(前回から読む)
イノベーションの多くはどこにでもあるものの「組み合わせ」から生まれる。新たな組み合わせを思いつくには幅広い知恵、知識、知見が必要であり、ダイバーシティーを実現してこそ、組織に様々な情報が集まると説明した。
日本は残念ながらかつてよりも貧しくなっている
世界を、現状を正しく認識するための方法について解説してきました。安倍政権が経済成長の推進力として掲げる「新3本の矢」には「名目GDP(国内総生産)600兆円達成」も挙げられています。次はこの目標をいかに達成するかを考えていきましょう。
日本は残念ながらかつてよりも貧しくなっています。20年前には世帯の平均所得は660万円ほどありましたが、今は530万円ほど。なぜ貧しくなったのかといえば、競争力が落ちているからです。
IMF(国際通貨基金)が発表している購買力平価ベースのGDP(国内総生産)を見ると、日本の経済規模は米国、中国、インドに次いで世界第4位です。このポジションをキープしようと思うのなら、競争力、イノベーションの力も第4位前後をキープしていく必要があります。
ところが、スイスの有力調査機関である国際経営開発研究所(IMD)の調査によれば、日本の国際競争力は2016年には世界で26位。これでは、どんどん貧しくなるばかりです。つまり、この国の課題は競争力を上げること。GDP600兆円という目標は、その延長線上でこそ、達成が可能です。
皆さんはメチャクチャ恵まれた環境にいる
この慶応ビジネススクールに集まっているのは、企業の経営幹部やこれからベンチャー企業を興そうという意気込みをお持ちの皆さんです。「今の日本の競争力が26位」と聞いた皆さんは、きっと「チャンスは大きい」とうれしくなったことでしょう。もし、うれしいと感じなかったのなら、ずいぶん頭がかたいと言わざるを得ません(笑)。
皆さんはメチャクチャ恵まれた環境にいると思います。1990年代初頭、日本の競争力は世界トップとされていました。こういう時代では、皆さんがどんなに頑張って勉強し、知識を身につけても、それ以上、上に上がることはできません。いずれは落ちていくことが目に見えています。
それに比べて、26位という位置づけは上げていくのにちょうどいい。慶応ビジネススクールでガッツリ勉強して10番ぐらい順位を上げればいいのです。先が見えている社会よりもずっといい。まさに「ほどよい湯加減」にあると言えるでしょう(笑)。
社会の不安定化は、若年人口が膨らむ「ユースバルジ」が要因
日本のように労働力が800万人も不足する社会(2030年の予測)では、絶対に食いっぱぐれることはありません。社会が不安定になることもない。一般に社会が不安定化する要因の多くは若年層の人口が大きく膨らむユースバルジ(Youth Bulge)から生まれます。人口に占める15~29歳の比率が3割を超えるとユースバルジになるといわれています。
若年層の人口が多すぎれば競争過多で仕事がなく、恋人とデートもできない、結婚もできないという若者が増えてしまいます。エネルギーと活力にあふれる若者がそういう閉塞状態に陥ると、希望をなくして、しまいにはテロや内戦にまで発展していきます。
2014年には世界で年間4万人近くの人がテロで亡くなっていますが、その80%はイラク、ナイジェリア、パキスタン、アフガニスタン、シリアに集中しています。テロや内戦がイスラム教の問題だとか、宗教の戦いだというのは間違っています。いずれも原因はユースバルジです。
労働力が不足する日本は、実は若い人にとって天国
西欧的な価値観からすれば受け入れ難いものだったとはいえ、過去、これらの国を統治していたタリバン政権、フセイン政権などの独裁政権は社会に一定の安定をもたらしていました。若者にはそれなりに仕事がありました。ところが、それらの政権が崩壊し、ユースバルジの問題が生じたことで、社会は不安定化してしまったのです。
これらの国々と真逆で、労働力が不足する日本のような社会は実は若い人にとっては天国です。さらに湯加減もほど良く、伸びしろが山ほどあるのですから、皆さんには今、この時代、この環境にいることをメチャクチャ幸せだと思って仕事をしてほしいと思います。
問題は、国際競争力26位という現在のこの位置づけをどうやって上げていくかです。
