政学的に韓国に近すぎることだ。ソウルと北朝鮮国境は最短の場所だとわずかに30kmしかない。

 実際に戦争になった際に、韓国経済の被害は計り知れないし、IMFショック以降莫大な投資を韓国にしているアメリカ経済界がそれを望むとはとても思えない。

資本主義社会における戦争の意味

 北朝鮮だって、その辺のことは読んでいるから強気なのではないかというのが、私の見解だ。金正恩も実際の戦争では勝てるとは思っていない(と信じている)ので、本当の戦争を仕掛けるとは思えない。今回の宣言にしてもグアムに落とすのでなく、グアム近海に落とすという言い方をしているようだ。本当にグアムに落としたら、さすがにアメリカも戦争をせざるを得ないからだ。

 金正恩は戦争好きのように見えるが、戦争が起こらないような注意も払っている。北朝鮮では軍人に満足な食糧も用意できないのに、38度線を越えたらモノが余っているのだから、国境線の兵士が暴発するリスクは小さくない。金正恩はそれを知った上で、きちんと抑えているようだ。

 脅しと本気の区別ができないと、その後の国の方向性を見誤ったり、その国が没落に向かいかねない。多くの国が核兵器を持ちたがるのも、実戦で使いたい以上に強力な脅しの道具にできるという側面があるからだろう。

 日本にはCIAやKGB、あるいはKCIAに相当する情報機関がないが、情報機関というのは、戦争をやる気があるのかを知るための諜報活動だけでなく、やる気がないことを知るための諜報活動も重要な任務だ。ゾルゲ事件のリヒャルト・ゾルゲは、日本がソ連と戦争をする気がないということをつかみ、それによってソ連軍は全力でドイツと戦う準備ができた(それでも当初はぼろ負けしたのだが)。アメリカだって、ドイツがソ連との戦いに熱中して、自国は攻められないと踏んだから、大西洋艦隊を太平洋に回して、日本海軍との戦いに専念できたのだ。

 北朝鮮はかつてのソ連のように、経済規模に対して軍事費用をかけ過ぎたから、存亡が危うい状態になっているのではないか。周囲が戦争をする気がないと思って、内政に金をかけることができれば別の話になっていたはずだ。

 北朝鮮はともかくとして、日本は中国の危機を過大評価して、防衛予算を過去最大のものにした。膨大な借金を抱え、経済の再建も途上で、また高齢者福祉も今後お金をかけないと、戦死でない形の死者が出るというのにである。

 中国にしても、実質戦力を持たないようなブータンやネパールのような国が周りにあっても、それを軍事的に支配下に置こうという動きはない。

 北朝鮮のケースとは違って、現在のアメリカが行っているように中国も経済力で相手の国を支配下に置くことができる。地下資源の採掘権だって金で買えるし、相手の国の土地を買えば、その土地に相手の国の人間だって勝手に入れなくなる。日本の会社を買って、その従業員に中国語を強制したり、日の丸の旗を揚げている社員に「歴史を知らない」と非難したり降格したりもできる。

 このような支配を戦争しなくてもできるのに、一人っ子政策で若者をなるべく減らしたくない中国があえて戦争をする可能性があるのかをもう少し考えないと、軍事力は強くても、経済的に中国の支配下に入るリスクが余計に高まる気がしてならない。

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