メジャーリーグと陸上競技(日本選手権)。その日(6月24日)まったく異なるスポーツを見ながら、選手たちがライバルを意識して予想以上の力を発揮したパフォーマンスに同質の興奮を覚えた。これから一体何が起こるのか。どちらも思わず引き込まれてしまう一戦だった。
野球も、陸上も、ともに雨の中の決戦であったことが、選手をより引き立てる演出になっていた気がした。たとえ雨が降っても言い訳なしで、そこで決着を付ける…そんな舞台装置としての効果である。
田中とダルビッシュの日本人対決、ともに無失点
まずは、ヤンキース対レンジャーズの野球の試合。この一戦が注目を集めた理由は言うまでもない。ヤンキースは田中将大、レンジャーズはダルビッシュ有がマウンドに上がったからだ。ヤンキースタジアムで両軍のエースピッチャーが激突する。しかも日本人同士の対決が実現したからだ。
雨で試合開始時間が大幅に遅れたが、2人はそんなことをみじんも感じさせない好投を演じた。田中は8回を投げて被安打3の9奪三振。ダルビッシュも7回を投げて被安打2の10奪三振。まったく譲らない投球は互いに失点を許さず0対0のまま進み、ダルビッシュが88球、田中が100球を投げたところでマウンドを降りた。
田中はここまで15試合に登板して5勝7敗(防御率5.74)、一方のダルビッシュも16試合に登板して6勝5敗(防御率3.12)と、両者とも決して調子が良い成績ではない。しかし、この日の2人のピッチングはまさに圧巻の内容だった。
試合後ダルビッシュは感想を問われ、次のように話した。
「こんな場所(ヤンキースタジアム)で日本人2人が投げ合って、こういう試合になったというのは、すごく意味のあることじゃないかと思う」
田中も試合前から「投げ合いが楽しみ」と語っていた。試合は延長の末にヤンキースが勝った(延長10回で2対1)が、2人の投げ合いはまったく互角の熱投だった。
陸上の日本選手権も雨中決戦、100m走の9秒台はもうすぐ
場面は変わって、陸上の日本選手権。その日の夜、100メートル走で日本一早い男を決めるレースに登場したのは日本人初の9秒台を狙うランナーたちだった。
追い風参考ながら9秒87で走っている【桐生祥秀】21歳・東洋大
去年の日本選手権優勝者【ケンブリッジ飛鳥】24歳・ナイキ
リオデジャネイロ五輪の男子リレー第一走者【山県亮太】25歳・セイコーホールディングス
学生選手権を9秒94(追い風参考)で好走した【多田修平】21歳・関西学院大
伸び盛りの超新星【サニブラウン・ハキーム】18歳・東京陸上競技協会
結果は以下の通り、サニブラウンが先輩たちをぶっちぎり、10秒05で日本一に輝いた。
1位 サニブラウン・ハキーム 10秒05
2位 多田修平 10秒16
3位 ケンブリッジ飛鳥 10秒18
4位 桐生祥秀 10秒26
6位 山県亮太 10秒39
久しぶりに彼の走りを見たが、体が明らかに大きくなっていた。太ももの隆起や腕の筋肉が高校生から大人への進化を遂げていた。この春に東京の城西高校を卒業してからはオランダを拠点に練習しているという。身長187センチ、体重72キロの恵まれた体格は、さらなる飛躍の可能性を秘めている。まだまだ余力を感じさせる走りだった。
前日の予選と準決勝を10秒06で走り、雨の中の決勝でも10秒05という好タイムを出した。もはや9秒台も時間の問題だろう。日本人初の9秒台についてサニブラウン本人はこう話している。
「気にして出るものじゃない。でも一人出せば、どんどん9秒台を出す(選手が現れる)と思う。自分が第一歩になれたらうれしい」
ライバルの存在が互いのパフォーマンスを高める
雨の中で田中と投げ合ったダルビッシュは、この日のピッチングを「今年一番良かったと思う」と振り返った。一方、田中についてヤンキースのジラルディ―監督は「今季のベストパフォーマンス」と最高の評価を与えた。2人とも白星こそ逃したが、この対決で最高のパフォーマンスを見せた。
そして100メートル走の面々も、それぞれの結果に明暗はあったものの、見ごたえのあるレースを展開した。
戦う相手はそれぞれにとってライバルだが、一歩引いてこうした戦いを見渡すと、それぞれが相手の存在を意識することで、持てる力を引き出されていることに改めて気付く。
それがスポーツであれ、仕事であれ、勉強であれ、競い合う相手がいることは幸せなことだ。たとえその関係を強く意識していなくても、私たちの力はやはりそうした存在によってより磨かれていくのだ。
100メートル走の9秒台と200メートル走の19秒台、いずれも日本人は公認記録では誰も走っていない。しかし、サニブラウンはその記録の達成を楽観的に見つめている。
「そのレベルの(すでに9秒台の記録を持つ)選手と走っていれば、そのうち必ず出ると思います」
そして目標は「世界記録の樹立」とすら言っている。彼はもう違うレベルの選手たちをライバルと考えている。
私たちは一人では強くなれない。スポーツも仕事も、競い合う相手がいることは健全なことであり、恵まれた環境だ。私たちの力はライバルの存在によって、より引き出されるのだ。
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