ボストン・コンサルティング・グループが世界経済フォーラムと共同で実施したグローバル調査を元に作成した4つのシナリオ
ボストン・コンサルティング・グループが世界経済フォーラムと共同で実施したグローバル調査を元に作成した4つのシナリオ
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 自動運転が普及すると、クルマの販売台数は減るのか? 減るとしたらどのくらい減るのか? 完成車メーカーや部品メーカーの人と話をしていると、こう聞かれることが多い。もちろん「分からない」というのが本当のところだが、筆者はいつも「減ったほうがいいんですか?」と聞き返すことにしている。質問に質問で答えるというのはずるいやり方だが、そうすると先方は大概「もちろん減らないほうがいい」と答える。そこで筆者も「減るかどうかを心配するよりも、減らないようにするにはどうしたらいいかを考えたほうがいいんじゃないですか?」と返すようにしている。

 とはいえ、この先どうなるのかを知りたいというニーズは多い。先日、非常に興味深い予測を目にする機会があった。米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が開催したメディア向けの勉強会なのだが、ここで同社は前提条件を変えた、4つの自動運転車の普及シナリオを提示した。この4つのシナリオは、2つのグループに分類できる。基本的に、自動車の個人所有が主流であり続けるという想定と、自動車の多くが法人所有となり、個人所有が大幅に減るという想定である。

 この4つのシナリオのうち、衝撃的なのは、個人所有が大幅に減ると想定したシナリオ3とシナリオ4である。シナリオ4では、車両の総数(保有台数)が46%、シナリオ4では59%も減ると試算しているのだ。一方で、個人所有が維持されることを想定したシナリオ1だと車両総数の減少は1%、シナリオ2でも8%の減少にとどまると試算している。

世界10カ国で調査を実施

 この4つのシナリオについて詳しく紹介する前に、今回の試算のベースになっているグローバル調査について説明しておこう。今回の試算は、BCGが世界経済フォーラム(WEF)と共同で実施した調査レポート「Self-Driving Vehicles, Robo-Taxis, and the Urban Mobility Revolution」の中に掲載されているもので、その詳しい内容はこちらに掲載されている。

 この調査は世界の10カ国・5500人以上を対象に実施した消費者調査や、世界12都市の25人の制作担当者へのインタビューを元にまとめたものだ。まずステップ1として、シンガポール、ベルリン、およびロンドンで4時間におよぶグループインタビューを実施し、自動運転に関する消費者の期待と懸念点を抽出した。

 次にステップ2として、このグループインタビューで抽出された知見を基に、中国、フランス、ドイツ、インド、日本、オランダ、シンガポール、アラブ首長国連邦(UAE)、英国、米国(アルファベットの国名表記順)の10カ国で、約5500人を対象として、詳細なオンライン調査を実施した。

 さらにステップ3として、ニューヨーク、ヘルシンキ、アムステルダム、ドバイ、トロント、シンガポール、ピッツバーグ、イエーテボリ、ミルトン・キーンズ、マイアミ、グラーツ、デュッセルドルフ(順不同)などの都市の政策担当者と50回以上のやりとりをして、都市における優先順位と課題、自動運転車の潜在的役割について議論したという。

「駐車しなくていい」のがメリット?

 今回のグローバル調査では、いくつか面白い結果が得られているのだが、その1つが、消費者が自動運転で最もメリットを感じていることは何か、ということだ。今回の調査では「自分がクルマを降りると、クルマが自分で駐車スペースを見つけて駐車してくれる」ことにメリットを感じる消費者が全体の43.5%で最も多かったという。これは「乗車中に他のことができるので生産性が上がる」(39.6%)や「渋滞中に自動運転モードに変更」(35%)といった回答を上回っている。筆者自身は、駐車がそれほど苦手ではない。だから、この回答についていま1つ実感が湧かないのだが、世界全体でみると、駐車を面倒だと感じている消費者が非常に多いということなのだろう。

