近頃はビジネスの世界で「異業種交流会」がよく行われている。当方もいろいろな席に参加して、各界でご活躍の方々にお話を伺ったりしている。スポーツに対する新しい視点や価値観を教えていただくこともあり、こうした場でさまざまな「発見」や「気付き」を得ることは有意義なことだと実感している。
柔道日本代表の選手が大相撲の稽古に参加
近年、スポーツの世界でも競技の垣根を越えて合同で練習をしたり、違う競技の指導者や選手から教えを乞うたりする機会が増えている。これもスポーツにおける「異業種交流会」である。
日本代表クラスが集まるナショナルトレーニングセンターでも、若い選手を中心に他競技の選手たちと一緒に研修を受ける機会を設けている。そこでの会話やさまざまなアクティビティーから彼らも多くの刺激を受けているに違いない。
柔道の日本代表クラスの選手が、大相撲の朝稽古に参加したというニュースを見た。7月9日に始まる大相撲の名古屋場所。ここで2場所連続優勝を狙う横綱・白鵬がいる宮城野部屋をリオデジャネイロ五輪柔道男子100キロ超級銀メダルの原沢久喜選手や100キロ級のウルフ・アロン選手らが訪ねた。
名古屋市内の宮城野部屋で行われた朝稽古には、横綱・白鵬も現れて柔道の選手たちに稽古をつけたという。参加した柔道4選手は、相撲の基本「四股」「テッポウ」(柱などを張り手で突く練習)「すり足」などに取り組み、「ぶつかり稽古」では白鵬が原沢らに胸を貸した。
重量級の柔道選手を軽々と持ち上げた白鵬
もう20年以上前のことになるが、当方も相撲部屋に一日体験入門したことがある。元大関の朝潮が親方を務めていた当時の若松部屋である。雑誌の取材で相撲部屋の一日を報告するノンフィクションを書いたのだが、この体験は強烈だった。と言うのも相撲部屋を知ろうということで、若い力士とまったく同じような一日を過ごしたからだ。
前日の夕方に部屋を訪れると、翌日までそのまま入門状態である。大広間で若手と一緒に過ごし、わずかばかりのスペースに布団を敷いて寝る。朝は4時には起床して、朝稽古にやってくる先輩力士の「まわし」を準備して待っている。稽古は5時半から始まった。関取(十両以上の力士)が稽古にやってくるのは、7時過ぎくらいからだ。その前に当番の若手は稽古を終えて、風呂を沸かし、「ちゃんこ(食事)」の準備に奔走する。なにか手違いがあったら、大変なことになる。
この時、当方も「四股」や「テッポウ」「すり足」、そして「ぶつかり稽古」で先輩力士に稽古をつけてもらったが、まったく歯が立たなかった。何度ぶつかっても、相手は微動だにしない。これでも元プロ野球選手。30代の後半とはいえ、まだまだ体力的には自信のあったころである。
果たして柔道の面々はどうだったのだろうか?
重量級の選手に胸を貸した白鵬は、彼らを受け止めると押し込まれることもなく、軽々と土俵の外に持ち上げたそうだ。これは経験上、当方にも想像がつくことだった。原沢選手が「人生で初めてあんなに軽々と持ち上げられた」と話せば、ウルフ選手も「半端じゃなかった」と白鵬の圧力に脱帽した。
とにかく力士の身体は重い。実際の体重の重さもあるが、それ以上に彼らは日々の稽古を通じて、足に根が生えているかのように土俵をつかまえる。鍛えられた下半身。普通の人が押しても、まったく動くことはない。その重さは、まさに岩を押すような感覚である。
胸を貸した白鵬も「お互いにいい経験になる。大記録がかかっている場所前に元気をもらった」と彼らの訪問に感謝した。白鵬は名古屋場所で、魁皇の歴代最多となる通算1047勝の記録更新を狙っている。
白鵬も柔道メダリストに教えを受けていた
当方が大相撲の世界で驚かされたのは、その強さはもちろんのこと、伝統世界の厳しさである。完全なる階級社会。年齢や学歴などまったく関係ない。番付が上の者が強くて偉い世界。そこになんの疑問も遠慮もない。関取にならなければ給料ももらえないのだから、一人前とは認められないのだ。
しかし、そのヒエラルキーが強い力士を生み出す伝統のシステムになっている。悔しかったら自分で這い上がっていくしかないのだ。
柔道の選手たちも、稽古だけでなく部屋の雰囲気や若手の処遇など、いろいろなことを感じたことだろう。場合によっては、恵まれている自分たちの環境を知ったことだろう。
白鵬もかつて東京五輪男子柔道の中量級金メダリストである岡野功氏から柔道の指導を受けたことがある。白鵬が理想とする「後の先」(ごのせん)の相撲を完成するために、相手の力を利用して技を繰り出す岡野氏の柔道にヒントを求めたのだ。「後の先」とは双葉山が得意とした立ち合いの戦術で、相手の動きを見て一瞬後から立ち、すぐさま自分に優勢な形を作ってしまう取り口である。
分かっているつもりでも、自分で自分のことは意外に分かっていないものだ。また他者の経験や考え方を聞くだけで大きなヒントを得ることもある。異業種交流会などと言うとかえって大袈裟なのかもしれない。いつでも、どこでも、私たちは小さな出会いに大事な何かを見つけるのだ。
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