「イノベーションを起こそう」「生産性を上げたい」と思うのなら、明日も今日と同じ仕事をやっていてはダメです。それでは26位のままで進歩はありません。今までとは違う仕事のやり方をしたり、人と違うことを考えたりしなければ、生産性は上がりません。今まで5時間かけていた仕事のプロセスの一部をカットして4時間で仕上げるというような変化、違いを生み出すことが必要です。
ミシュランに載ったラーメン店は、何を考えて店づくりをしたか
では、どうやれば今までと違う仕事のやり方、人と違う考え方が生み出せるのか。そのヒントを示しましょう。
ライフネット生命の近くに5年ほど前、新しいラーメン店ができました。非常に人気のあるお店で、既に3店舗を構え2014年から「ミシュランガイド東京」にも載るようになりました。東京にあまたあるラーメン店の中でも非常に高い競争力を持つお店です。
ある時、僕はこのラーメン店の店主に「店をオープンするまでに何をしてきたのか」と聞いてみました。ラーメン店を開きたいと思っていた彼がお金を貯めて真っ先にやったこととは、「東京中のおいしいラーメン店に行ってラーメンを食べること」でした。実際、食べてみたら、どのラーメンもとてもおいしかったそうです。
しかし、その一方で彼は「こんなお店を作ったらダメだ」と感じていました。なぜかというと、どのラーメン店も、入っているお客は男性ばかりで、人口の半分を占める女性がほとんど入っていなかったからです。「女性がひとりでも入れるラーメン店を作れば売り上げは2倍になる」。そう考えた店主は奥さまに協力してもらい、店づくりを始めました。
ほとんどのイノベーションは組み合わせから生まれる
内装を工夫し、カフェのような雰囲気に仕上げ、女性ひとりでも気軽に立ち寄れる店にしました。紙エプロンや女性客には髪留め用のゴムを配り、食べやすさに配慮しました。
女性向けをイメージして、野菜をふんだんに使用した「ベジソバ」というメニューも開発しました。これは、まさに従来のラーメンの概念を覆す一品です。スープはオレンジ色。ニンジンのピューレとムール貝のだしが融合しています。麺にはパプリカが練り込んであります。とにかくヘルシー。そして、メチャクチャうまい。ラーメンのイノベーションと言える一品です。
イノベーションというと、アインシュタインの相対性理論のように、ものすごく賢い人が自分の頭でものすごいことを考えて、何もないゼロから新しいことを生み出すことをイメージする人が多いかもしれません。けれど現実には、こういうタイプのイノベーションは滅多に生まれません。ほとんどのイノベーションは実はベジソバタイプ。どこにでもあるものを組み合わせて新しいものを生み出すタイプのイノベーションが多いのです。
ラーメン、ニンジン、ムール貝。どこにでもあるものばかりですが、この3つを組み合わせた人は過去にはいませんでした。だからこそベジソバはイノベーションなのです。
ポイントは店主がムール貝が好きだったこと。ムール貝を食べたことのない人には、ムール貝とニンジンのピューレを合わせてみようという発想は生まれません。つまり、イノベーションを生み出すためには、いろいろなことを知っていることが重要です。簡単に言えば勉強が必要です。競争力を上げようと思えば勉強するしかありません。
大人にとっての勉強とは「人、本、旅」
大人にとっての勉強とは何か。僕は「人、本、旅」だと考えています。たくさん人に会い、たくさん本を読み、たくさん現場に行くこと。といっても、人間はナマケモノですから決して勉強が好きではありません。この3つの中で、いちばん勉強のイメージに近いのは難しい本を読むことだと思いますが、なかなか実行できないという人も多いことでしょう。
「今日は早く家に帰ってトマ・ピケティの本を読むぞ」と決めていたとします。そこへ夕方5時ぐらいに友人から電話がかかってきて、「めちゃくちゃ安くてうまい飲み屋を見つけたから新橋へ行かないか」と誘われたら、どうしますか。僕だったら心の中で「ピケティ先生、ごめんなさい。明日は必ず勉強しますから」と言って喜びいさんで新橋へ行くでしょう。人間はその程度の動物です。勉強を心がけることは重要ですが、勉強をすることはそれほど簡単ではありません。
社外取締役には30年の経験に基づく知見がある
だからこそ、ダイバーシティーが意味を持つのです。
ある会社にボードメンバーが20人いたとします。20人の一人ひとりを見れば、慶応大学卒、早稲田大学卒など知恵も知識も豊富な優秀な人ばかりが集まっているかもしれません。けれども大体が50歳~60歳の生え抜きのおじさんばかりです。かつての部長と課長が、社長と専務になっているような関係がほとんどです。これに対してグローバル企業はボードメンバーのほとんどが社外ですから、日本に比べれば若者も女性も外国人もたくさんいる。
