昨年5月、日産自動車が新たな役職としてチーフ サステナビリティ オフィサー(Chief Sustainability Officer)を設けた。企業のサステナビリティ(持続可能性)戦略を担うポジションだ。欧米では多くの企業で設置されているが、日本ではまだ設置している企業は少ない。2017年には、多くの日本企業が追従するはずだ。CSOの設置によって積極的な持続可能性への取り組みをアピールするのは、投資家に対して大きな訴求効果を持つ。
近年投資先の選定基準にESGを加える動きが広がっている。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、統治(Governance)の頭文字を組み合わせた造語だ。日本では年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESGを投資先決定に採用する方針を示して話題となった。企業においてはCSOの打ち出す戦略に沿って、各部門でESGに関係する課題解決が必要だ。サプライチェーン管理で2017年に顕在化しそうな動きをまとめてみる。
取り組みが進む環境
まず環境(Environment)。このテーマは、ESGのなかでももっとも歴史ある取り組みとして行われている。日本でも2001年4月に環境物品等の調達の推進等に関する法律(グリーン購入法)が施行されたことをきっかけとして、各企業とも環境に負荷の少ない商品を選択する機運が生まれた。
現在では、より広範囲をカバーするCSR(企業の社会的責任)調達として各企業が取り組んでいる。CSR調達は、グリーン調達以外の内容も含まれており、ESGの残り2つの内容とも親和性が高い。
また、2020年まであと4年にせまった東京オリンピックでも、地球環境への負荷の少ないISO20121(持続可能なイベント運営)に沿った運営が計画されている。たとえ東京オリンピックの準備や運営に関係なくとも、環境配慮は今や当然のように実行されなければならない内容だ。
大きく変化する社会とサプライチェーン
続いて社会(Social)。サプライチェーン上の調達管理で大きな変化が到来する。昨年12月14日中小企業庁から下請中小企業振興法・振興基準の改正と、通達内容の見直しが発表された。この法改正の最も大きな変化は、下請代金遅延等防止法の対象となるサプライヤーへ手形やファクタリング支払時に設定している「支払いサイト」の短縮だ。従来の120日を60日まで短縮しなければならない。自動車、素形材、電機・情報通信機器、産業機械、繊維、トラック運送の6業種11団体がサプライチェーン全体の取引適正化を目的にした自主行動計画を本年度中に策定する予定だ。他にも、一方的な原価低減要請の防止や、労務費の上昇分の購入価格への反映、金型・木型の保管コストの負担が含まれる。
こういった取り組みは、多くの親事業者となる大手企業と、多くの下請事業者となる中小企業の従業員の待遇「格差」解消が目的だ。全企業数の99.7%を占める中小企業に勤務する全体の約7割の従業員の待遇が改善されれば、拡大する企業規模による経済的な格差の解消へ貢献する取り組みになる。
加えて、政府が強く主導する長時間労働防止に代表される「働き方改革」も注目される。こういった政府の取り組みを受けて、各企業における実践内容は2017年にだんだんと明確になってゆく。企業内の取り組みだけでなく、サプライヤーからの購入条件が見直されたり、従業員の働き方に影響する就業規則が変更されたりといった形で明らかになってくるだろう。
しかし、そういった制度変更や仕組みの整備だけでは「働き方改革」は実現しない。企業内の業務効率化がともなわなければ実現しないのだ。この点は2017年、すべてのビジネスパーソンが強く意識すべき課題だ。日本は多くの業種で、すでに人手不足が慢性化している。人口動態的にすぐには解決しない。
そういった環境下で労働時間を短くし、かつ給与水準の向上を図るには、単位時間当たりの効率を向上させるしかない。これは、政府や企業によるルールや仕組みの整備とともに、従業員の創意工夫と実践が欠かせない。サプライチェーン全体を見わたしてみれば、まだまだ効率化が進められるプロセスが残っているはずだ。2017年は効率化をどのように実現させるかが、各企業と従業員が一丸となって取り組む大きなテーマになるだろう。
大きな課題となる統治
最後に統治(Governance)。日本企業にとっては、これが一番大きな問題だ。2017年は「持続可能性に配慮した調達」に関する国際規格(ISO20400)が発行される。この規格は、あらゆる企業が行っている調達に関して、環境と社会に対して「どのように配慮を行うか」を定めている。いまのところ認証規格ではなく「手引」の位置付けになる見通しだ。現時点では、昨年2月に作業部会から提示されたドラフト版(英語版)のみPDFか文書で入手可能となっている(有料)。
この「手引」の位置付けは、ISO26000(社会的責任に関する手引)の調達・購買部門版だ。扱われている内容は、主に次の通りとなっている。
- 労働問題
- 人権問題
- 贈賄問題
- 有害な化学物質の使用
- 河川・地下水の汚染
- 水資源の浪費
このように非常に広範囲にわたって「事前配慮」が必要となる。先に述べた「働き方改革」は、労働問題であり人権問題にも深く関係する。下請代金遅延等防止法の「振興基準の改正」もISO20400の考え方とつながりをもっている。2020年東京オリンピック・パラリンピックでも、競技大会組織委員会から「持続可能性に配慮した調達コード基本原則」が公表されている。統治(Governance)の観点で、「持続可能性に配慮した調達」の概要を理解するには格好の資料となっている。2017年の年頭にあたって一読をお勧めする。
調達部門から発信する国際規格対応
国際規格は、例えばISO9000シリーズだったら品質保証部門、ISO26000シリーズだったらCSR部門といった形で、各担当部門が社内の取りまとめを行うケースが多いはずだ。ISO20400は、「調達」に関する規格だから、調達部門が中心となる。ISO26000との兼ね合いでは、CSR管理部門との連携が必要となってくるだろう。これまで国際規格への取り組みでは関連部門からの依頼を受ける立場に終始していた調達部門から、各部門への発信が必要だ。
今回のタイミングを調達・購買部門は積極的に利用しなければならない。規格の内容を率先して理解して、管理規定に盛り込んだり、必要な業務プロセス変更したりといった取り組みを行うべきだ。これまでの業務プロセスと比較すれば、プラスされる内容もあるだろう。しかし「なぜ、行わなければならないのか」といった点では、疑問をはさむ余地はない。政府の取り組みや、東京オリンピックを絡めて、持続可能性に配慮した調達の実現は、自社とサプライヤー、サプライチェーン上の誰もが関与して実現しなければならない課題なのだ。
サプライチェーンに求められる説明責任
ISO20400では、経営者と調達・購買部門における役割を明確にして、それぞれに説明責任を求めている。「持続可能性」に関連した対象がどんどん広がっている。企業が「社会の公器」であると前提すれば、企業行動によってそれだけ社会全体に与える影響の大きさの裏返しと理解しなければならない。
果たしてどれから手をつけるのかと途方に暮れるかもしれない。先進的な企業はどんどん「見切り発車」的に取り組んでいる。ユニクロを運営するファーストリテイリングでは、欧米の同業他社の対応を重視して、サプライヤーリストの公開を決断した。従来サプライヤー情報は機密事項と考えていた日本企業は多いはずだ。しかし、技術情報の流出といった公開にともなって発生するリスクよりも、サプライヤーにおける労働環境まで管理する姿勢を市場は評価し、メリットがあると判断したのだ。
サプライチェーンは、自社だけではなく、サプライヤーから顧客まで含めた全体の管理が必要だ。ただサプライチェーンを断絶させずに、自社の利益確保を目指した管理では、顧客からも株主からもダメ出しをされる時代なのだ。
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