33歳の時に米フェイスブック社(FB)に入社した森岡康一さんは、同社史上初の英語が話せない社員だった。試行錯誤の末に、耳と口の集中トレーニングの大切さに気付き、NHKニュースと海外ドラマで耳と口の集中トレーニングを開始する。2年間で飛躍的に英語力を高め、今では海外企業のキーマンたちから英語で最先端の情報を集めている。

Supership 社長。1976年生まれ。2000年にインテリジェンスへ入社。その後、ヤフーに移る。04年にヤフーとリクルートのジョイントベンチャーの設立に参画。10年に米フェイスブック社に入社し、日本法人の副代表として、ユーザーや広告主の開拓を進める。13年にKDDIへ移り、15年11月にグループ会社でデジタルマーケティングを手がけるSupershipを立ち上げ、社長に就任。(写真:新関雅士)
私は2010年、33歳の時に米フェイスブック社(FB)に入社しました。それまでは日本のヤフーで他社との技術連携を推進する部署の部長を務めていたのですが、FBからスカウトの声がかかったんです。
英語力にはまるっきり自信がありませんでしたが、日本での勤務が条件でしたし、FBはSNSの普及という当時の最先端の領域に挑戦していました。迷わず決めましたね。しかし、入社した後で知ったのですが、私はFBで史上初めて雇われた「英語が話せない社員」だったんです(笑)。
英語が話せないのになぜ採用されたかというと、FBは日本が特殊な市場だと理解していて、英語は話せるが日本でのビジネス経験が乏しい人間より、日本のビジネスに精通しているが英語はダメという人間の方が、力を発揮してくれる可能性が高いと考えていたんです。私の方も「何とかなるだろう」と気楽に構えて、英語は半年で習得すると約束してしまいました。でも、実際に仕事が始まってみると、その甘い予想は無残に打ち砕かれたのです。
「I'd like to~」が聞き取れない
例えば、本社の米国人上司とテレビ電話を使った1対1の打ち合わせが毎週あり、直近1週間の進捗を報告しなければいけません。30分の短い打ち合わせですが、英語が話せない私は、事前に英語が得意な日本人の同僚に手伝ってもらって、報告事項を読み上げるための「原稿」を準備しました。しかし、発音がまずくてなかなか伝わらないし、質問されても何を聞かれているのか分かりません。同僚のフォローで何とか事なきを得るという状態が続きました。
文法書を買って勉強してはみたものの、学んだ文法を基に話そうとしても発音がダメで伝わらない。気がつけば、あっという間に約束の半年が過ぎようとしていました。そんなある日、本社との打ち合わせで聞き取れなかったフレーズを同僚に聞いてみると、“I'd like to(~したい)”だったと知ったんです。
赤ちゃんのように学ぶ
文字で見れば分かるこんな簡単な表現が聞き取れないなんてとショックを受けました。結局のところ、耳が英語に慣れていないのが問題で、赤ちゃんが言葉を学び始める過程のように、まずは英語を毎日浴びるように聞いて耳を英語の音に慣れさせるしかない。
そこで、毎日寝る時に英語を流しっぱなしにしたのです。教材として選んだのは、NHKが配信する英語のニュースです。日本人向けのニュースを英語にしているのでとっつきやすく、無料で聞けるんです。でも初めは単語1つ聞き取れず、15分も聞いているとぐっすり寝入っていました。
英語の「耳」を作るのに最適

NHKワールド JAPAN

それでも英語の抑揚やアクセントに慣れるため、とにかく毎日ニュースを聞き続けました。すると、2週間くらい経った頃から英語のリズムに慣れてきて、以前より英語がクリアに聞こえてきたんです。そして1カ月ほど過ぎた頃には、一部ですが短い文章が聞き取れるようになりました。それからは、だいたい毎日1~2時間、ベッドに入ってから眠るまで英語を聞くことが習慣になりました。
聞くことに慣れてきたら、英語の「口」を作るためのシャドーイングにも挑戦しました。シャドーイングとは、英語を聞きながら即座に復唱するトレーニング方法です。「聞く」と「話す」を同時に行って英語の音に慣れるのが目的なので、単語が聞き取れなくても聞こえたままに発音するようにしました。教材はNHKの英語ニュースや好きな海外ドラマです。同じニュースや場面を繰り返し聞いては1日15分程度練習しました。
リスニング+シャドーイングで毎日1~2時間のトレーニングを続けて半年後、つまり入社して1年くらい経つと、1時間の打ち合わせでずっと英語を聞いても苦にならず、聞き取れる内容も以前よりはるかに多くなっていました。
耳が英語に慣れてきた!
ある日、いつもと同じように英語のニュースを聞いていると、これまで耳にしたことのない単語が聞こえました。で、そのスペルを推測し、インターネットで検索したら“正解”にたどり着いたんです。つまり、分からない単語のスペルを音声から推測できるまでに耳が英語に慣れていたんです。
英語が聞こえる「耳」ができたら、“英語脳”を鍛えるうえでも、英語を頭の中で日本語に訳さずにそのまま理解しようとすることが大事です。
そう意識して英語を聞くようにしてから約半年。つまり、FB入社から1年が経った頃には、打ち合わせをしていても、頭の中で日本語に直さずに理解できる英語の分量がぐんと増えていました。ポイントは主要な動詞や接続詞、助動詞について英語本来のニュアンスを知っておくことです。
例えば、動詞の「have」は単に「持っている」という意味ではなく、「I had dinner.」なら「夕食を食べた」、「We had a meeting.」なら「打ち合わせをした」など幅広い意味を持っています。それさえ知っていれば、英語のまま感覚的に理解することもそんなに難しくはないですよね。
I got it. 分かりました。
私は会話をスムーズにするためのフレーズをたくさん暗記しています。
“I got it.”はその1つ。
“We are having a meeting at three tomorrow.”(明日3時に打ち合わせをします)“I got it.”は、「分かりました」「任せてください」「了解しました」など幅広い意味で使えます。
「right」は「ぅらいと」

一方、英語が話せる「口」を作るには、ネイティブのマネをするに限ります。英語と日本語では口の使い方がまるで違うからです。
例えば、日本人が苦手とする「L」と「R」。「light」と「right」は日本流の発音になりがちです。英語のネイティブは「light」を発音する時は、「い」を発音するときのように、口を横に広げてから「らいと」と発音します。一方、「right」はというと、今度は「う」の形に口をとがらせてから発音します。少しだけ「う」を発音するので、音を書き出してみると「ぅらいと」になります。
実践的な口の動きを練習するという意味でも、シャドーイングは役立ちます。好きな海外ドラマの同じエピソードを何度も見ながらセリフをまねるのは、なかなか楽しいですよ。
「That makes sense.」(なるほど)や「Let me know if you have any questions.」(質問があれば言ってください)など、いろいろな場面で使える便利な表現は暗記して打ち合わせや雑談で実際に使うようにしていました。
耳と口が“一人前”になったら、様々なシーンを想定し、架空の相手と会話するというトレーニングもおすすめです。例えば、ある案件で上司を説得するというシーンを想定し、自分と上司の1人2役でお互いが話すであろう会話を英語で話すのです。会話を考えて次々に口に出すので、英語脳を鍛えられます。1人になれる場所でやってみるといいでしょう。
英語でのコミュニケーションに支障がない水準に達したのは、FB入社から2年後のことでした。後に私は転職しましたが、今も海外企業のキーマンたちから英語で最先端の情報を集めています。あの2年間があればこそです。
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