インフルエンザに罹患して回復するまで1週間の外出禁止を余儀なくされたが、そのお陰で日本時間2月6日に行われた、米国のプロアメリカンフットボールリーグ「NFL」(ナショナル・フットボール・リーグ)の優勝決定戦「スーパーボウル」のライブ放送をテレビで堪能できた。本当なら、大学の集中講義に出講していなければいけない日だったが、大学関係者と学生にご迷惑をおかけして本当に申し訳ないと思いつつも、38度を超える熱の中で「何が幸いするか分からない」とインフルエンザも悪いことばかりではないと感じた。
それはゲームが思いのほか面白かったこともあるが、ニューイングランド・ペイトリオッツの39歳になるQB(クオーターバック)トム・ブレイディーの逆境の中にあっても最後まで冷静沈着なプレーを貫く姿勢に感心したからだった。
第51回スーパーボウルはテキサス州ヒューストンで、AFC(アメリカン・フットボール・カンファレンス)の優勝チームであるニューイングランド・ペイトリオッツと、NFC(ナショナル・フットボール・カンファレンス)で優勝したアトランタ・ファルコンズが争った。
前半はファルコンズが大差でリード
その劇的なゲームを簡単にご紹介しておこう。
第1クオーターは、お互いに手の内を探り合うような展開だった。ファルコンズは得意のパス攻撃を控えてランニングプレーを多用する。これはもちろん後に繰り出すパス攻撃への布石だった。相手の注意をランニングプレーにも向けさせて、パスをキャッチする切り札のWR(ワイドレシーバー)フリオ・ジョーンズをより効果的に機能させるためだった。
ゲームが一気に動き出したのは第2クオーターだった。ファルコンズのQBマット・ライアンの判断が冴えわたり、この15分間で3つのタッチダウンを奪う。前半を終えて21対3とファルコンズが大きくリードした。
ハーフタイムショーにはレディー・ガガがド派手なパフォーマンスで登場。これで会場の空気もリセットされるかと思ったが、ファルコンズに傾いた流れはさらに続いた。第3クオーターでもファルコンズがタッチダウンを決めてゲームはほぼ一方的な展開になろうとしていた。この時点で28対3と大差がついた。
ところが、ここから試合の流れが一気にペイトリオッツに移る。それまでなかなか決まらなかったブレイディーのパスが通るようになる。そしてそのおかげで小柄なRB(ランニングバック)ジェイムス・ホワイト(登録は178センチ、そんなにあるように見えないが…)も面白いように走り回る。25点差で万事休すと思われたペイトリオッツが、ここから奇跡の大逆転をやってのけることになる。ホワイトがタッチダウンを決めて28対9になると、そこからはペイトリオッツの独壇場だった。
第4クオーター。ディフェンス陣もファルコンズのQBライアンに次々とサック(効果的なタックル)で襲いかかる。ファルコンズは、まるで金縛りにあったように何もできなくなってしまった。この後、ペイトリオッツがタッチダウンを奪い2ポイントコンバージョンを成功させると28対20と8点差に。そして残り1分を切ったところでホワイトがタッチダウンを奪うと、2ポイントコンバージョンも決まってついに同点に追いついた。
こうなるともうペイトリオッツが勝つのがスポーツの必定か。百戦錬磨のビル・ベリチックHC(ヘッドコーチ)もワクワクしながら戦術を練っていたことだろう。
厳しい場面になるほどパス精度が増すトム・ブレイディー
スーパーボウル史上初のオーバータイム(延長戦)に突入したが、最初の攻撃で敵陣まで攻め込んだペイトリオッツが、ホワイトのこの日3つ目のタッチダウン(34対28 )でスーパーボウルチャンピオンを決めた。
スーパーボウルのMVPには、自身4度目(優勝は5回)となるトム・ブレイディーが輝き、タイ記録で並んでいたジョー・モンタナ(優勝4回、MVP3度)を抜いて単独トップになった。
スポーツの怖さをまざまざと見せられる教訓に満ちたゲームだと思ったが、やはりこの大逆転の主役、ブレイディーの落ち着きが際立っていた。試合終盤の厳しい場面になればなるほどピンポイントのパスを通し、プレーの精度がどんどん上がってくる。味方にとっては、これほど頼もしい選手はいない。前半の不調が嘘のように、相手を追い詰めるプレーが冴えわたった。
今シーズンのブレイディーは、開幕前からトラブルに見舞われていた。「デフレートゲート事件」と呼ばれる一件である。去年のAFCチャンピオンシップ(ペイトリオッツ対コルツ)でボールの空気圧が不正に減らされていたことが発覚。
ブレイディーにもその嫌疑がかけられ、NFLは開幕からの4試合出場停止処分を下したが、連邦裁判所がこれを無効と判断したため全試合の出場が叶った。
またスーパーボウル前には、ブレイディーが大統領に就任したトランプ氏を電話で祝福したというニュース(トランプ大統領自らがコメントした)が流れ、政治的な話題にも巻き込まれた。ブレイディーからすると、こうした鬱憤(うっぷん)をスーパーボウルですっきりさせたいという思いもあったのかもしれない。
名選手は緊迫した場面でワクワク、リラックス
ただ、彼の真骨頂はもちろん、いかなる場面でも視野の広い落ち着いたプレーを繰り出せることだ。この日も試合終盤にはサイドラインぎりぎりのパスをどんどん決めて前進を続けた。またフィールド中央のホワイトには力を抜いた優しいボールを投げて、彼のラッシュを演出する。ブレイディーの決断の速さと正確なプレーが、劣勢のチームを見事によみがえらせた。
「ジョー・クール」と呼ばれ、冷静沈着なプレーでチームを何度も大逆転に導いた前述のジョー・モンタナにインタビューしたことがある。試合最終盤にビッグプレーを決めてドラマをつくるモンタナのプレーは「モンタナ・マジック」とも言われていた。その彼に「どんな状態で緊迫した場面を戦っているのか」と聞いた。するとモンタナは、不思議そうにこう答えた。
「緊張するかって? そんなことはないよ。なぜならその場面を戦うために練習してきたのだから。やっとこの時が来たという感じで、ワクワクしながらプレーしている」
モンタナの記録を抜いたブレイディーなら、当然同じようなメンタリティーで戦っていることだろう。少なくともあの力の抜けた正確なパスは、緊張や力みをまったく感じさせなかった。ブレイディーがワクワクしていたかどうかは分からないが、モンタナとの共通点は、大事な場面でいかにリラックスして広い視野を持てるかどうかということだろう。
インフルエンザの中でスーパーボウルを見られたのは単なる偶然だが、追い込まれた状態の中でも、置かれた状況を冷静に把握し、広い視野を持って打つべき手を的確に判断できることが、頼りになる人の条件と言えるだろう。
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