このプロジェクトは、「中堅・中小企業等イノベーション創出プログラム(飛躍 Next Enterprise)」と呼ばれ、15年4月に安倍晋三首相がシリコンバレーを訪れた際に発表した「シリコンバレーと日本の架け橋プロジェクト」の一環となるもの。
企業の派遣先はシリコンバレーのほか、ニューヨーク、テキサス州オースチン、シンガポールの合計4カ所。それぞれ10数社ずつを派遣し、渡航費や滞在費などを補助する。滞在中には、現地のインキュベーターやベンチャー企業、既に進出済みの日系ベンチャー企業、法務関係者による進出アドバイスなどのセッションを設けている。
従来、日本のベンチャー支援は、大学や研究機関の近くにベンチャー企業を集めるといったシリコンバレーなどの手法をまねるようなものが多かったが、今回の取り組みではもう一歩踏み込んで、現地のキーパーソンとの人脈づくりをきめ細かく支援する。ここで築いた人脈を事業に生かしてもらい、継続的にイノベーションを生み出せる産業構造を日本に定着させることを目指す。

シリコンバレーへの派遣が決まったのは、患者に治療ガイダンスをする医療アプリ制作のキュア・アップ(東京・中央)、全自動洗濯物折りたたみ機を開発するセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ(東京・港)、人工知能を活用した医薬関連ベンチャーのMOLCURE(東京・品川)など。
ニューヨーク派遣は、モバイル金融サービスのFinatext(東京・千代田)、人工知能技術を金融機関などに提供するHEROZ(東京・港)などFintech関連の企業が多い。
オースチン派遣は、網膜に直接映像を映す技術を持つQDレーザ(川崎市)など。シンガポール派遣は、医療画像診断支援ソフト開発のエルピクセル(東京・文京)、センサーを使った人間の動作認識技術を持つMoff(東京・千代田)などが選ばれた。
今回派遣するベンチャー企業約50社は、16年10月から11月にかけて公募し、大学教授などベンチャー企業に詳しい民間有識者の意見などを基に倍率約4倍の応募者の中から絞り込んだ。「選定では、日本国内で活躍しており、グローバルに展開してイノベーションを起こす可能性のあるところ。これまでの実績よりもポテンシャルの大きさに着目した。海外のキーパーソンやマーケットと結びついてグローバル展開を加速したり、ビジネスモデルをより進化させたりしてくれる能力があることを意識した」(経済産業省新規産業室の石井芳明新規事業調整官)。
販売チャネルやパートナー獲得目指す
「シリコンバレーを含む米国ベイエリアは所得が高く、新しい製品に関心が高いイノベーターが多く集まる重要な販売ターゲット。こうしたユーザー層にリーチできる販売チャネルを開拓するには、現地のVCからの紹介が最も有力と考えている。今回の仕組みを大いに活用したい」。こう語るのは、シリコンバレーへの派遣が決まったセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの阪根信一社長だ。
セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズは、17年3月から全自動衣類折りたたみ機「laundroid(ランドロイド)」の予約受付を開始し、17年末には全世界で同時発売する予定。さらに、鼻に挿入していびきを防ぐ器具「ナステント」は大学などで臨床試験を行っており、17年9月に米食品医薬品局(FDA)の承認を取得する見通し。こうした製品の販路開拓のために、人脈づくりを急ぐ。

阪根社長の直近の狙いは販路開拓だが、長期的な取り組みの足がかりにもする。一つは、優れた技術者の確保だ。ランドロイドは洗濯物の仕分けをするために画像解析やAI(人工知能)の技術を使っている。「AIの技術は日本がまだ弱いと感じている。日本でも優秀な人材を集めているが、さらに欧米の有力な人材を得るため、世界各地に研究開発拠点を持ちたいと考えている。シリコンバレーはその拠点の有力候補になり得る」(阪根社長)。
もう一つの狙いは、ランドロイドを通じて集める家庭内の衣類に関するビッグデータを活用する有力なパートナーを開拓することだ。
ランドロイドは家族一人ひとりの衣類を仕分けるために、誰の衣類なのかを事前に登録する仕組みになっている。この登録情報を生かせば、POSレジで集まるデータより一歩踏み込んで、実際によく着られている服は何かを知ることができる。商品開発に結びつけたり、洗濯回数により「そろそろシャツの買い換えをしたほうがいい」と促したりできるようになる。こうしたデータ活用のプラットフォームを構築するには、有力なパートナーとの連携が欠かせないと阪根社長はみている。「ベンチャー企業はとにかくスピードが勝負だが、優れた技術や優れた社員がいるだけではスピードは上げられない。素早いパートナーシップ構築によるオープンイノベーションが大事になる」(阪根社長)
オースチン組はSXSW出展
テキサス州オースチンに派遣される企業は、3月に開催される米国最大級のイベント「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」の展示会への出展が大きな目的となる。注目企業の一つは、QDレーザ(川崎市)だ。眼鏡フレームに取り付けた超小型のプロジェクターから微弱なレーザー光を出して網膜に直接映像を映す技術を持つ。角膜や水晶体の影響を受けないため、視力や水晶体のピント位置によらず、鮮明な映像を見ることができる。
「製品を世界展開するうえで、米国市場は大きな存在。今回の展示会への出展を市場開拓の橋頭堡としたい。弊社の網膜投影技術はまさに『百聞は一見にしかず』というところがある。1人でも多くの方に体験いただき、それを知ってもらいたい」(QDレーザの宮内洋宜視覚情報デバイス事業部事業開発マネジャー)
経産省の石井氏は「日本のベンチャーには今、期待できる企業が次々に生まれている。各地に派遣する企業には、これをきっかけに大きく成長して、次に続く企業のロールモデルになってほしい」と話している。
(編集:日経トップリーダー)

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