 またもう1つ、これは完成車メーカーにとっては心強い数字だと思うのだが、自動運転車の製造元として最も信頼されているのは既存の完成車メーカーだということだ。「自動運転車の製造元としてどのような企業が望ましいか」という設問に対して、回答全体に占める「既存の完成車メーカー」の比率は46%で、米グーグルや米ウーバーテクノロジーズといったテクノロジー企業という回答(16%)を大幅に上回ったのである。

 ただ、こうした回答には地域差がある。日本やドイツといった、自動車が国の基幹産業になっている国では、既存の完成車メーカーという回答がそれぞれ59%、57%と多いのに対して、米国では32%、オランダでも33%と低い。また中国やインドといった新興市場では、それぞれ20%、25%が、自動運転車の製造元としてテクノロジー企業が望ましいと回答しており、既存の完成車メーカーもそれほどうかうかとはしていられないだろう。

完全自動運転車の製造元として望ましい企業(出典:ボストン・コンサルティング・グループ)
完全自動運転車の製造元として望ましい企業(出典:ボストン・コンサルティング・グループ)
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 もう1つ興味深い回答は、完全自動運転車のために、追加コストを払ってもいいという回答が多いことだ。ここでは詳細な結果は記さないが、概ね20~35%の消費者が、完全自動運転のために5000ドル以上を追加で払ってもいいと回答している。ちなみに日本では、完全自動運転のために追加コストを払ってもいいという回答が51%で、その中の58%の人が5000ドル以上払ってもいいと答えている。0.51×0.58≒0.30だから、3割の消費者が5000ドル以上の追加コストを容認していることになる。

車両の所有が誰かで大きな差

 さて、冒頭の4つのシナリオに戻って、改めて自動運転の普及について考えてみよう。4つのシナリオは、以下のようなものだ。シナリオの前提となっているのは、約500万人の在住者がいて、個人所有の車両およびタクシーが合計134万台保有されているモデル都市で、完全自動運転のEV(電気自動車)を導入するという想定である。

(1)プレミアムカー中心に自動運転車が普及:クルマの所有の中心が個人所有であり続けるシナリオ。完全自動運転機能は、高級車種を中心に普及する。自動車の車両数(保有台数)の減少は1%と小幅にとどまる。交通事故件数は19%減少。EVのシェアが増え、排ガスは9%減少すると推計している。

(2)自動運転車が広く普及:クルマの所有の中心は個人所有であり続けるが、クルマのほとんどが完全自動運転車に置き換わるシナリオ。自動車の車両数は8%、交通事故件数は55%、排ガスは23%減少し、駐車スぺースの5%が不要になると推計している。

(3)ロボタクシーへの移行:クルマの中心が「モビリティサービスの提供者が所有するロボタクシー」となり、ロボタクシーが都市の主な交通手段の1つとなるシナリオ。自動車の車両数が46%、交通事故件数は86%、排気ガスは81%減少し、駐車スぺースの39%が不要になると推計している。

(4)ライドシェア革命:シナリオ3と同様にクルマの中心が「モビリティサービスの提供者が所有するロボタクシー」となるが、さらにライドシェアが進むと仮定し、ロボタクシーの平均乗車人数が2人になると想定したシナリオ(シナリオ3では現状のタクシーの平均乗車人数と同様の1.2人と想定)。自動車の車両数は59%、交通事故件数は87%、排気ガスは85%減少、駐車スぺースの54%が不要になると推計している。

 先に説明したように、シナリオ1と2は基本的に個人所有が維持されることを想定しており、この場合クルマの保有台数は大きくは減らない。しかし、クルマの所有の中心がモビリティサービスの提供者に移る想定のシナリオ3と4では、クルマの保有台数は半減、あるいはそれ以上に減るという予測になっている。

 筆者はこのコラムの第58回で、完全自動運転車が普及すると、それを保有する個人がライドシェアサービスに貸し出して、「クルマに稼いでもらう」というビジネスモデルが出現する可能性があると書いた。もしそうなれば、たとえ個人所有が維持されたとしても、クルマの保有台数はこの推定より減るのではないか。そういう疑問を今回の調査レポートの著者の一人であるBCGミュンヘンオフィスのニコラス・ラング氏にぶつけたところ、消費者は個人所有するクルマをおいそれとシェアサービスには貸し出さないのではないか、という回答が返ってきた。今回の調査でも、個人所有の車両がシェアサービスに活用されることを想定しているが、その比率は1割程度にとどまると見ているという。

