11月25日、政府・自民党によって農業改革案がまとめられた。農協グループで資材調達や農産物販売を担う全国農業協同組合連合会(以下、JA全農)に対し、肥料や農薬を扱う購買部門の縮小や販売強化などの改革を促す内容が含まれた。購買部門の改革では、生産者に安価な農薬や肥料を提供するため取扱品目を削減し、割高とされる農薬や農機を農家に売るJA全農の購買事業を1年以内に縮小するとされた。

 28日にはJA全農の自主性に任せる方向へ修正されたと報道されており、引き続き議論の推移を見守る必要がある。しかし、政府・自民党より提示された改革案の内容を参照すると、工業製品で行われているサプライチェーン改善の取り組みからの知見を生かせない、まさにサプライチェーン軽視の姿勢が読める。

農協改革の柱である購買事業の縮小

 今回の改革案では、JA全農の商社機能の一方を担っている購買事業がやり玉にあがっている。個人経営の農家では、農薬や肥料を生産する大企業とまともに交渉すらできない。したがって農業従事者を募り協同組合化して、購買力の向上を目指したのがJA全農の購買部門だ。

 農協における共同購入事業は共同販売事業とともに、独禁法適用が除外され、日本の農業生産に必要な肥料の71%、農薬の60%を生産者へ販売している。業界でこれだけの購買量があるにも関わらず、販売価格は小売店に比較して「高い」とする向きが強い。今年3月に行われた「第35回農業ワーキング・グループ」では、農産物の出荷時に使用される段ボールやビニール袋、農薬の価格比較表が提示され、総じてJA全農の価格が高いと報告された。

 日本国内の肥料や農薬流通におけるJA全農の占有率は前述したように非常に高い。これは、集中購買が効果的に作用する重要なポイントだ。しかし、これはあくまでも買い手の論理であって、売り手まで含めた、業界の置かれた状況も合わせ考えなければ、共同/集中購買が、本当に有効に機能するかどうかは判断できない。

 肥料や農薬を生産するのは化学メーカーだ。国内農薬トップの住友化学は、グローバルの売上高順位では9位だ。肥料にしても業界再編の真っただ中にあって、グローバルマーケットで戦える価格競争力を持つのは簡単ではなく、市場における需要環境も厳しい。米の長年にわたる減反政策や、農業従事者の高齢化による離農によって、作付面積は減少基調が続いている。加えて、原材料価格の高騰や、消費者の環境問題への高い関心もあって、市場規模も縮小が続いている。農業資材のサプライチェーンは、売り手である肥料メーカーや、農薬メーカー、そして最終消費者である生産者の多くの規模が小さい。そんな中でJA全農だけが唯一巨大なのだ。

JAが行ってきた集中/共同購買の実態

 JA全農の商社機能は、調達・購買部門における共同/集中購買と同じだ。規模の小さな生産者が協同し、肥料や農薬に代表される農業資材メーカーと対峙するための交渉力を獲得する。一般企業でもコスト削減を目的に、複数の工場にまたがる購買機能を本社に「集中」させたり、異なる法人間で「共同」で購買したりする手段が採用される。

 JA全農の市場支配力がここまで大きくなると、ただ最終消費者だけを見て、資材供給メーカーと徹底的に交渉するのも難しいはずだ。業界全体のパイが縮小し、原材料費のコストが上昇する環境では、集中購買で購入数量を増やしたくても、サプライヤー側の供給能力が追い付かないかもしれない。農業資材のサプライチェーンを断絶させないために、物量の確保に軸足を置く可能性も高い。物量を確保する代償として、サプライヤーを競合させて最適最良の購入条件を引きだすのではなく、価格を管理・統制するのは、一般企業の調達・購買部門でもある話だ。

 加えて、サプライチェーン管理には大きな負担になる事業環境の特性が農業には多く存在する。栽培前の土作りに必要な元肥(もとごえ)や追肥(ついひ)といった施肥、農薬の散布にしても、作物の育成状況や、天候によって左右される。毎年おおよその時期は経験からわかっていても、その年のいつ必要になるのか、そのタイミングは毎年異なるはずだ。タイミングを日々計りながら使用する場合、事前に必要な資材を準備する必要がある。特に農薬は、撒布するタイミングを誤れば成育や出荷に影響がある可能性も高まる。必要な日までに確保する責任は非常に大きく、JA全農の購買担当者は、価格よりもスケジュール的に余裕を持った必要量の確保に業務の優先順位を高くしていたかもしれない。

 もう一つ、一口に「肥料」といっても、その土地の土壌や季候、対象の作物によって含有物の配合を変えるケースがある。大規模な農地であれば、それぞれの原料を購入して配合すれば良いが、小規模農地の場合、できるだけ使いきれる最小限で、かつ畑にあった肥料を購入したいと考えてもおかしくない。

