韓国と北朝鮮は3月6日、4月末に板門店で3回目の南北首脳会談を開くことで合意した。この合意内容と金正恩(キム・ジョンウン)委員長の発言は、北朝鮮の「外交敗北」が引き続いていることを意味する(前回「大敗北! 北朝鮮五輪外交」)。北朝鮮の存立基盤である「正統性」問題で譲歩したからだ。
譲歩の背景には、北朝鮮が直面する体制の動揺と米国からの軍事攻撃への恐れが読み取れる。北朝鮮の経済と軍は石油が枯渇し厳しい環境に置かれている。
南北朝鮮は、平昌五輪で喫した「外交敗北」を回復するのに懸命だ。韓国の歴代大統領は、支持率が落ちると南北首脳会談を目指した。
北朝鮮は平昌五輪で、金正恩委員長の妹である与正(ヨジョン)氏とマイク・ペンス米副大統領との会談を直前にキャンセルし、外交敗北した。その後「米国と対話する準備がある」と公言したが、あとの祭りだった。
米韓演習への「理解」は北朝鮮軍の存在価値否定
南北首脳会談は、「板門店の韓国側施設」で行われる。また北朝鮮は「米韓合同軍事演習を理解する」とも発言した。この合意は、北朝鮮の「正統性」を危うくしかねない。
北朝鮮は、日本帝国主義に勝利した歴史を誇り「朝鮮半島において唯一正統性のある国家は北だけ」と主張してきた。だから、首脳会談でも「南の指導者が教えを請いに来た」との立場を示す。韓国側の施設で会談することになれば、この「正統性」が揺らぐ。それでも合意したのは、韓国側の強い要請を受け入れざるを得なかったからだ。
また北朝鮮は、米韓合同軍事演習を「戦争準備」として激しく非難し、中止を求めてきた。米韓が演習を行なえば、北朝鮮軍も「戦争」に備え同じ規模の演習をするので、軍用石油は底をつき、兵力は疲弊する。この演習に「理解」を示すのも、北朝鮮にとって明らかな敗北だ。北朝鮮軍は、米軍との戦争を意識することで軍の士気と組織を維持してきた。敵がいなくなれば、軍は揺らぐ。
北朝鮮は、韓国政府が発表した内容を報道していない。「満足いく合意」「首脳会談合意」を伝えたに過ぎない。韓国政府が公表した金正恩委員長の発言は伝達であり、公式に確認したものではない。韓国政府が発表した通りなら、事実上の「北朝鮮外交の敗北」と受け止めることができる。米韓合同軍事演習に「理解」を示されたら、北朝鮮軍と軍人は存在意義を失う。
つきまとう資金提供疑惑
韓国特使と金正恩委員長との会談内容は、平昌五輪の閉会式に出席した金英哲(キム・ヨンチョル)統一戦線部長との秘密会談で詳細を事前調整した。韓国側は、米韓合同軍事演習を中止できない事情を説明するとともに、米朝対話に言及することを求めた。それが「(米韓合同演習を)理解する」との発言を生んだ。この発言の趣旨は「韓国側の(演習中止への)努力を理解する」だったろうが、韓国側が意図的にこのように解釈した。ただし、北朝鮮側は、首脳会談への見返りを要求しただろう。
2000年に金大中大統領との間で行なわれた南北首脳会談で、韓国が北朝鮮に5億ドル(500億円)を支払った事実が確認された。実際には10億ドル(1000億円)だったともいわれる。2007年に南北首脳会談に臨んだ盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領にも疑惑がつきまとう。韓国の専門家は「南が資金を出さなければ北朝鮮は首脳会談に応じない」と見る。
「体制の安全が保証されれば…」は新味なし
首脳会談を韓国側の「平和の家」で行う合意と、首脳間のホットライン設置は、いずれも初めてのことだ。北朝鮮は、韓国の存在を公式には認めない。「南朝鮮」と表現する。今回も「大韓民国」の表現を使わず、「南側の文在寅大統領」と報じた。
「体制の安全が保証されれば、核を保有する理由はない」との発言は、目新しくない。金日成(キム・イルソン)主席も金正日(キム・ジョンイル)総書記も「朝鮮半島の非核化」を公言していた。米国は、これまでの米朝交渉で繰り返し「体制は尊重する。崩壊させるつもりはない」と伝えてきた。
石油禁油が軍と体制の弱体化促す
北朝鮮の指導者は、核放棄を明言しなかった。ドナルド・トランプ米大統領は「希望は裏切られるかもしれない」と語り、手放しで歓迎してはいない。米国は過去2回の南北首脳会談を、「合意は破られてきた。核開発を進展させる資金提供と時間稼ぎに利用された」とみている。
北朝鮮の譲歩は、国連や日米による経済制裁の成果である。特に、石油製品の対北朝鮮輸出を禁止したのは、「体制の動揺につながる」との危機感を同国に与えた。
国連の発表によると、北朝鮮が2016年に輸入した石油の量は原油約50万トン、石油製品約70万トンで、合わせて約120万トンにしかならない。日本の石油輸入量は2億トンだ。北朝鮮軍は世界で最も石油を消費しない軍隊である。であるにもかかわらず、今年は原油と製品合わせて70万トンに減らされる。海上での密輸も、摘発された。
このままでは軍が戦闘能力を失い、金体制は危機に直面する。現在の体制は軍と秘密警察によって維持しているのだから事態は深刻だ。危機を回避するために、北朝鮮は①韓国からの経済支援②開城(ケソン)工業団地を再開することで外貨収入を回復③石油制裁の緩和――を狙う。外交で敗北しても譲歩する背景には、国内の苦境がある。
金正恩委員長は軍を掌握した
半面、金正恩委員長の「米韓合同軍事演習を理解する」との発言は、軍を完全に掌握した事実も示唆する。軍は、この演習の中止を強く求めてきた。「理解する」との発言は、軍を掌握した自信がなければ言えないものだ。軍は核放棄に絶対に応じないと言われる。軍を押さえないと核放棄はできない。その準備に、取り組んでいるようである。
それは、人民軍記念日を2月8日に変更し、軍事パレードを行った事実で確認された。これは、軍を党の指導下に置いた成果を誇示する行事だった。金正恩委員長は、パレードの演説で「軍は党に従え」と強調した。
文大統領は米韓同盟より民族を選んだのか?
韓国や日本の専門家は、「北朝鮮支援」という文在寅(ムン・ジェイン)政権の方針を「米韓同盟より民族を選んだ」と説明する。米韓同盟が崩壊に向かい、韓国は北朝鮮に取り込まれるとの憂慮がある。同盟の維持には、「共通の敵」が欠かせない。
韓国が、「北の核は韓国向けではない」という北の主張を受け入れると、米韓同盟は崩壊に向かいかねない。中国は、米韓同盟の弱体化を狙い、米国と対立する南北の展開を歓迎する。
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