ビジネスで多忙を極める日本の30~40代は体力の低下が著しく、5人中4人が将来寝たきりになる「ロコモティブシンドローム」の予備軍とされている。パワフルに働き、50代以上になっても健康的な生活を維持するには、正しい運動、食事、休養を行うことが大切だ。そこで、著名トレーナーの中野ジェームズ修一氏が誤った健康常識を一刀両断。効率的で結果の出る、遠回りしないための健康術を紹介する。今回は、“楽をしてやせたい”という気持ちから、つい気になってしまう「部分やせ」について。それは可能なのか、それとも果たせぬ夢なのか…。

「どうしても、この部分の脂肪を取りたい!」。女性であれば二の腕や太もも、男性でもポッコリと出た下腹など、“部分やせ”をしたいという人は多い。そんな人情を狙ってか、部分やせをうたった書籍や雑誌、それに運動補助器具や衣類などがたくさん発売されている。
どれも部分やせの効果を裏付けるもっともらしい理屈が語られているが、本当にその恩恵を受けることができるのだろうか。
運動のエネルギーには体全体の脂肪が使われる
「結論を言えば、部分やせはできません」と、中野さんは一刀両断にする。
「みなさんやせたい部分があると、そこを一生懸命に動かします。それで動かした部分の脂肪が落ちると思われている人が多いのです。また、体脂肪がついている部分をマッサージしたり揉みほぐしたりすることで、脂肪細胞が柔らかくなったり、溶け出したりするという説明を見ることがあります。しかし、これは間違った考え方です」(中野さん)
お腹をへこませたいから腹筋運動、二の腕を細くしたいから肘を後ろに伸ばす運動…。つい、気になる部位を動かすエクササイズを行ってしまいがちだ。しかしこれが、最も陥りやすい勘違いなのだ。
「気持ちは分かりますが、脂肪が分解されて筋肉の運動のエネルギーとして使われる仕組みを考えれば、間違っていることが理解できるはずです。どんな運動でも、開始直後は筋肉の中に蓄えられているグリコーゲンという物質がエネルギーとして使われます。それが底をつくと、今度は体全体に蓄えられている体脂肪が分解されて脂肪酸ができ、血液中に溶け出し、血管を通ってエネルギーを必要としている筋肉に運ばれます。そこで脂肪酸が水と二酸化炭素に分解される時に、エネルギーが発生するのです。つまり、動かしている筋肉の上についている脂肪だけがエネルギーに使われるのではありません。もし、動かしている部分の皮下脂肪が主にエネルギーとして使われていれば、しゃべっていたら口の周りがどんどんやせていってしまいますよ(笑)」(中野さん)
これは脚を動かしても、腕を動かしても同じこと。もちろん腹筋も同様だ。「ある特定の部分に脂肪がつきやすい、あるいは落ちやすいといった話はよく聞きます。これは遺伝的要因、体質が大きいのです。例えば、太る時でも顔からの人もいれば、お腹周りからの人もいます。やせる時も同じです。「なんで違うんですか?」と聞かれることがよくありますが、全ては個性、人の顔がみんな違うのと同じなんですよ」(中野さん)。
サウナスーツに要注意、体温上げても脂肪は燃えない
それでも、部分やせを望む人は多い。そして、その部分を積極的に動かすと、その結果として「筋肉は強くなりますね」と中野さん。しかし、その上についた脂肪はそのまま。見た目は、より太った印象になりやすいのだ。
また、体脂肪は脂なのだから、体温を高くすれば手っ取り早く溶け出してエネルギーとして使われ、減っていくという考え方も、大きな間違えだ。
「未だに、通気性のないウエアで走ったり、ウォーキングしたりしている人を見かけますが、あれは体を壊す原因を作っているだけです。逆に、体温を上げ過ぎてしまうと、脂肪燃焼の速度が遅くなるといわれています。脂肪を分解したり、利用したりする酵素の働きが悪くなるからです。体温が1~2℃度上がるとリパーゼという脂肪を分解する酵素が一番よく働くのですが、3~4℃上がると機能が低下するとされています。いかに体温を上げずに運動するかが重要なんです」(中野さん)
つまり、いわゆるサウナスーツの脂肪燃焼効果は疑わしいということだ。これを着用してジョギングなどをすれば大量の汗が出て、いかにも“運動をしたぞ!”という実感が得られる。しかも、確かに体重は減る。しかしその減量分は、体内の水分が失われただけで、実際に脂肪が燃焼されたのではない。脱水状態を招きやすく、それだけでも危険なのに、さらに血液が濃くなって血栓ができやすくなり、脳梗塞や心臓の障害で命の危険を招くこともあるのだ。
「ボクサーが減量のためにサウナスーツを使用するのは、計量をパスするために最後の数百、数十グラムの水分を筋肉から絞り出すため。特に軽いクラスの選手は究極まで体脂肪を減らしているので、あとは水分を出すしか方法がないからです」(中野さん)
電気刺激で筋肉を動かしても脂肪は減らない
やはり筋肉を動かさなければ、脂肪は消費されない。「じゃあそこで!」と思いつくのが、電気刺激で筋肉を動かして鍛える器具だ。宣伝ではかなりの効果があるようだが…。
「電気刺激で動かすことで筋肉ができる、強くなるということは、なくはないですね。ケガで運動ができない、あるいは特殊な例ですが、宇宙から帰還して筋力が弱くなっているなど、リハビリが必要な筋力レベルの人であれば、効果があった例はあります。ただ、それだけで能動的な刺激による筋肉強化と同じレベルかというと、効果は小さいとしか言いようがありません。コマーシャルなどでは、お腹につけることで腹筋の6パックができるような表現をしていますが、器具だけで割れるわけではありませんよね? 他の厳しいトレーニングを積み、摂取カロリーをコントロールしている人だから、美しい腹筋を作れているのでしょう。それにお腹周りの体脂肪を減らせば、誰でも6パックは現れます」(中野さん)
できるだけ楽をして、引き締まった腹筋を手に入れたい心情は十分に理解できる。しかし、それを機械だけで実現するのは無理があるようだ。
「お腹を引き締める目的で、腹筋運動をするのは悪いことだとは言いません。筋肉強化によって多少の影響はありますから。ただ、男性の場合は、お腹が内臓脂肪によって張り出していることが多い。つまり、体の内容物によってお腹が出ているのです。内臓脂肪を腹筋運動で効率よく減らすことはできません。唯一の方法は食事を低カロリーにし、運動によって消費カロリーを上げることです。その運動の一環として、腹筋運動を取り入れるというのであれば、それは素晴らしいことです」(中野さん)
お分かりいただけただろうか。筋肉の形がはっきりとした、均整のとれた体型を手に入れたければ、まずは、全身の皮下脂肪を減らすことが肝要。そこから、引き締めたい、あるいは整えたい部位の筋力トレーニングをしていくことが、体型を保つことにも、健康な生活を送るためにも大切なことなのだ。
フィジカルトレーナー/米国スポーツ医学会認定運動生理学士

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