 つぎに、同氏に「一番ありそうなシナリオ」について訪ねたところ「シナリオ2とシナリオ3の間ではないか」という答えが返ってきた。つまり、個人所有がすべてなくなってしまうわけではないが、その一部がモビリティサービスに代替されるというシナリオである。個人所有がどの程度減るかは、モビリティサービスの提供者によるロボタクシーの料金設定にも大きな影響を受けると考えられるが、実はBCGはそれほどドラスティックな低料金を想定しているわけではない。

 同社がニューヨーク市をケーススタディとして試算したところ、既存のタクシーの料金が1マイル走行あたりのコストが2.8ドルなのに対して、ロボタクシーのコストは1.8ドル(タクシーの平均乗車人数である1.2人乗車を想定)で、個人所有の1.2ドルよりも、むしろ高いと推定しているのである。もちろんロボタクシーのコストは2人乗車なら1.1ドル、3人乗車なら0.7ドルと安くなっていくが、それでも個人所有に比べて劇的に低いというほどではない。日本ではタクシーの総コストに占める人件費の比率が75%程度といわれており、これがなくなれば料金は少なくとも半分以下になると筆者は考えているのだが、それに比べると、保守的な前提を置いた試算といえるだろう。

 この点についてもBCGのラング氏に「もっと安くできるのでは?」と尋ねてみたのだが、ニューヨークではタクシー運転手の人件費が高いことと、自動運転車のコストアップを想定すればこの程度になるという回答だった。このあたりは、試算の前提によって、結果も変わってくることだろう。

他社の試算とくらべてみると…

 こういった、自動運転車の普及に伴う車両保有の減少がどの程度になるかは、他のコンサルティング会社でも試算している。例えば独ローランド・ベルガーは米国市場を対象にした予測を公表している。この予測はBCGと異なり、都市だけでなく米国全土を対象としているので、そもそも前提が異なるのだが、完全自動運転車の普及によって、クルマの保有台数は約2億5000万台から約2億台へと、約2割減ると予測している。

ローランド・ベルガーが試算した自動運転が自動車市場に与える影響(出典:資源エネルギー庁資源・燃料部、石油精製・流通研究会配布資料)
ローランド・ベルガーが試算した自動運転が自動車市場に与える影響(出典:資源エネルギー庁資源・燃料部、石油精製・流通研究会配布資料)
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 同社は自動運転やコネクテッド化、シェア化の進んだ次世代の自動車社会を「Automotive 4.0」と定義しており、今回の予測は現状(Automotive 3.0)と比較したものなのだが、Automotive 4.0の世界では、2億台の保有のうち、1500万台ほどがモビリティサービス向けの車両になると推定している。つまり、個人所有の一部がモビリティサービスに置き換わるという予測で、保有台数が2割減るという予測も、先程のBCGのシナリオ2(8%減)とシナリオ3(46%減)の中間的な値となっており、結果としてBCGもローランド・ベルガーも、かなり近い予測をしているということになる。

 ただ、ローランド・ベルガーの試算で面白いのは、保有台数は減るものの、販売台数はむしろ増えると見ていることだ。これは、モビリティサービス向けの車両は、自家用車に比べるとかなり稼働率が高いため、買い替えのサイクルも早くなると見ているからだ。加えて、自動運転車を使ったモビリティサービスはドア・ツー・ドアの移動が可能で利便性が高いことから、公共交通から3200万人規模で利用がシフトしてくると見ており、移動手段として自動車の利用が増えると見ていることも影響している。

 いずれにせよ、将来のクルマの販売台数は、1つは個人所有がどの程度維持できるのか、そしてもう1つは自動車による移動がどの程度増加するか、この二つのファクターに大きく左右されるといえる。個人所有したくなるようなクルマを、完成車メーカーがどれだけ消費者に提案することができるか、そして他の交通手段から乗り換えたくなるようなモビリティサービスをいかに提供できるかが、自動車産業の将来を決めると言ってもいいだろう。

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