 JA全農の購買量は国内マーケットの市場の過半数を占め圧倒的だ。しかし農業従事者が使用する肥料の種類は多岐にわたる。事実、JA全農は「土壌診断」を行って効率的な施肥と省力化、低コスト化に必要な技術と資材の普及に努めている。メーカーはオーダーメードで肥料を生産しないだろう。農地にあった肥料を提供する「付加価値」を、JA全農が担っていた可能性はないのだろうか。

量が多いだけでは実現しない集中/共同購買

 これまでに述べた点を踏まえても、ただ量が多く購入額が大きいからといって、集中/共同購買のメリットは出ない。実際の農業資材が使用される状況を見ないと、購入ボリュームだけを背景にした有利な購買は実現しない。

 これは農業資材に関わらず、一般企業が取り組む集中/共同購買でも同じだ。集中/共同購買は、数量をまとめてスケールメリットを追求すれば、購入品単位当たりの価格が下がるセオリーを活用したコスト低減手法だ。その原理が極めて明快で、消費者としてもまとめ買いで低価格のメリットを実感する機会が多いためか、取り組む企業は非常に多い。これまでに購入していた数量よりも多く購入すれば、コスト削減が実現する根拠になる。

 しかし実現するかどうかは別問題だ。数量をまとめた結果で、メーカーからの購入を基点にして、使用するまでのサプライチェーンが、数量がまとまった結果で、どのように効率向上に貢献するかが重要だ。

 集中/共同購買をやった経験がない人ほど、発注数量を「まとめる」という言葉を簡単に口にする。自分でコンビニではなく量販店に行って、今飲みたいペットボトル飲料1本だけではなく、将来に飲みたくなる分まで「まとめて」購入すれば、1本当たりの価格は安くなる。こういった日常的な経験論を、複数の企業間で構成されるサプライチェーンでも、同じように実現できると思うのがそもそも間違いだ。

 まず集中購買。もし現在必要以上に購買が分散していると判断するなら、分散した理由を明確にしなければ、その先にある集中購買は実現しない。また、同一企業内で同じサプライヤーに複数の購入窓口がある場合、本社で「集中」購買するといった取り組みが行われるケースが多い。各窓口の購入内容を単純にまとめただけ、購入条件はこれまでと同じく分散した工場に納めるのでは、サプライヤー視点で効率化が期待できるのは集中した窓口との交渉や調整業務のみだ。

 こういった小手先の集中購買は、一時的な効果が生まれても長続きせず、結果的にまた元に戻るだけだ。極論をいえば、分散され残された各窓口を廃止する覚悟がなければ、サプライヤーもお付き合い以上のメリットは提供しない。

 続いて共同購買。これは、同じ企業で異なる製品や事業だったり、異なる企業だったりが共同してサプライヤーと対峙する。同一企業で異なる製品や、異なる事業の場合は、どれくらい「まとまる」購入品があるのかをまず考える。そして購入する部材の種類を共通化したり、納入場所を同じにしたりするなどで、共同した結果で効率化する根拠が必要である。

 一方で、異なる企業間での共同購買は夢物語だ。違うマーケットで事業を行う企業であれば、共同購買も成功するかもしれない。しかし、おそらく購入品には共通項が少ないであろう。

 同じマーケットであれば共通項も増えるが、問題なのは販売市場では競合関係にあるにも関わらず、調達・購買部門だけで共同化する試みだ。販売市場で自社の優位性を際立たせなくてはならないのに、購入側では「共同」する取り組みが実現するはずはない。異なる企業間で共同購買を成立させる条件は、命令系統/主従関係の明確化だ。共同する試みにはサプライヤー対応の意志統一と発言の一貫性が不可欠だ。

 簡単に集中購買や共同購買を口にしたり、集中購買や共同購買の成果が現れていないと糾弾したりといった動きの背景には、単純にまとめれば、購入量が多ければ簡単に価格が下がるといった誤解が原因だ。集中や共同できなかった状態から実現させメリットを享受するには、現状究明しどうやって「まとめるか」の方向性の明確化が極めて重要になる。

 今回のJA全農の改革案に対して、食糧自給率を持ちだして食糧安保へと展開させたり、次回選挙の投票行動と絡めたりするのではなく、農業資材が高い理由/根拠の追及が行われないのが問題である。理由の追及なく、いきなり購買組織の縮小を掲げるのは、サプライチェーンへの理解の浅さを露呈している。日本の農業のさらなる弱体化を進めないだろうか、それが心配である。

 また、JA全農の現在の仕組みにも問題はある。現在の仕組みでは、肥料や農薬に代表される農業資材メーカーの購入代金に、手数料を上乗せして生産者へ販売している。この仕組みでは、メーカーからの仕入れ価格がアップすれば、JA全農の手数料もアップする可能性は否めない。生産者への販売価格を決定する仕組みの見直しと公開によって、農業生産者ファーストの仕組み構築を「自主性」で発揮し実行すべきなのだ。

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