同じような環境の中で過ごした同じような属性の人ばかりでは、読んだ本も会った人も行った場所もオーバーラップしてしまいます。こういう環境では、ラーメン、ニンジン、ムール貝を組み合わせてみようという斬新な発想は生まれにくい。そこに外国人がいたり、女性や若者がいてこそ、ベジソバが生まれるのだと思います。多様なバックグラウンドを持つ人が集まった方が、多様な勉強ができ、多様な知恵が出るのです。
社外役員の重要性を指摘されると、「1カ月に1~2回、1~2時間議論するだけで何ができるのか」と主張する人がいます。こういう人にはぜひピカソのエピソードを紹介したいと思います。
晩年、ピカソが南フランスの海岸を散歩していた時のこと。1人の女性に会いました。その女性は持っていたハンカチを出してピカソにサインを求めました。サインを書いたピカソが「このハンカチは1万ドルで売れますよ」と話すと、女性は「たった10秒手を動かしただけなのに?」と驚きます。するとピカソはこう答えます。「違います。40年と10秒です」。
社外役員がその会社の経営について議論するのは月に1時間、2時間のことかもしれません。けれど、そこで出す意見の背景には、その人の20年、30年に及ぶ体験があり、ダイバーシティーにあふれた知見があるのです。
いかにして競争力を向上させるかを考える時には、人とはちがうことを考える。そのためには人・本・旅で勉強するしかない、1人で勉強することは難しいのでダイバーシティを活用するという3点を押さえてほしいと思います。
特に貧しいのは20代
さて、このように考えている僕はいったいライフネット生命保険でどんなビジネスをしているのか。ここで簡単に紹介しておきましょう。
先ほど、日本は以前よりも貧しくなっていると説明しましたが、特に貧しいのは20代。ニートやパートなど非正規雇用が増えているからです。婚姻の形態がガラパゴス的にゆがんでいる日本で20代が貧しければ、自ずと晩婚化し、少子化がさらに進行していきます。
僕はこんな社会を変えたいと思いました。長年、生命保険会社にいた僕にできることは、保険料を半分にして安心して赤ちゃんが生める社会を創ることだと考え、60歳でインターネットを主な販売チャネルとする、全く新しいタイプの生命保険会社、ライフネット生命を開業しました。因みに、当社は戦後初めての独立系の生命保険会社です。
信用・信頼を売るために実践していること
インターネットを中心に販売するライフネット生命の保険料は、同じ保障内容でも大手生保の半分ほどのケースもあります。といっても、ただ安い保険を売っているばかりではありません。これまでの生命保険は、大事な家族のために購入するものでした。けれども今の日本では一人暮らしが一番多い。家族のいない一人暮らしの人にとって一番しんどいのは死ぬことではなく、難病、事故などで働けなくなることです。そこで長期間の療養・休業でも完治するまで月に10万円などのお金が出続ける「就業不能保険」を販売しています。
ライフネット生命には明確な経営課題があります。生命保険は息の長いビジネス。短い死亡保険でも最低10年、医療保険であれば終身です。1年で更新する自動車保険や1クリックで取引が終了する銀行、証券のネットビジネスとは根本的に異なり、会社への「信頼」や「信用」がなければ成り立ちません。テレビコマーシャルでライフネット生命という会社の名前を売ることはできますが、信頼や信用を売ることはできません。
ではどうすればいいのか。トップである僕が率先してライフネット生命はこんな会社ですと発信し続けるしか方法はありません。日本生命にいた時の僕は講演をしたこともなければ本やブログを書いたこともありませんが、今はなんでもやります。10人以上集まるところならばどこへでも行って話をしますし、会社概要を書いたはがき大の名刺を持ち歩き、「同僚の机の上に置いてください」と言って1人に10枚ぐらい渡しています。ツイッター、フェイスブック、ブログも活用しています。
こうやって少しでもライフネット生命のことを知ってもらおうと地道に活動をしています。
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